初めての町3
「こうある日突然うちの白馬の王子様がばあああああん!!」
「「!?」」「む?」
この町で一番大きな店、加えてこの町の店を取り仕切っていると聞いたところへ、俺たちはやって来ていた。
村の市場で言うところの、ソウさんのポジションだ。
この店を最後に訪れたのは、この町での商売について、じっくり話を聞きたかったからだ。
もう残りはここだけ、という状態で訪ねて、落ち着いて話をさせて貰えればと思っていたけど…。
「あれーお客さん?」
「もういいからアンタは引っ込んでな! いらっしゃい、どうぞ」
「あ、はい。失礼します」
店の中に居たのは、俺と同年代くらいの女性と、もう一人はソウさんくらいの、こちらも女性だ。親子、なのかなやっぱり。歳の差はそのくらいに見える。
にしても…白馬の、王子様?
この世界にも馬は居るんだな。いや気にするのはそこじゃなくて、何でそんな事を叫んでいたのか、というところだよね。
その先程王子様を求めていた女性は、今俺の事をこれでもかと見ている。それはもう端から端までといった感じだ。
どうにも不思議さんなオーラを持った人だな。
そしてこう見られていると、どうにも気になって、俺の方も見返してしまう。
…すごく、美人だな。
いや、やっぱり痩せすぎなんだけど、でもこう整っていると言うか。イエローみたいなきらびやかな雰囲気では無くて、おっとり系の。
「お兄さん!」「ローナ!」
「「はい! ごめんなさい!」」
「何をじろじろと、いやらしい目で見てるんですか!」
「い、いやーはは…」
いやらしい、の部分は否定したいところだが、実際見てしまっていたので何とも言えない。
そして向こうは向こうで、先ほどローナと呼ばれた女性が、お客様に失礼だなんだと怒られている。
あ、なんとなく親近感が湧くな。
「お兄さん、さては聞いていませんね?」
やばい。
いつの間にかマリーの表情が、またじとーっとしたものに変わりつつある。
「ちゃんと聞い」
「はいはい。もういいので、早く本題に入りましょう」
「…そうだね」
俺は頭を切り替え、店の二人に向き直った。
「あの、実はいくつか、聞きたい事があるんです」
「ん、ああ、ごめんねえほったらかしにして。一体何が聞きたいんだい?」
ローナを叱っていた女性が、にこやかに応対してくれる。ローナの方は、その後ろでぶーたれた様子だ。
「はい。この町で、商売を始める事は可能ですか? 何か制約があるのでしょうか」
「ふうん? それでうちを訪ねて来たって訳だね。ま、可能は可能だね」
「店を構えること自体はさせて貰える。でも何か問題がある、と」
「そうだね」
「どういった理由か聞いても?」
「まあまずは、シンプルに儲からないって事だね。知っての通りこのご時世だ。現状この町が、ギリギリとはいえ普通に回っている以上、新参の店で、あえて買い物しようって住民は少ないだろうね。何の店を始める気かは知らないけど、さしあたり、無いと生活に困るような物を扱う店は、一通りそろってるからね」
「なるほど」
これはまあ、その通りだろう。
唯でさえ生活が苦しいのに、よく分からない店で買って、それで問題でも起きた日には堪ったもんじゃない。
村でもそうだったけど、今この国の人達は、すごく保守的になってしまっているんだろうな。
「あのっ、他の理由と言うのは何なのでしょう?」
後ろに控えていたマリーが、そんな事を言った。そういえば、まずはこの理由って事だったな。
「ああ例えば…あんたたち、どのくらい“出来る”んだい?」
「…出来る?」
一体何のことだろうか。
言葉が続くかと思ったが、女性にそんな様子は無い。となると、出来るかと聞かれた時、当然そのことである、というものが存在すると言う事だ。
何だろう?
販売効率がどうとか、そういう経営に関する知識や、計算の事だろうか。
村では、そういった知識はほとんど存在しなかったようだが、これだけ大きな町だし、少しはノウハウ的な物があるのかもしれない。
「それで、どうなんだい?」
「ええと…想像した通りであれば、それなりに」
「…ほお?」
いくらそういった、この世界ならでわの商売知識があるかもしれないと言っても、俺の持つ知識は莫大な研鑽を経て来たものだ。たかが俺一人の経験談って訳じゃない。
早々、そういった手腕で負けるとも思えない。大丈夫、のはずだ。
「お兄さん、本当ですか? 私がアンシアさんに聞いた限りじゃ、そんなに大した事無さそうでしたが」
「え!?」
ど、どういう事だ?
アンシアが裏でそんな事を?
実はあの村のボスはアンシアで、俺の稚拙な知識を裏ではバカにしていた?
そんな馬鹿な!
あの大人しくて儚げなアンシアが?
「まあ、物は試しだ。ローナ」
「ぶー。うちがするのー?」
「え、え? ええと、お願いします?」
なんだろう。
ローナさんも、実はこうほわほわして見えて、そういった知識に通じているんだろうか。
俺は一体どんな事を聞かれるのかと、緊張してローナさんを見ていた。
「そんなんで、準備いいのー?」
「? は、はいどうぞ」
「じゃあいくよー」
準備って、そんな念を押されるような事だろうか。
…まて、これは何か雲行きが怪し…い!?
そんな事を思った瞬間だった。
先程までふわふわとしていたローナさんが、突然顔面へ蹴りを入れてきたのだ。
俺はそれを寸でのところで躱す。頭の横を脚が過ぎて、また戻って行った。
過去の武術経験が無かったり、今ちゃんと見てなかったらもろに当たっていた!
というか待て待て待て。
戸惑っている間にも、ローナさんからの猛攻は止まらない。しかも全部が容赦ない!
人間の正中線を的確に狙ってくるし、時折腕を掴まれた時は、極めに来るのではなく、そのままねじ切られそうな力を加えられる。
それに対して俺は、かつての記憶を掘り起こしながら、何とかスルスルと、その力をいなしていく。
「ほっほー?」
ほっほーじゃないですよ!?
心の中で突っ込みを入れていたところに、ローナさんの踵落としが降ってくる。それを俺は両手で受けるように見せかけ…接触した瞬間半円状に、受け止めた脚の下から上側まで一気に回しこむ!
そしてそのまま踵落としの速度に、自分の両腕の力を乗せて加速させた。
「!」
ローナさんが少しばかり驚いた表情を見せる。
よし、これで脚が想定より早く振り回され、多少なりともバランスを崩すはずだ。そこを狙って、とりあえず抑え込んでしまおう!
俺はそんな事を考えていた…が甘かった。
ローナさんは加速した脚の勢いをそのまま使い、もう片方の脚で器用に重心を落としたと思ったら、なんとそのまま前宙し、もう一度、今度は空中踵落としを放ってきたのだ。
そんな、バカな…!?
ああでも、ここは異世界だったな…。元の世界の身体能力の常識は、通じない、のか…。
自分の脳天から首にかけて、不安になりそうな鈍い音がしたな、と感じた所で、俺の意識は落ちていった。




