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そして砦町へ5

 砦に辿り着き、はや数日が経った。

 この世界で一刻も早く、店を立ち上げるため行動しているはずの俺は今…なぜか満身創痍になっていた。

「あ゛…あ゛…」

 まずい、起き上がれない。

「お兄さーん。…大丈夫ですかー」

「し、死んでる…」

「とりあえずまだ平気みたいですね…」

 まず、商談が難航していた。

 ストスさんが流暢に話すタイプでないのは、最初から想定済みだった。

 加えてこれまでも騎士団からの誘い、つまりは国の誘いすら断っていた人だ。仕事に対する譲れない一線を持っていて、なかなか折り合いをつける事が出来なかった。

 それにしたってスムーズに話が進めば、ここまで何日も掛かっていないはずだが、二つが合わさり最強と言わんばかりの状態だ。

 どうしたものか…。金属を扱える人は、石の町の方にも居たし、そちらを当たるか? でも可能であれば、最初のうちだけでも腕のいい人にお願いしたい。多分、難しくないとはいえ、アレはこの世界に無いものだしな。

「…お兄さん、やっぱり私が」

「ってまずい! もう日があんなに高いじゃない!?」

 いけない。目が覚めてもそのまま突っ伏してしまっていたけど、まさかここまで寝過ごしていたとは。

「あ、あの…」

「ごめんマリー! 行ってくっ…あ゛あ…行ってくる!」

「はあ…十分、気を付けて行って来てください」

 俺は慌てて起き上がり、あちこち軋む身体を気合で動かし、部屋を出た。

 マリー、何か言おうとしてたみたいだったかな? 帰ったら、ちゃんと確認しよう…。




 さて、この砦町には、石の町程お店の数は無いし、調査に時間はかからなかった。あとは商談をするくらいしか、本来やる事は無い。なのになぜ、俺はこんな、生まれたての小鹿のような状態になっているのか。

 そう、答えはシンプルだ。ハンスさんの戦闘訓練である。

 師匠の道場に通ってた時も、学生時代も、さすがにここまでの状態になった事は無いな…。

 実を言うと、体力的な部分については、過去の経験と、この世界に来てから鍛え直していたのもあって、それなりに何とかなっている。それでもなお、ここまで厳しいのは、物理的なダメージによるものだ。どこぞの時代の武術家じゃあるまいし、さすがに剣や魔術を使う相手から、連日しごかれて平気なように、俺の身体は鍛えられていない。もうあちこちにガタが来てしまっている。

 本当なら、こんな事をしている場合では無いのだが…先日、この砦に辿り着いてから二日目の事だ。初日はすぐ気絶してしまって、改めてハンスさんに会ったこの日、新たな事実が判明したのだ。

 

「翔君、その…昨日は悪かったね」

「えっ…?」

「少々、熱くなりすぎた。思えば、君とじっくりと話もしていなかったね。そもそも、どうしてストスさんと離れて旅を…?」

 その日の会話は、こんな感じで始まった。この時は、良かった、ハンスさんも大事な娘であるアンシアの事で、ちょっとやりすぎただけなんだと、心底安心した。そして俺は、なぜ旅をしているのか、そして今後商売によって、この貧困な状況を脱するという目標があるのだと、ゆっくりハンスさんに話をしたんだ。

 そこで衝撃の事実が判明した。…重要な所だけ抜粋するとこうだ。


「そうなると、複数の町や村を、跨いで店を出したいと言う事かい? 試験はどうする予定?」

「はい?」

 試験? 何それは?


「それなら、やっぱり鍛えるしかないね。そういう目的があるなら、僕も全力で協力しよう」

「え」

 待って、全力って、全力でまたバトルですか。


「なるほど…魔術は、使えない物として考えないといけないか。となると、僕らよりも一層、しっかり鍛えていくしかないね」

「ま」

 待って下さい。そして何度言ったか分かりませんが、神様お願いします。俺にチート能力を下さい。


 どうやら今この世界で、複数箇所に店を出す場合、国の許可を得る必要があるらしい。一方で、一か所に留まって商売をする分には、その村や町の代表と話さえつければ自由だそうだ。なぜ、複数出店するには制約があるのだろうか。

 もしかしたら、これが各町によって、値段がバラバラな事と関係しているのかもしれない。

 気になったが、さすがにハンスさんは商人では無いので、これ以上の事は知らなかった。騎士団長と言う立場上、ある程度国の決まりを把握していただけ、なんだそうだ。

 そんな訳で、じゃあ試験の内容は、と俺は聞いた。すると、実技試験(腕っ節)があると言う。

 なぜ…なぜ、商売の許可を得るのに戦闘試験が…。

 結果、今後の為にも、戦闘訓練をせざるを得ない事になってしまったのだ。

 ローナさんの店で発覚した通り、この世界において、商人は強く在らないといけないらしい。なら仕方がないと、渡りに船でハンスさんに指導してもらったのだが、俺は魔術が使えない。そうなると、俺はこの世界では雑魚中の雑魚である。多少武術的な心得はあるが、この世界の強い人たちは、魔術で身体的な強化も出来るらしい。その差が大きく出てしまうのだ。本来であれば、訓練によってある程度、誰でも使えるようになるらしい。しかし俺は、ここへ来たばかりの頃マリーに言われた通り、魔力的な物が空っぽだ。ハンスさんは、心底不思議がっていた。まあこれについては、俺がこの世界の人間でないのが関係しているんだろう…。

 そして、それでもやるしかないと、なけなしの武術でハンスさんとやり合っていた結果…。




 今現在、こんな有様と言う…。あちこち痛いが、戦っていれば防衛本能で、なんとか無理やり動ける…はず。昨日までは動けてた。今日は、わからないけど…。

 俺は何とか、今日もハンスさんのところへたどり着いた。

「来たね。今日も、微力ながら胸を貸そう」

「とんでもありません。よろしくお願いします」

 果たしてこれでいいのか、まるで生産性の無い特訓が始まる。いや、実際はこの世界の人間が、どの程度とんでもない動きを出来るのか分かるし、意味はある。意味はある、けど…。

 今日なんて、朝起きられず、肝心の商談へ行く事が出来なかった。

 今やっている訓練も、結局魔術的な補正が無ければ、頭打ちになるのは目に見えてる。どうする…どうする…?

 俺は、ここへ来て今後の見通しが一気に悪くなり、不安を抱き始めていた。

「っごあ゛っ!?」

「はい、今のは少し見通しが甘かったね。にしても、翔君の戦い方は、なんだか変わっているね」

「は…は…」


 俺は倒れながら、もう笑う事しか出来なかった。

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