見つめて2
山の上と言う立地に加えて、砦の壁が続いているからだろうか。ここは心地いいとも、不快とも言えない、微妙な暖かさの風がよく吹いている。それでもこの暑さの中では、ありがたいものかもしれない。
そんな中俺とマリーは、並んで屋根の上に腰を下ろしていた。
「っぁの…。うーん…」
そんな所に座って、何をしてるのかという話だが、俺は今、マリーの百面相をのんびり眺めていた。
先程マリーが隣に座ってから、話があると言う事なので待っている所だ。しかし言い出し辛い事なのか、何やら唸りながら表情をコロコロ変えている。その中に笑顔が混ざっていれば良いのだが、悩んでる表情だったり、ふてくされた様な表情だったり、総じて難しそうな顔をしている。
でも、嫌な感じはしないんだよな。
「ああああー! もう! 何度同じ事で悩む気ですか私は! 言います、お兄さん言いますよ!」
いよいよ心の準備が出来たのか、マリーが頭を抱えてそんな事を叫ぶ。俺はなぜだか、そんなマリーの力に満ちた声を聞いて、こっそり癒されていた。元気を貰っている感じだ。
…って、ちゃんと話を聞かないとな。
「うん、何だった?」
「まずは…色々謝っておきます。ごめんなさい」
「え、何急に?」
本当どうしたんだ?
「そして、さっきのごめんなさいは、今から言う事にも掛かってきます! ちょっと…だけ、偉そうと言うか、失礼かもしれませんっ。でも、お兄さんにはもう、遠慮しないって決めたんです。だってその…色々です!」
何だろう。よほど疲れて、行き詰っていたのだろうか。まだ、何か具体的な事を言われたのでもない。それでも心地よかった。こうして自分に向かって、遠慮なんてしないんだと、距離を詰めて来てくれるのが、こんなにも温かいと、俺は知らなかった。今まで、何でも自分で解決して生きてきて、こんな事は無かったから。後輩の相談なんかも、全部理屈で答えていた。こうして、気持ちが安らぐように感じるのは、やっぱりまいっているからだろうか。それとも、マリーが特別なんだろうか。
「大丈夫、どんな事だって、マリーの話ならちゃんと聞くよ」
「うー、そ、そんなに爽やかに返されると、逆に言い辛いのですが…」
「大丈夫、大丈夫」
「ふあっ!?」
俺はくすくすと笑いながら、久しぶりにマリーの頭を撫でた。以前、子供ではなく女性として、ちゃんと扱う事にはした。でもやっぱり、女性であっても俺から見れば、頑張るかわいい若者だ。
お、今日のジト目は、あの町でギクシャクする前の、親しみを感じる目だな。…自分でもどんな感想だとは思うけど。
「…言いますからね。お兄さん、また、まーた私を下として扱ってますね」
「えっ」
頭を撫でる手が、思わず止まる。
以前に一度、マリーと似た話をした事を思い出す。そんなつもりは、無かったけど…。
「…続けて」
「うん?」
「手、続けて。じゃなきゃ重いので、のけて下さい」
「あ、うん」
そこは続けてもいいんだ。…かわいい、じゃなかった。
俺は再び、安心してもらえる様に、手を動かす。
「でも、その…悪いのは私なんです」
「どうしてか分からないけど、そんな事無いよ。別にマリーに、何かいやな事をされた覚えもない」
「何もしなかった、それが悪かったんです。…いえ、実際のところ、最近拗ねて態度が悪かったのもあるのですが」
「あれ、普段通りなんじゃなかったっけ?」
「もう! お兄さん!」
俺は声を殺しつつも笑ってしまった。自分はこうして、気安くからかったりするタイプじゃないと思ってたのにな。
「…話が進まないので、とにかく言います。私が、先日村から出てずっと、何もしなかったのがいけなかったんです。そのせいで、お兄さんが…」
「いやいや、そんな事無いよ。確かに、商談ごととかは、俺が一人でずっと話してしまってたけど、仕方ない事だし。今まで経験が無かったんだから。今勉強してると思えばいいんだよ」
「それでは納得できません。それならせめて、お兄さんの言う事を何でも聞いて、全部身の回りの事をして、やれる事を全部すれば良かったんです」
「そんな、召使いじゃないんだから。それに前に言ってたじゃない。俺とマリーは対等、協力し合える間柄、でしょう? って、だからこそ、引け目に感じちゃったのか」
「…そうです。前に言った通り、私はお兄さんと、対等で居たいんです。でも正直、旅を始めて、早々に差を思い知りました。店を運営してきた経験なら負けない、みたいな事も言いました。でも、全部…仕入れ先も、お店も、何もかも全部あった物を、私は続けてきただけでした。お兄さんが今、店を始めるためにしている事を、私は何も知りません。全然対等なんかじゃないって思いました。…あの時は、なんて生意気言っちゃったんだろうって」
マリーの瞳が、少し伏し目がちになる。
…そんな事を気にしていたのか。知らない事が出来ないのは当然だし、俺の方は全然気にしていなかったのに。それで最近、何かと遠慮がちだったんだな。…ちょっと失礼な事を考えていたのは、むしろ俺の方かもしれない。
どうにかして、元気づけてあげたい。でも、なんて声を掛けようか。そんな事を考える。
しかし、続くマリーの言葉で、そんな心配は無用だと知った。
「だからっ、私はもう、絶対今度こそ! 自分なんて、とか、お兄さんより下に居ようとなんてしません! 私は、お兄さんと同じ場所に立っていたいんです!」
!!
「う…うん。ありがとう」
「ーっ」
ありがとう?
驚いてよく分かってないまま、口からでてしまったけど、何がありがとうなのか。見ると、マリーの顔が赤くなっている様に見える。うん、恥ずかしくなりそうなセリフだったのは分かる。
「つ、つまり! 私が色々未熟なのは承知で、改めて言いますっ。私は、お兄さんと対等で居ます。だから、これからは大人しく、お兄さんのする事を見ている気はありませんので!」
「うん、わかった」
最後は恥ずかしさのせいなのか、まるでわがままを言っているような口振りになってしまっていた。知らないが聞いたら、ただ下っ端で居るのが嫌だと、ごねているように聞こえるかもしれない。そんな投げ捨てる様な言葉。
でもマリーが何を言いたいのか、俺にはちゃんとわかる。
自分は何も出来ない生徒では無い。頑張って、ちゃんと力になる。だから、一人で抱え込むな。そう言ってくれているんだ。
確かに俺は、ずっと一人で商談をしていた。この町で起きた問題も、一人で抱えていた。今はちゃんと、一緒に居てくれる人がいるのに。
「ふわ…」
先程のやり取りから、しばらくお互い無言だった。そんな中、俺は一人で神経を張っていたのが緩んだせいか、安心して欠伸が出てしまった。
夜中だし、もともと疲れもあったしな。マリーも連れて、そろそろ部屋に戻って寝ようか…?
「という訳でお兄さん」
「うん?」
「具体的な所ですけど…お父さんとの商談を、私がしてきます。だから、どんな想定をしているのか。どんな条件で、何をしたいのか。私が一人で商談できるように、教えて下さい。もう、お兄さん一人に任せっぱなしにはしません」
「マリー…」
言われてみれば、商談事を全部一人の人間が、やらなきゃいけない理由なんてない。それに、きれい事を言っているような状況でも無い。筋として俺がやらなければと思っていたけど、俺は今のところ、知識がマリーより有ると言うだけだ。俺は自分が代表であるかのように、いつの間にか思っていた。
確かに、マリーの言うとおり、いつの間にかマリーを下に見てしまってたみたいだ。
しかし、こうしてぶつかって貰えたおかげで、恥ずかしながら考えを改めることが出来た。
こうなれば善は急げだ。
「わかった。まずは部屋に戻ろう。説明するよ」
「そ、そうですね。いつまでもこんな所に居てもあれですし」
「足元、気を付けて」
ストスさんへの依頼は、おそらくこの世界では異質のものだ。しっかりと、マリーに説明しておかないといけない。
そう、しっかりと。
先程感じだ眠気は、いつの間にかどこかへ飛び去っていた。




