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二人で、一歩2

 さて、少しだけど仮眠もとった。俺も自分のやるべきことをやろう。


 現在は先程マリーと別れて、少し休んだ後だ。俺はいつもの通り、ハンスさんのところまでやってきた。今日も昼過ぎから俺がやるのは、戦闘訓練だ。

 でも、いつもとは少しばかり違う。

 状況を、この戦闘訓練に絞って整理しよう。俺は何が目的で、時間を割いて貰ってまで、戦闘訓練なんてしているのか。それはもちろん、店を拡大展開するのに必要だと言う、許可証を得るためだ。その為に強くならないといけない。にも関わらず、俺は魔術が使えないと言う、大きなハンデを背負っている。ハンスさんは、それでも強い人は居るし、頑張りなさいと言うが、強くなるのが最終目的ならいざ知らず、俺はそれにかまけている訳にはいかない。少しでも、効率よく、何とかできるようになるのが重要だ。

 だから、俺なりの考えを、一つハンスさんに相談したいと思う。

「やあ、来たね。では始めようか」

「ハンスさん、その前に、お願いを聞いて貰えますか?」

「…ふむ、聞こう」




 俺は今、同じ騎士団の詰所内でも、普段と別のところへ場所を移していた。

 俺は、この世界の強い人たちが、普通に使える魔術が使えない。と言う事は、主導権を握る様な戦闘は、まず無理だと言う事だ。何かと対峙する時は、パワーやスピード、何かしらが秀でている方が、主導権を握りやすい。弱い方は、その隙を突いたり、それに対するピンポイントな対処を用いて、勝利を目指す。

 そして俺は、ほぼ確実に弱い側だ。となれば、まず一歩、効率よく強くなる為に、どうするか。ひたすら自分の体術だけ磨くのは、効率が良くないのではないか。無論、そちらも必要ではあるが、とりあえずというやつだ。

 ここは、先日までハンスさんが稽古をしてくれていた場所では無く、騎士団の人達が、揃って訓練していると言う場所だ。周りでは、今も訓練中の騎士達がたくさんいる。

 俺は、金属のぶつかり合う複数の音に、少々ビビりつつも、目の前の青年に集中する。

「お願いします」

「やるからには、容赦なくいきますん、でっ!」

「フッ!」

 上段から、勢いの乗った剣が振りおろされる。俺はそれを、斜め前方に踏み込んで躱した。

 このまま相手は、俺の方へ振り向いてくるはず。その動きに合わせて手首を取り、踏み込みから戻ろうとする相手の力に合わせて、捻りあげる!

 そう想定して動いていた俺だったが、やはり思った通りにはいかない。しっかりと手首を掴み、このまま関節を押さえ続ければ、無力化、と言う所まで持ちこんだつもりが、突如として相手の身体が、何かの力でくるりと横回転し、動けなくしていたはずの腕を、普通の位置へと戻されてしまう。俺はとっさに腕を離し、1歩後退する。

 今のは…風!? そんなワイヤーアクションみたいな動き、さすがに想定してないっての!

 そのまま相手は、先ほどよりも数段勢いを増して切り込んでくる。風に自分の身体を乗せているのか、ぐぐぐっと加速度的に速くなる感じだ。俺はそれに対して、再びなんとか斜め前に踏み込みながら躱し、そのまま回し蹴りで、相手の背中をさらに押し込んでやろうと狙ったが、相手が早すぎて全く追いついていない。空振りだ。

 でも、基本はハンスさんと変わらない。近づかないと始まらない…!


 俺が今模擬戦をしているのは、この砦の騎士の一人だ。俺がハンスさんにお願いして、今日はこの人と戦っている。なぜ、わざわざそんな事をお願いしたのか。それは商売の時と同じ、俺が、この世界の戦闘常識を知らないからだ。

 力、いわゆる戦闘力と言う面では、この世界の人達に追いつく為に、とてつもなく苦労するだろう。でも、知識は違う。こういう戦いだって、知識が必要だ。この世界では、どの程度の身体能力が普通なのか、どの程度の魔術が、行使されるものなのか。それを、俺はまだ知らない。先日も、想定違いで、ローナさんに踵落としを喰らったりもした。知識なら、頭脳なら、この世界の人達と、どうにもできない差は無いはずだ。

  超人に対して、一般人ステータスで太刀打ちできるように修行するより、最初の前進として、常識の差を埋める方が、圧倒的に大きいし、早いはずだ。それには、ハンスさんとばかり戦っていても駄目だ。得意な魔術系統って物があるらしいし、色々な魔術を知らないといけない。そこで、騎士団の訓練に加えて貰えるようお願いしたという訳だ。


 それを了承して貰えたのも、考えが間違ってないと言って貰えたのも良かったけど…!

「ぅ゛!?」

 再び相手に触れようとした俺の腕に、見えない力が掛かって、ぐんと下に落ちる。突風の金槌で腕を叩き落された感じだ。見えていればどうと言う事は無いのに、これは目視できない。

 体勢が崩れた、まずい…っ。

 そう思った時には、膝をついて下がった俺の首筋に、真上から剣が付きつけられていた。万が一実戦なら、これで死んだ、と言う事だ。

「…参りました」

「どーもっす」

 今の相手は、元の世界では大学生くらいだろうか。自分よりも年下だけど、当然そんなのは何の関係も無い。相手の方が圧倒的に強い。

「でも、あれっすね。翔さんでしたっけ。動きはしっかりしてるのに、魔術が使えないなんて、なんていうかしんどいっすね」

「まあね…」

「まあ、うちの者たちにも、いい刺激になる。翔君、がんばりなさい」

「ハンスさん、ありがとうございます。やはりいい経験になります」

「確かに、何かちょっと変わった狙いをされるんで、新鮮でしたね」

「全然通用しなかったけどね…」

「うーん…翔君。君は独特の動きを持ってるし、言おうか迷ったんだけどね」

「え、はい」

「武器を持つのも、手だと思うよ。幸い君は、ストスさんとも伝手があるし、ここで使う分には、備蓄の券を試してもらっても良い。正直、魔術も使えない君が、武器も持たないって言うのは、相当大変だと思うよ」

「それ…は…」

 俺は、すぐに答えを返せず、考え込んでしまった。いや、実は何度か、頭によぎってはいたんだ。

「…まあ、すぐ決める事は無い。君が、今僕たちの動きに戸惑っている様に、君の動きも、僕らには新鮮だ。それを捨てる事になるって言うのも、かえって良くないかもしれないからね」

「…そうですね。また、考えておきます」

「じゃあ、もう一本、行こうか。次の相手は…彼でいいか。彼は火の魔術を基本的に使うからね」

「待って下さい。火って、対抗手段が思いつかないのですが?」

「そうも言ってられないんだろう?」

 スパルタすぎる!


 そんな訳で、いつもと少し変わった訓練を、俺は今日も続けた。




 武器を持つ。当然そっちを覚えた方が、良いんだろうと思う。でも…。


 でも俺は、抵抗があった。それを手にするというのは、何かを殺す為の力を付ける事になると感じるからだ。俺は、元の世界でも、こちらの世界でも、まだそう言った事はした事が無い。魔物の騒ぎでも、自分の手で、では無く、建物に押し込んだだけ、それも結果すら未遂だ。

 単純に俺には、そんな殺伐とした世界に、足を踏み入れる度胸が、まだ無かった。

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