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二人で、一歩3

 今日の訓練を終え、俺はマリーの家へ帰ってきた。


 …そう、帰ってきたんだ。

「ただ…いま」

「ああ、お兄さん。おか…え…ええええええええええ!!?」

「マ、マリー…身体に響くから、声抑えて…」

「あっすみませ…じゃないです!」

 響く響く、ガタガタの身体に響く…。

「どうしたんですかその傷に…火傷? なんで今までで一番ボロボロなんですか! やる事を分担して、余裕が出来た分訓練で無理してどうするんです! また余裕無くなってるじゃないですか!」

「…ごめんなさい」

「お兄さんのごめんなさいは、聞き飽きましたよもう…仕方ないんですから」

「い、いや、でも今回はちゃんと、待ってって言ったんだよ?」

「どうだか…ほら、一応手当してきたみたいですけど、看てあげますからここ座って下さい」

「うーい…」

「気の抜けた返事ですね…」

 そんな何でもない会話を交わしながら、俺は崩れ落ちるように椅子に腰かけた。

 マリーが怒るのも当然だ。テンションで乗り切るのにも限度がある。今日は身体を酷使しすぎた。実はこれでも、多少、治癒魔術を掛けて貰った後なんだが…マリーには内緒にしておこう。

「そうだ。マリーの方はどうだった? ストスさんと、発注の件、上手く話は出来た?」

「あー…」

 なんだろう、少しバツが悪そうな表情…?

「おほん。聞いて驚いてください。なんとしっかり、商談成立までやりきりましたよ!」

「え、本当に! やっぱり親子なんだね…もっと早く、マリーにお願いしておけばよかったか。あの寡黙なストスさん相手に、一日で商談を終えるなんて」

「私の力を持ってすれば、こんなものですよ」

「それで、どのくらいの値段に落ち着いた? 今後の事もあるし、安く引き受けてくれるに越したことはないけど」

「それなら心配いりませんよ。これ以上ない成果です」

「それほど…具体的にいくら?」

 もしかして、やっぱりストスさんも娘には弱くて、いわゆる時給換算程度の、技術料度返しみたいな値段で、受けてくれたんだったりするのだろうか。確かにありがたい結果だけど、さすがにそれは身内びいき過ぎるし、そうなら適正な分を支払わないとな…。

 そう思って、マリーの返事を待つ。しかし、先ほどと同様の、なぜか言い辛そうな様子でマリーが口を開く。

「…なんと驚きの、ただです!」

 はい?

 ただって…ただ? スマイル0円のただ?

「マリー…?」

「まさにこれ以上は無い結果ですね?」

 かわいらしく小首を傾げたりしている…が。

「…いやそれはダメでしょ!?」

「あ、やっぱりそうですか? …ですよねー」

「マリー…、ちゃんとわかってるなら、なんでその状況のまま商談終えてきたの」

「いえ、私もそれはどうなんだろうとは思ったんですけど、ほら、お父さんもうちの店の人として考えれば、おかしくはないかも…とか。あと、私達には、今準備を進めているお店で、世界を救う、みたいなとんでもない事をしようとしている訳ですし、節約できる所は節約すべきかなーなんて」

「気持ちは分からないではないけど、マリー、目を逸らさない」

「ぶー…」

「俺たちは、確かにとてつもなく大変な事をしようとしてる。でもだからこそ、どこにも無理が無い形を作らないとダメだ。無理も、無駄も減らして、どこに対しても後ろめたい所が無い。そういう店を作っていかないと、何店舗も店を構えるなんて出来ない」

「それ…当然そうしなきゃ、みたいな風に言ってますけど、すごく難しくないですか?」

「うん、難しいよ」


 マリーには少しずつ、夜の勉強会で教えているけど、明確な基準の通りに、フラットな対応で店の運営を続けるのは難しい。取引先の一つに、いきなり厳しい条件を付けられる事もある。逆に融通を効かせてくれと、交渉をされる事もある。今回みたいに、破格の条件で受けて貰えることだってある。そして時には、受け入れるべき事だってある。でも、それを重ねてしまえば、必ずいつか無理が出る。

 例えばしばらくの間、取引先は一つだけだろう。でもそのうち、同じ商品を複数のところから仕入れる場合が出てくる。そういう場合に、毎回毎回、こちらにおいしい条件になるように、交渉すればいいって物では無い。ちゃんと話し合って、合意の上で契約しても、同業者同士、そのうちそれが明るみになる。するとうちだけ損な契約をしている、とこうなるんだ。それはつまり、うちの店の悪評になる。

 他にも色々なケースがあるけど、一言にまとめれば、“信用”に関わる。

 信用は大切だ。新しく出来た、不思議な店。あそこはどういう店なのか。その評判が悪くなってしまえば、店舗数を増やすなんて夢のまた夢だ。

 そして、その新しく始める俺たちの店を、最初に評価するのは、お客さんよりも前に、従業員と取引先なんだ。仕事で付き合っている相手でも、同じ人間で、お客として店を利用することだってある。その身内に、すべてをさらけ出して、心から協力してもらえるような、クリーンな運営を目指さないといけない。

 だから、特に支障は出なさそうな案件でも、明らかなイレギュラーを作る訳にはいかない。ストスさんに頼り切って、前提を間違える様な事態になっても困る。

 だって、いつか俺やマリーは、ストスさんと直接顔を合わせない、遠い街へ行く事だって、いつかあるはずからだ。その時は、他人がストスさんと話すことになる。

 個人ではなく、店としての契約をする。そこが複数店舗を構える上で、個人の店と大きく異なってくることだ。個人のツテ、だけではやっていけない。難しく、確立された規則が必要になる理由の一つなんだ。


 俺だって、元の世界で勉強しきってるから良いけど、一から何百の店舗を運営するノウハウを築こうとしたら…間違いなく、10年じゃあ無理だな。いや、もうすぐあと9年しかない。

「まあ、とにかくマリー、確かに今、俺たちが交渉してる分には良い条件だし、一店舗目の分だけ、破格で受けて貰うって言うのは、先立つものも少ないし良いかもしれない。でもそこが甘えるにしても限度だよ。ちゃんと予定通り、ストスさんにもうけが出る金額で話を付けてきて」

「分かりました…。私だって、ちゃんと理解はしてますしね。…貰える物は、特別枠って事で、貰い続けちゃえばいいのにって思いますけど」

「マリー!」

「すみませーん」

 

 冗談めかして、笑いながら言っているから良いけど、マリーですらこうなんだ。とにかく自分が生きるために、とにかく自分の儲けを出す。それが当たり前のこの世界で、物を、お金を循環させよう、社会の為に店をやろうという考え方を納得して貰うのは、かなり大変かもしれないな。

 …というか、ストスさんマリーが交渉に行った途端ただで請け負うって! ハンスさんと言い、この世界の父親は、とんでもない親バカしか居ないのか。


 俺は何とも言えない不安を感じつつも、今はただ身体を休める事にした…。

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