二人で、一歩
チーチチチチーチチチ…
鳥が鳴いてるなあ…。そういえば、鳴き声は良く聞くのに、姿を見た事は無い。どこで鳴いてるんだろう。
思えば、せっかくの異世界で、ファンタジーっぽい事をほとんどしていない。一般人ステータスで、勇者達が戦うような相手とやり合う、と言う要らない経験はしているのに、現実は厳しい。
「辛い所だね…」
「ぅ゛…ん゛…っ」
「あ、マリーもそう思う?」
「…」
「…マリー?」
「ぃ゛ぃちぃいっがいますよ!」
…実は、わかってました。ごめんねマリー。
「お兄さん! 一度熱が入ると、そのまま止まらないその性格…性格? 何とかならないんですか!」
「いやあ…そうだ、遠慮しなくていいんだなって思ったら、安心しちゃって…ね?」
「そりゃあ私は、お兄さんとっ…その、そういう風になりたいと言いました! でもそれとこれとは別問題です! べつもんだいれす!」
「はいごめんなさい」
大事な事なので二回言われました。そして寝不足のせいか、呂律が回っていない。
「ぅうー…こんな事では、もしもの時私はどうなって…」
「もしもの時って、この前みたいに魔物がこの砦を越えて来たりって事? そんなに頻繁にある事じゃないって聞いたけど」
「ちっがいま…い、いえ、そういう事でいいです」
「ごめん、違う意味だったんだ。何だった?」
「良いからそういう事にしておいて下さい!」
「うん…?」
マリーは、私は何を口走って…などとブツブツ言っている。とりあえず変な遠慮、とかでは無いっぽいし、言うとおりにしておこうか。
「と言うかお兄さん、以前は店長だったんですよね…? その時もこんな風に、徹夜上等、みたいな感じだったんですか?」
「いや、そこはさすがにね。前の世界では、かなり自分を抑えて行動してたし」
「なんでその抑える意思を、私に発揮してくれないんですか…」
「うーん…なんでだろうね」
なんだかんだで、異世界に浮かれているせい? それとも、マリーに対して、遠慮が無くなりすぎているんだろうか。
「そこは私だけ特別って、言ってくれてもいいのに…」
「うーん…。でも、イエローにもやっちゃってるし、それは違うかも」
「独り言を勝手に拾った上にそんな返答!? 言われてみればそうでしたけど…もう知りません!」
マリーがプイッとそっぽを向いてしまう。褒められない事をしたのは俺の方だし、さすがにもう少し気遣うべきかな。
そういえば、イエローは山を下りた時に会って、それきりだ。この砦町が終点だし、上手くいけばもう一度会えるかと思っていたけど、すれ違いになったのかな。
…ん?
「あれ?」
「どうしたんですー?」
「いや、イエローってさ」
「…イエローさんがなんですか」
なぜ少しムッとした表情なのか。
「確か、旅しながら色々見て、物を売ってるって言ってたよね。噂の試験を合格してるって事なのかな」
「そういえばそうですね。というか、私も旅商人なんて初めて見たので、実は内心驚いていました」
ずっとこの世界に居たマリーでも初めて見るって事は、かなり珍しいって事だ。あの村が国の末端だから、ってだけかもしれないけど…。つまりイエローは、あれでメチャクチャ強いって事なのか。確かに快活そうな人ではあった。こう、ひまわりが似合う?様な感じ。それでも、線は細かったし、品の良さそうな雰囲気を併せ持っていた、不思議な人だ。これでイエローは、ますます謎の存在になってきたな。
もし今会えたら、許可証の事とかを聞きたいのに、上手くいかない。
「まあ、今気にしても仕方ないか」
「そうですね。今は当面のところを、何とかしましょう」
「うん、そうしよう。マリー」
「なんです?」
「今日、頼んだよっ」
「…はいっ。さて、眠いですけど、そうとなれば、そろそろ行かないといけませんね」
「ストスさんが時間作ってくれてるのは、昼までだもんね。俺は…どうしよう。ハンスさんの訓練まで、さすがに寝ておこうか」
「うわ、ひどい人ですね。私の事を寝かさなかったくせに。最低です」
「ほ、本当ごめんなさい」
「ふふ、冗談ですよ。私もお父さんとのお話が終わったら、適当に休みますから。休める時に休みましょう。…もっとも、本当は普通に夜休めばいいんですけど」
「こ、今度何かお詫びするから…。あとごめん、お願いだからさっきのセリフを、ストスさんには言わないでね」
準備を終え、ドアの近くまで進んでいたマリーが、くるりと振り返る。
「さあて、どのセリフの事か、私にはわかりませんね?」
「ちょっ」
そんな言葉と共に、マリーはいたずらが楽しくて堪らない、といった笑みを浮かべる。そのままくるりともう一度反転し、出発してしまった。
あんな笑顔を向けられたら、多少の事は許してしまうかもしれない。
まあでも、俺に寝かせて貰えなかった。そんなセリフがストスさんの耳に入った日には、俺の方は許されないだろうな…。いや、分かっててやってるんだと思うし、言わないはずだ。…そのはずだ。




