そして砦町へ4
現在は、砦町に到着してから二日目、そろそろお昼になろうかと言う頃合だ。
「さあ、気を取り直して行こう!」
「はあ…あまり心配かけないで下さいよ」
俺とマリーは、新しいストスさんの家を出て、町へと足を運んでいた。ちなみにメルは、未だに眠ったままだ。
昨日は気絶して以降、俺は目が覚めず、起きたら知らない所だった。起き上がった俺に気づいたマリーと目が合うと、何とも言えない表情を浮かべられた。
ストスさんは、もう仕事に出た後だったようで、まだ出会えていない。後であいさつに行かないと。
そんな事を考えていると、マリーから心底分からない、と言った風に声を掛けられた。
「それにしても、昨日は本当に驚きました。何をどうしたら、あのハンスさんとやり合って、しかも気絶する様な事態になるんです?」
「あ、あの!?」
「? はい。騎士団でも、丁寧に指導する良い団長って、評判がとても良いらしいですよ。指導を受ける流れになったのも、それで気絶するようになるのも、私も人柄を知らないでは無いですし、想像できないです」
あー。
そ、そうだよな。昨日の狂人染みた勢いに追いやられて、印象が変わってしまっているけど、すごく優しそうな人だもんな。いや、実際優しいのだろう。
俺みたいな悪い虫以外には…。いや、本当に悪い虫になっているつもりは、毛頭ないんだが。仮にハンスさんの勘繰り通り、アンシアに憎からず想って貰えていたとしても、そのうちちゃんと、同年代くらいの人に恋するさ。
「えっと…、ほら、この前の町で、しっかり鍛えておくって話だったでしょ。この世界は、実際に魔物とかいる訳だし、しっかり鍛えないとと思って、厳しくして貰ったんだよ」
「へえ…?」
と言う事にしておこう。騎士団ですら温和な人って感じの評判と言う事は、あの顔を知っているのは俺だけかもしれない。それを安易に言い触らそうものなら、嘘つき呼ばわりされるか、はたまたご本人からの制裁が下るのか…考えるのは止そう。
「そうじゃなくて、ほら、その事はもう良いじゃない。この町の店を回ろう!」
「まあ、いいですけど…」
「買い物するなら、こっちって聞いたけど…あ、あれかな」
どうやらお店らしい建物の前にたどり着いた。商品が並び、値札も並んでいる。しかしこれは…。
「コンビニ…いや売店って感じか?」
「こんびに?」
「ああ、元の世界で似た感じの、お店の形態があるんだよ」
「ふうん…なんだか色々あって、変なお店ですね。でもこう…雑多に物はあっても、種類自体は少なくて、不便そうです。布とかも、一色しか無いですし」
そう、俺が売店っぽいと思った理由が、まさにそれだ。最近のコンビニは、その点ちょっとした選択を楽しめる程度には、商品の種類が豊富だしな。
需要がある物を、一応揃えているんだろうけど、種類がまるで無い。ここ以外の店も回ってみるか。
「あの、すみません。俺達ここへは初めて来たんです。色々回ってみてるんですけど、この町には他に、どんな店がありますか?」
俺が店員らしき人に質問すると、何とも驚きの答えが返ってきた。
「あん? そんなのねえよ」
え?
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「お兄さん、本当なら、ここしか店が無くて、この町の人達は平気なのでしょうか」
「うーん…」
実際問題、生活できるかと言う点だけ考えれば、衣食住さえ整えば問題ない。この店だけでもなんとかなる。しかし…色々分からない。例えば服だ。この町の人は皆似たような服を着てて、不思議だと思っていた。それもここに置いているのかと思ったが…、有るのは布だけで、服は無い。仮に布を買って自作するのが普通なのだとすれば、皆が同じ服装になるだろうか。
聞きたい事はまだ山積みだったが、再度話しかけると、心底面倒といった風に追い払われてしまった。
何と言うか、商売と言うより、一応の通貨文化に則って物をやり取りしてるだけ、と言う感じだ。ちなみに値段も、案の定と言うか、村とも、石の町とも基準が異なっている。でも実は、ここの価格設定が、一番馴染み深いと言うか、元の世界の基準に近い。これにも、何か理由があるのだろうか…。
俺たちはそのままの足で、ストスさんの居るはずの工房にやってきた。
「ストスさん、ご無沙汰しています」
「…」
相変わらずのストスさんは、俺の言葉に軽く手を上げて応える。傍には何人か、ぶ厚めのプロテクターをした人たちがいて、その中の一人が、何やら剣を加工しているようだ。
ストスさんはかなり腕利きの鍛冶師だって話だし、お弟子さん達…なのかな。
その証拠に、すでに視線を剣の方へ戻したストスさんが、先程まで加工されていた剣を品定めしていた。その剣は、俺の目から見てもわかるレベルで、あまり出来が良くないみたいだった。刃の部分の曲線とかも、ところどころぶれてる。しかし考えてみれば、金属を加工して、機械も無いのにそれを加工するのは、とんでもなく難しそうだ。だからこそ、ストスさんはずっと、この町に誘われていたのかもしれない。
剣の調達に、わざわざハンスさんが村まで来てたくらいだもんな…。
当たり前の事だけど、俺が関わっていない所でも、色々と状況は変化していく。この町には武器屋が無いみたいだけど、あのお弟子さん達が成長すれば、それも変わるかもしれない。思えばなぜ、砦町への道中である村で、わざわざ武器を買う人がいるのかと思っていた。武器なら砦の方が潤沢なのではないかと。しかしまさか、武器屋が無いとは思わなかった。
昨日連れられた砦の宿舎には、きれいに剣やら槍やらが並べてあった。ここではずっと、既製品を町の外から仕入れて、それを兵士たちに持たせていたと言う事だろう。それ自体は、別におかしくもない…かな。
なんにせよ、俺はここへただあいさつに来たわけでは無い。
「ストスさん少し、お時間いいですか!」
「…」
ストスさんが目線をこちらへ向ける。とりあえず聞いてくれているようなので、俺はここへ来た目的を告げた。
「ストスさん、一商人として、相談させてほしいんです」
知り合いであるストスさんも、商人としての立場から見れば、生産者の一人、しかもこれ以上ないほど優秀な職人と来た。コネだろうとなんだろうと、ここは逃せない。遠回りしたけど、この町での商談開始だ!




