夢と、初めての村と2
この物語を書く上でどうしても入れないといけない通貨のお話。
可能な限り読者の方に、余計な頭を使わせないようシンプルにしていきたい。
店の準備を終えた俺とマリーは、並べた商品の後ろに座り込んでいた。
「なるほど、徴兵のせいで……」
「はい。男の人は軒並みそうです。一部、例外はありますけどね」
「例外って?」
「例えば、病気だったりとかですよ。それから怪我とかです。うちのお父さんみたいに」
「ああ……」
ストスさん、片腕を失っているもんな……。
「それから、何かそれなりの地位がある場合もですね。お医者様とか」
これは元の世界の、戦争のあった時代とほとんど一緒だな。
「あとは、反対もあります」
「反対というと、女性でも兵になることがあるとか?」
「そうです。兵とは限りませんが」
「他にも何かあるの?」
「例えば、魔術師だったり、兵は兵でもフリーで傭兵として戦果をあげたり」
「魔術師! そういえば聞いたこと無かったけど、魔術はやっぱりあるんだ!」
「え、ええ……あります。というか、そんなに驚くことですか?」
「前の世界には無かったからね」
「え! 逆にそっちが驚きです」
なるほど、この世界で魔術は普通のことなんだな。そういえば、まだ魔術が使えるのかは試していない。今度やってみよう。
「当たり前だけど、他にも前の世界とは結構違いがありそうだなー」
「まあ、これからどうなるかはわかりませんが、目の前のことをしていくしか無いですよ」
うーん、何というか達観した言葉だな。本当、若いのにすごい子だ。
さて、今は店を開いている最中のはずなのに、なぜこんなにまったりと話し込んでいるのかと、皆様疑問に思っているかもしれない。うん、端的に言うと
「……お客さん、来ないね」
「そうですね」
そう、売れねえ……。ぜんっぜん売れねえ……! 全くお客さんが来ない。というか人すらほとんどいない。
ここへ来たばかりの、日が天辺を回る前は、まだ人が居た。だから俺も、仕事で培った接客術を見せてやるとばかりに、張り切って店先に立った。
もっとも、それはマリーに止めるように言われて、すぐ止めてしまったけどね。
この市場がなのか、それともこの世界がなのかはわからないけど、客引きはやらないらしい。他のお店の人も、やっている様子はない。
それにしたって、まだ1点たりとも売れてない。
他のお店は、ポツポツとはいえ、買っている人を見かけるのに、うちの店は閑古鳥が鳴いている。
「では、今日はそろそろ帰りましょうか」
「え!?」
「そろそろ日も落ち始めます。暗くなる前に帰らないといけません」
「で、でもまだ一つも売れてないと思うんだけど……」
「こういう日もあります」
「そ、そうなんだ……」
こういう日もあるなら、仕方がない。
俺は残念に思いながら店をたたみ、また重い荷物を担いで、家路をたどった。
でもなあ……。
俺は日課のマキ割りを早朝に手早く済ませ、それからも毎日マリーの店へ付いていった。
……わけなのだが。
次の日は
「今日も売れなかったね」
「そういう日もあります」
こういう日があるなら、そういう日もあるかもしれない。
さらに次の日は
「今日も、売れなかった気がするんだけど……」
「はい、そうですね」
またまた次の日も
「ね、ねえ?」
「まあ、そういうことです」
そして今日もそろそろ、店じまいになる時間が近づいているわけなんだが。
「……」
「じゃあ、そろそろ片付け始めましょうか」
「じゃあ、じゃないよ!? このまま撤収したら、もう5日も連続で何も売れてないじゃない!?」
俺だって、前の世界で勤めていた店みたいに、連日売れるのは当然とまで、楽観視していたわけではない。個人店で、しかもうちの店みたいに、高級品を取り扱うお店なら、数日売れなくても運営が成り立つことはある。置いているのは武器やらの金物で、日々必ず消費されていく、いわゆる生活必需品ではないから、たくさん売れないのは仕方がない。ここは不況の真っただ中みたいだし、なおさらだ。
でもこれは良くない。
さすがに突っ込んで聞くのは憚られたので、確認はしていない。でも日々の食事をあそこまで切り詰めている以上、今手元にある資金はそこまで多くないはずだ。
加えて問題なのは、その値段だ。
俺もここ数日、ただのんびりしていたわけじゃない。他の店の売れ行きを眺めて見たり、価格の相場を理解しようと、色々な品を確認して回った。その結果、おおよそではあるが、もうこの世界の金銭感覚は掴んでいる。元の世界と相場が違うっぽい物もあって、正しいか自信はないけど仕方ない。
ここでは、どうやら例に漏れず、通貨として銅貨、銀貨、金貨が主に使われている様だった。銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚と同価値だ。そして多分だけど……銀貨1枚が、もとの世界の100円くらいに相当している。
そして店の商品たちだが、高い物もあるけど、ほとんどが銀貨90枚程度で並べられている。つまり一つで9000円の売り上げだ。原価、つまり材料費にもよるけど、明らかに採算が合わない。ここ数日調査した限りだと、あの毎日食べている茶碗1杯にも満たない食事が、一人分で銀貨1枚くらいだ。それが朝と晩、マリーとストスさんと、さらに今は俺もで3人分、1日で銀貨6枚掛かっている。
ここまでなら、5日間でかかっているのは銀貨30枚の食費だけだし、一つ売れて銀貨90枚が得られるなら、まだ余裕だと思う人も多いかもしれない。でもそれは間違いだ。
まずはさっきも言った材料費だ。銀貨90はあくまで商品を売るときの値段。それを作る為にお金を使っているんだから、利益を考えるならその分を引かなきゃならない。そして、こればっかりは聞くしかないと、マリーに確認したところ、かかっている材料費は大体銀貨40枚前後だ。
仮に今日商品が売れても、残りは銀貨20枚しかない。1日の食費が約銀貨6枚だから、約3日分の食費しか残らない。食費の他にもお金は使うだろうし、そもそも売れる保証もない。これが元の世界だったら、人件費やら維持費やらでとっくに破産している。
あれこれとしゃべりすぎてしまったが、まとめるとこうだ。
売れなさすぎて、YA・BA・I!
「ねえマリー、今日はもう少し粘ってみない?」
「仕方がないですよ。たまにある事です。……確かに今回は少しまずいですけど」
今最後に聞きたくない言葉をぼそっと呟いた気がする!
「ほら、お客さんとは一期一会、ほんの少し長くいるだけで買ってくれる人がいるかもしれないよ?」
「そうは言ってもですね……」
なんでこんなに必死かって? それはそうだよ。貧乏なのはわかってたけど、こうして実際に金銭事情を理解すると、それまでとは訳が違う。具体的には、俺が世話になっているせいで、かけている負担に対する罪悪感が全然違う!
正直見離されても仕方がないし、むしろ自分から出ていくべきだとすら思う。でも本当にそうなってしまったら、俺だって生きる当てがない。いや、確実にのたれ死ぬ。
そうして精神的に崖っぷち状態の俺が、マリーに食い下がっていると、この世界で初めて、神様が加護でも与えてくれたのか、待ちに待った声がかかった。
「あれ、マリーちゃん今日はゆっくりなんだね」
「あ、いつもありがとうございます。お久しぶりです」
「マリー、この人は?」
俺はこっそり、マリーに耳打ちで質問した。温和そうな男性で、結構大きなカバンを背負っている。
「常連さんです」
常連さん!
「いらっしゃいませえ!」
「あ、ああ……」
「お兄さん少し下がっててください……」
いかん、少し声裏返った。お客さんを引かせてどうする。
俺はずるずると、マリーに後ろへ追いやられてしまった。
「最近はよりきつくなってきてね。中々抜けてこられなかったんだ」
「そうですか……。また、厳しくなってきているんですね……」
マリーは常連さんと、世間話を交わしている。俺には何のことを話しているのかわからない。常連さんの仕事の話ではあるみたいだ。
「さて……ああ、このあたりが新作だね」
「はい。今回はどんなものを?」
「小柄な奴だから、軽めの剣で一本見繕うよ」
「では、こちらとか」
「ああ、いいね。いつも通り良い剣だ」
「ありがとうございます」
「……こちらはいつもありがたいけど、本当に銀貨90でいいのかい?」
「そう言って頂けるのはとてもありがたいですけど、そちらの方が、もっと大変でしょうから……」
「そうかい……。ではその分は戦果で返せるよう努めるとするよ」
「はい。勝利をお祈りしていますね」
こうして常連さんだという男性は、話もそこそこに、村の宿屋への向かっていった。
まあ、何はともあれ……!
「良かった! マリー、売れたよ!」
「そりゃあ売れるときもあります。お兄さん一体どう思っていたんですか」
じとっとした目で睨まれてしまった。それもそうだ。
「なんにしても良かった。これでとりあえず、少しは余裕ができたのかな?」
「そうですね。今回は運が良かったです。ギリギリで間に合いました」
「……間に合う?」
「はい」
間に合うってなんだろうか。あ、何かわからないけど、冷や汗が出てきた。
「明日は、半月に一度の、騎竜便の日です」




