初めての町4
商人にとって最も重要な物、それは…パワーである!
「いやいやいやどういう事ですかそれ」
「どういう事って…商人がどのくらい出来るって聞かれたら、当然腕っ節の事に決まっているだろう?」
「ええー…」
場所は変わらず町一番の店内部、時刻はそこまで経っていないらしい。
強烈な踵落としを喰らって意識を落とした俺は、目を覚まして早々、そんな事を言われていた。
なぜだ…商人はどちらかと言えば、こう頭脳を使う場面の方が多い職業だったはずだ。確かに現場作業では、完全に肉体労働だし、体力が必要ではある。
でも腕っ節は違うだろう…?
「お兄さん、何であんな見栄を張ったんです…? こんなに大きなコブ作って…」
「あんまり触らないでねマリー…」
マリーは今、俺の頭を抱えて膝枕してくれている。
一方の俺は、まだ衝撃が残っているようで上手く立ち上がれなかった。その為店の隅で横になっている。
何とも情けない限りである。
違うんだ…見栄とかじゃなくて、そんないきなり格闘漫画みたいな事が、身に降りかかるとは思ってなかったんだ…。いや、そのつもりだったら勝てたかと言うと…勝てないんだけどね。
「マリーは、知ってたの?」
「知ってたと言うか…当たり前の事ですよ」
「えー…メルは?」
「知らんかった!」
「えっ」
「大体アンタ、商売人が弱っちかったら、どうやって店の商品を守ったり、ぬすっとをひっ捕らえるんだい?」
「腕っ節が必要ってそういう事ですか!?」
確かに、この世界には警備会社や、システムなんかは無いだろう。
その代わりに、自分たち自身が強くある事を求められているのか。
確かに元の世界でも、店長になるには一定水準以上の武道段位が必要だったりする。
もしもの際に従業員を守るためだ。うちの会社もそうだった。それを考えると、警備会社が存在しないここでは、それくらい強くないとダメ…って事にも成り得る…のだろうか?
「…しかしそうなると、この世界の強さの階級みたいなのはどうなってるんですか?」
「この世界の?」
「ああああああえっと、ちょっと辺鄙な所に住んでーじゃない、村から出た事が無かったもので、ちょーっと世間に疎いんです俺!」
「お兄さん、ひたすらに怪しい上に、思い切り言い訳くさいですよ」
自分が異世界人だって事は、念のため隠して行こうと思ってたのにこれだよ…。
「えっと、とにかく良く知らなくて…商品とかを守るために、商人は強くないといけないんですよね? でも、今は魔族たちと戦争の真っ最中で、強い人は冒険者となって、そっちに注視している、みたいな事を聞いていたんですけど」
「まあ深く聞く気はないけどね。馬鹿言っちゃいけないよ。あいつらは別格さ。あたしたちじゃとても敵わないよ」
「たいてい村や町には、一人か二人、冒険者程では無いですが、強い商人がいるんです。もしもの時はその人が対応してくれます。…と言っても私も話に聞いていただけで、他の町でもそうなのかは分かりませんが」
「比べられる程、強い奴が居る町は少数派さ。それほど冒険者たちは別格だし、だからこそ、特別に町を渡り歩ける。その代わりに、魔族や魔物と戦う事を義務づけられてるんだよ。人格も非常に重視されてる。そうじゃなきゃ、守る手段の無いあたし達には何も出来なくなっちまうからね。」
「はあ…な、なるほど」
つまりこの世界の、腕っ節もとい、実力の関係をまとめると、まず非常に強い魔族や魔物が居る。
次に人間側の対抗勢力として、冒険者、並んで徴兵されているらしい騎士団がある。
そしてなぜか、次いで商人が強い、となる訳か?
…商人とはいったい。
けど、良くある冒険者を雇って警備を、みたいな状況ではないって事か。
「アンタはどんなもんかと思ったけど、弱いねえ」
「うっ」
「うちのローナと渡り合える程度には、ちゃーんと鍛えときな」
「…はい」
とりあえず頷く事しか出来なかった。
「まあアンタ、店を開くって言ってもすぐじゃないんだろ? じっくり腰据えてやりな」
「ちなみに、その時はここを訪ねさせていただいて良いですかね?」
「ちゃんと出来るようになってないと、わざわざ協力なんてしてやらないからね。守ってやらなきゃいけない子を、簡単に増やす余裕は無いよ」
「精進します…」
俺はマリーに支えて貰いながら、フラフラと立ち上がり、お暇する為あいさつした。
すると店のカウンターに突っ伏して、ふわふわと身体を左右に揺らしていたローナが、ゆったりこちらに目線を向けてきた。
「帰るのー? じゃあねー変わってる人ー」
「あ、はい。先程はありがとうございました」
なぜ変わってる人、と言う認識に…?
前にも変わってると言われた事がある気がする。いつだったか…?
まあそれはともかくだ。
「ローナさんも、次お会いした時は是非よろしくお願いします」
「んー変わってるし、面白いと思うし、もう一歩なんだけどなー? 私的にはー私よりー強い人が良いんだよねー。後はちょっとくらい、強引な方が…っきゃあ~」
何やら一人ではしゃぎ始めてしまった。
俺と同じくらいの歳っぽいし、本来なら少々子供っぽ過ぎる行動だが、不思議と変な感じはしない。やっぱり美人は得だな。
「ね、いつか私より強くなってくれるの、一応待ってるよ?」
「うわっ!?」
いつの間にかローナさんが、カウンターから目の前に移動してきていた。俺の知る戦いの次元とは、全然違う気がしてくるが…、この世界でやっていくには、どうやら避けられないのかもしれないな。
「わかりました。出来る限り、やってみます。約束です」
俺はローナさんの小指を取り、指切りをした、瞬間。
「「へっ」」「ぅぬぇ!??」「やるのー翔」
いやいやマリー、どこから声出した。そしてなんだこの反応は?
「王子様…」
「え?」
「王子様、うち、全力で王子様に協力するよ。なんだったら、このお店そのまま使っても良いよ?」
「ローナ! 何言ってんだい! …いや確かに、あんたがこの歳になって嫁に行ってくれるなら、そりゃあ助かるってもんだけどね」
「え、いや、ちょっ」
いきなり何なのかはこちらの台詞な訳だが。
「おおおおお兄さん! お兄さんは本当にもうもうもう色々もう!」
何が何やら戸惑っていると、先程の声以降フリーズしていたマリーが、唐突に俺を出口の方へ引きずり始めた。
そういえば、以前アンシアと指切りした時も、似たような事があった様な…?
「あ、あのー! とにかくありがとうございました! またお会いした時はよろしくお願いしますー!」
「王子様ーうち、待ってるよー! 強くなって、迎えに来てねえー!」
少々噛み合っていないそんなやり取りをしながら、俺はマリーにずるずると引きずられ、店を後にしたのだった。
「お兄さん」
「は、はい?」
「金輪際、軽率な指切りは禁止です」
軽率な指切りとは…?
「お返事は? お兄さん?」
「はい」
このニッコリ笑顔からくる圧力…!
「ま、まあなんにせよ、今日も良く回ったし、宿に戻ろうか…あ、そういえば」
「なんです? もう」
「マリーの村も、やっぱり強い人がいるの?」
「そんな事ですか。まあ、一応ソウさんがそうです」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
役割的にも、そんな気はしてた。
「でも」
「でも?」
「村で一番強いのは、多分アンシアさんですよ」
「えっ」
今日、一番衝撃的な事実だった。
あっそうだ。変わってるって、アンシアと手合せした時に言われたんだ。
なぜ…。




