そして砦町へ
アンシアは村にて最強、と言う衝撃の事実を知ってからすでに1週間ほどが過ぎた。
あれから俺は、もう数日あの石の町で行動していた。いくつかやっておきたい事があったからだ。簡単に言うと、今後の為の布石、と言う奴である。きっと必要になる時が来るはずだ。
あの店主が床に転がっていた店とか、初回は手早く通り過ぎてしまったところもあったからな。
さてそんな訳で、あの石の町ではやるべき事を終え、今現在は砦町の方へと、もうすぐたどり着こうと言う所である、のだが…。
「マリー、そろそろ機嫌直して…ね?」
「…何度も言っている通り、別に私は普通です。どうしてそう思うんですかー」
「…」
明らかに、もうご機嫌斜めなんだよね…。いや、実は心当たりはあるんだ。
その理由と言うのが、あのローナの店を訪ねた以降の日程、俺は単独であの町を回っていたのだ。もちろんそれだけなら、マリーが怒る様な事にはならない。ではなぜなのか。
マリーは初めて村から出て、加えて俺のペースに合わせて動いているから、疲れている様子だった。俺としては、残りの数日はゆっくり休んで貰おう、という気遣いのつもりだったんだ。しかしこう…言い方を誤った。素直に今考えている通りに、疲れているだろうから休んでと、そう伝えるだけでよかったんだ。
これは宿屋での事だ。
「今日は、一人で手早く回ってくるよ。マリーはゆっくりしてていいから」
「え、なんです急に。私も行きます」
「まあ、確かに経験の為にも、一緒に回るのは大切だけど、一日くらい気にせず休んでよ」
「…」
俺はこの辺りで、おっとこの言い方だと、一人の方が動きやすい。足手まといだと言っているように聞こえているかもしれないと思った。ちゃんとフォローを入れなければとも考えた。しかしここで、予想してなかった切り返しが来て、俺は思い切りテンパった。
「…怪しいです」
「あのねマリー…え、怪しい?」
この辺りで、マリーの顔がみるみる赤面していった。そんな顔を真っ赤にするほど怒りを!? そうこの時はまだ思っていた。
「っ~~~お兄さんのえっち! いやらしいです! なるほどそりゃあ私についてこられたら邪魔でしょうとも! どーぞ行って来てください。私はメル様と待っていますので!」
「いやらしい!? 待ってどうしてそうなったの!」
「もう色々いいですから! 行くんでしたらどうぞ行って来てください! すみやかに!」
「い、いやマリーよ。我は基本的に翔と離れるつもりは」
「だめですよメル様! えっちが移ってしまいます」
「どういう事!? 今日も店とか、あと声を掛けたかった運送屋とかを回るだけだよ」
「ぅぅ~~だからお店に行くなら、さっ、さ、と、行ってしまって下さい!」
そう言われながら、俺は部屋から押しやられてしまった。バタンと扉が閉められて、鍵まで掛けられてしまった。
「と、とりあえず行ってくるから、ゆっくり休んでねマリー」
俺はこの時まだ意味が分かっておらず、そう伝えて普通に町の巡回へ行ってしまった。その後巡回中に奴隷屋が目に入った時、全てが繋がった。俺はマリーに暗い部分を隠したいと思い、ここをいやらしい店だと言った。そしてその翌日に、急に一人で回ってくると言い出した。それに対してマリーのあの態度…つまり、俺がそうすると思ったんだ。
…普通そんな結びつけするだろうか? マリーも、お年頃なんだなあ…。
俺が戻った時には、すっかりマリーはそう思い込みきっていて、違うと言う説明は、もはや空しい言い訳にしかならなかった…。
まあ、そんな訳で。
それから数日経って、村から町への道中と異なり何もない、まさに早さを追求したであろう舗装路を、ひたすら歩いてきたわけである。結果的には、距離的に短いはずの前回の移動より、短い日程で砦町までたどり着く形になった。
マリーは自分で言うとおり、普通に俺と話すし、無視したりと言った事は無い。でもこう、ずっとジト目でこちらを見つめられてるとですね…?
「マリー何度も言うとおり、あの事は誤解で」
「それよりお兄さん、あれじゃないですか?」
「ん?」
マリーの示す先を見ると、なるほどあからさまに、頑丈そうな石の壁が続いているのが見えた。
いよいよ砦町の方に到着か…。あのトラウマものの魔物が、この砦の向こうには居るんだと考えると、少し怖いな。ここで何かがあって、結果、村に魔物が襲来したって事だったし…。
これが物語の主人公なら、その何かについての情報くらい知りたいものだが、村にはそれについて詳しい情報は無かった。一般の人間たちには、知る由もないって事か。
そんなこんなで、出入り口であろう門のところまで、俺たちはやって来た。
あの門番っぽい人に聞いて、入っていいのかな。
「すみません、ここ通って良いんですかね?」
すると、若い男の騎士が対応してくれる。
「どうぞ。あ、通行証は提示して下さいね」
「えっ?」
通行証?
「マリー、持ってる?」
「…忘れてました。そういえばそうでした」
「ありゃ」
「通行証は必要とあらば、即時発行できる程度のものですが、それでも無い方はお通しできませんよ。不審な人物を砦に入れる訳には行きません。基本的には、内部の者からの案内が無いと…」
「お主ら、念入りに念入りにと、町を回ると言っておったのに、どこか抜けておるのう」
ぐうの音も出ない。
「あ、あの! 私のお父さん…ストスと言うのですが、今はここへ着いて、店で働いているはずなんです。取り次いでもらう事は出来ませんか?」
「出来なくはないんだが、今は俺しか居ないからね…。次の交代の時になるまで、結構待って貰う事になるよ」
「そ、そうですか…」
「まあ、入れないって事にはならなさそうだし、待つしかないね」
「ごめんなさい…」
「マリーが謝る事じゃないでしょう?」
「でも、私は…知っていたのに…」
マリーがしょんぼりと項垂れてしまった。うーむ、これならまだ、ご機嫌斜めな方がマシだ。俺なんかよりずっと、不慣れな環境や行動にさらされているんだ。上手くいかなかったり、何かが抜けてしまっても仕方ないのにな。
何度か伝えているけど、やっぱり悩んでしまうみたいだ。そうやって真剣に考えられるのは、マリーの良い所でもあるんだけど、極力負担を抱えて欲しくは無い。
「団長殿! 巡回、お疲れ様です!」
「ご苦労様、変わりないかい?」
なんとかマリーを励ませないかと考えていると、団長と呼ばれた騎士さんがやってきていた。交代までは時間がかかるって事だったけど、偶然の巡回かな? これでストスさんに、取り次いでもらえたりしないだろうか。あ、でも団長となれば偉いんだろうし、そんな事わざわざしてはくれないか…?
頼んでみようか悩んでいると、その団長さんと目が合う。そして向こうから話しかけられた。
「おや、君は…」
「…?」
いや、あれ? どこかで見た気が…?
「久しぶりだね。覚えているかい? 一度村で会ったね」
「…ああ! あの時はどうも!」
そうだこの人、俺が店に顔を出してすぐの頃に、いくつか剣を買ってくれた、あの温和そうな常連さんだ。あの頃はまだまだ空回りしていたし、恥ずかしい…というか。
「団長さんだったんですね…!」
「まあ、一応ね。おや、マリーちゃんも一緒だったか」
「ご無沙汰しています」
「あ、そうです。俺たち、実は通行証が無くて、立ち往生してしまって…工面して貰ったりできますか?」
「そうだったのか。どうぞ、僕が許可しよう」
「ありがとうございます! マリー、結局何とかなったし、元気だしなよ?」
「いえ、ミスをしないように、一層注意しないといけない事に、変わりは有りませんから」
真面目だな…本当に。
「何かあったのかい?」
「いやあ…まあ少し」
「なんだかわからないけど、マリーちゃん、どうにもならない事って言うのも、この世にはたくさんあるものだよ。そういう時は、周りの言葉を素直に受け入れると良い。きっとマリーちゃんの事を想ってくれる人が傍にいるさ」
「…はい」
「うん。…ああ、そういえば、アンシアは元気にやっているかい?」
さすがの貫録、良い事を言ってくれた。これで少しでも、マリーの負担が軽くなればいいけど…って、ん?
「あ、私達、実は町の方を経由してきているんです。なのでアンシアさんとはしばらく会っていなくて…村を出る時は、問題無くやっていましたよ」
「ああ、そういえばストスさんがそんな事を言っていたね。それで到着がバラバラになるって、いやあいけないいけない。うっかりしていたよ」
会話としては特におかしくは無い、んだろうけど…なんで砦の騎士団長さんが、アンシアの様子を…?
「あの、団長さんはアンシアとどういう関係で…?」
「ん? ああ、そういえば自己紹介の機会はこれまで無かったね」
「お兄さん、こちらがアンシアさんのお父さんですよ」
「えっ?」
「どうも、娘がお世話になっていたみたいで。ハンスと言います。以後よろしくね、翔君」
俺の中の儚げで可憐なアンシア像が、少しずつブレていく一方、色々と疑問が解決した気がした。




