そして砦町へ2
俺たちは、門の前で出会った騎士団長並びに、アンシアの父親でもあったハンスさんに連れられ、砦町内部の、詰所のようなところへ通されていた。今はそこの一室で、腰を落ち着けた所である。
「いいんですか? 俺たちがこんな所まで入って来ちゃって。関係者以外立ち入り禁止とかでは…?」
「ははは。確かに身元の知れない者を通すわけにはいかないけどね。君たちは僕の知人だ。構わないよ」
こういう緩い所が、先日の魔物襲来の件を引き起こす要因の一つなのでは、と考えてしまうが、実際何があったかは分からない。口にはすまい。
「翔君、君にはお礼を言いたいと思っていたんだよ」
「え、お礼…ですか?」
一体なんだろうか。ハンスさんとは、店で店員と客として会ったきりのはずだ。そうなると…。
「あの、魔物の件だよ」
「やはり、そうでしたか。しかし、俺は何も…結局倒したのは、あの金髪の少年…いや青年?でしょう」
「確かに魔物を討伐したのは、彼、雷と呼ばれる冒険者だ。でも彼が間に合ったのは、翔君、君の機転のおかげだと聞いているよ」
「い、いや、実際には俺の考えなんて、本当穴だらけで。結果、その…アンシアさんも巻き込んでしまい…そ、そうだ! ほ、本当に申し訳ありませんでした!」
俺は途中で、会わせる顔が無い事に気づき、それはもう勢いよく頭を下げた。
「大丈夫。結果として、うちの子は今も元気だし、そもそも僕は、魔物をこの砦で食い止められなかった時点で、もう村は跡形も残らないと思っていたんだ。せめて合図に、誰かが少しでも早く気付いて、逃げ切ってくれればと思っていた。そうなっていたら、あの村に立て直す余力なんて無かっただろう。君の稼いだ時間は、とてつもなく大きかったよ」
「そこまで、買って頂くほどの事は…ありがとうございます」
ハンスさんは優しく声を掛けてくれながら、俺の肩に手を置き、励ましてくれた。
よかった。声色にも怒気は感じないし、あの時頑張ったのは、本当に意味があったんだ。
「それに、マリーちゃんにあれだけしっかり熱弁されればね」
「ちょっ!? や、止めて下さい!」
「君のしてくれたことはね、マリーちゃんから聞いたんだよ。とてもとても、かっこいい活躍だったみたいだね」
「あああ゛ああー…」
朗らかにハンスさんは笑い、マリーはおそらく恥ずかしさから、顔を両手で覆っている。実際にやったのは、魔物を数キロ引きずってきたと言うだけなのだが、この世界で魔物に立ち向かうって言うのは、かなりすごい事みたいだ。
…立ち向かっただけで、ダメージは1すら与えられなかったが。
「そういえば、その雷さんは、今もここに居るんでしょうか?」
「いや、今はもうここには居ないんだ。王都の方へ今頃は向かっているはずだよ」
「そうですか…」
引っかかる点が多い、あの金髪の青年、出来れば会って話をしたかった。今回新しく知った、この世界に合わない雷とか言う通り名も怪しいし、何よりあの外見だ。
今も見続けている夢の勇者、あの人に本当に似ている。
と言うよりズバリその人なのではないだろうか?
そういえばそれについて、メルに聞くのを忘れていた。聞いてみたいのだが…実は当のメル、前の町を出てからと言うもの、ずっと眠ったままだ。前の道中もこうだったから、この砦町に着けば、目を覚ますかと思っていた。しかし、今回は眠ったままだ。何か理由があるのか…?
「まあ、何にせよ、とにかくありがとう翔君。僕も親バカと言うか、アンシアが心配でね。無理な指示をして、治癒術師達を村に派遣したりした甲斐があったよ。こちらはこちらで、大変な状態だったからね」
「そ、そうだったんですね…」
確かに良く考えれば、魔物が1体すり抜けるような状況なら、当然砦は戦闘中だっただろう。ひと段落したとしても、村の方へ人員を派遣してもらえるとは、普通は考えにくい。
…と言う事はさらに、ギリギリだった要素が明らかになったのでは?
あの治癒術師さんたちの治療が無ければ、アンシアもストスさんも危なかった。やばい、改めて寒気が…。もしもハンスさんとアンシアの繋がりが無くて、治療が間に合わなかったらと思うとゾッとする。
「さて、今日はストスさんのところで休むのかな?」
「あ、そうです。お兄さん、そろそろ失礼しましょう」
今まで聞き役に徹していたマリーが、席を立って準備を始める。最近マリーは、ひたすら聞き役に徹するポジションになってしまってるな。…俺が、話に入り辛いところに同席させ続けたせいだろうか。
「じゃあ、ハンスさん。俺たち今日はこの辺で…」
「あ、翔君。まだ時間は平気かい?」
「え? はい。平気ですけど…」
「マリーちゃん、ちょっと翔君と個人的な話があるんだ。後でストスさんのところへは連れて行くから、先に行っていて貰えるかい?」
「は、はあ。わかりました。お兄さん、よく分かりませんけど、また後ほど。あ、メル様…は連れて行きますね。まだ眠っていますし」
「そうだね。よろしくマリー」
「ごめんね。ストスさんの居る場所だけど…」
ハンスさんは、マリーにストスさんの居る店の場所を伝えているようだった。
それにしても、わざわざマリーに席を外させるなんて、一体なんだろうか?
…あ!? まさかやっぱり、アンシアをあんな危険に巻き込んで、挙句怪我までさせてしまった事を、本当はすごく怒っているのでは!? それで二人きりになった後、本当に腹を割った話し合いが始まったり…。
「お待たせ翔君」
「はあい!?」
「どうしたの翔君、そんな大きな声出して」
「い、いえ…あれ、マリーは」
「大丈夫、もうストスさんのところへ向かったよ」
「そ、そうですか…」
…。
なぜだか会話が止まり、この世界にはアナログ時計みたいな物も無いから、ちょっとした音すら聞こえない。無音の時間が続く。
や、やばいほど緊張してきた。
「時に翔君」
「はっはい」
「君は…どのくらい出来る?」
「…」
おおっとこれは…最近ありましたね。同じような事が…。
「ええっと…ある程度は、素人とかでは無い、んですけど…。騎士さん達や、冒険者さんに比べれば、まるで敵わない、と、思います…?」
「ふむ…まあ、一応素人では無いって言うなら、見てみるのが一番か」
あ…やっぱりそうなるんですね…。お願いします、メル以外の神様。こういうバトル展開を求められるなら、今からでも不思議パワーをお授けください。
「どうしても、やらないといけません、かね…?」
「まあそう警戒しないで。少し力を見たいだけだよ。…少しね」
「…」
正直、あまり気は進まない。しかし俺も、アニメ漫画大好き、バトル物大好きな男だ。自分の強さ、みたいなものに、まるで興味が無い訳でも無い。
この経験も、強さに結び付くかもしれない。それにローナの店でも、鍛えておくって約束したしな…。
「わかりました。くれぐれもお手柔らかに」
「よし。翔君、得物は使うかい?」
「あー…使った事は無い、ですね。無手の武術を…あ、戦闘術を習っていた事があります」
「わかった。じゃあ準備は問題ないね。始めようか」
そう言いながら、ハンスさんは部屋の壁際まで歩いていく。そしておもむろに、立てかけてあった剣を手にした。
俺の首筋に、脂汗がジワリと浮かんだ。そのままゆっくりと、ハンスさんが振り向く。
その表情は、もう先程までの温和な人のものでは無かった。




