初めての町2
翌朝、俺とマリー、そしてメルの3人?は、宿屋で朝食をとっていた。
ちなみになぜか、メルもパンを食べていた。
ぬいぐるみのはずなんだが…?
ここの食費は村より安めで、そこまで出費は痛くないので助かった。
「それで、昨日言っていた問題、って何なんです?」
「おお、我も気になっておった」
「ん、ああそうだなあ…」
俺は頬張っていたパンをゴクリと飲み込み、考える。
難しい事は良いから、シンプルに伝えたい。これは今後、多くの従業員を抱える事も想定できるし、重要なスキルだ。
例えとかで、元の世界の物を使えないのが難しい所だよなあ。
「例えば、銀貨1で、パン一つ。これが普通の所があったとするじゃない?」
「はい」「ふむ」
これが、大体元居た村の基準に近い
「んで仮に、銀貨10で、パン一つのところもあったとする」
「滅茶苦茶高いですね」
「うん、そう感じたよね? でも仮に、全部が10倍だったとしたらどう?」
「全部、とな?」
「そう、パンを買うのに10倍の値段が掛かる代わりに、他のすべての物も10倍、つまり商品を売った時も、10倍の値段で売れる」
「売るのも買うのも全部10倍なら…結局、同じ…と言う事ですか?」
「そういう事。そしてそれに加えて、その土地の商品ごとに、価格が大きくブレているとしたら?」
「?????」
あ、メルは脱落したっぽい。頭にクエスチョンマークが見える。
「場所によってパン一つが、銀貨1だったり2だったり、10や11、下手すると100のところがあったり…?」
「そうだね。実は、その土地だけで商売して、儲けると言うだけならそこまで問題じゃないんだ。でも俺たちは、そのうち世界中で商売をしようとしている。それを考えた時、扱ってるであろう数百、数千の商品が、土地ごと、種類ごとに売る値段もバラバラ、生産者さんから買う値段もバラバラ、でも通貨は同じなんて事になったら…」
「…もう何と言うか、管理するだけで大変そうです」
「そう。多少のブレなら、むしろ目的の一つでもあるし、俺の店で世界の料金基準を、作り上げていってしまえば良いと思ってた。でも、それにしては価格のブレが大きすぎる。なぜかお金の価値が、それぞれの村や町で、違う国なのかってくらい違うのかもしれない」
まだこの町と、最初の村の2か所しか見ていないから、実際のところどうなのか分からない。
しかし、あまりにその土地の常識からかけ離れた料金で商売を始めれば、当然元居た商売人はおろか、住んでいる人達も混乱してしまう。だからと言って、当然、はいこれからはこの基準で商売していきましょう、で済む問題でもない。
それにしても、分からない事がある。
ここまで商品の値段がブレまくっているなら、なぜ行商人がもっと存在していないのだろうか。安く生産者さんから買い取れる土地で商品を確保し、物価が高い土地で売る。店で買って店で売る、が出来なくても、とんでもなく儲ける方法はいくらでもありそうなのに…。
それともそれほどに、この世界にとって村や町を離れると言うのは特別な事なのだろうか。
確かに村に居た頃の客には、兵士の恰好の人や、武器などを持った、冒険者であろう人達ばかりではあった。そういう物なのか…?
「-さん、お兄さん!」
「えっはい!?」
「もう、また一人で考え込んでます。少しは私にも、その考えている部分を話してくださいよ。何のために、お兄さんに色々教えて貰ってると思っているんですか」
い、色々…。
「お兄さん、本当顔に出てますからね? 今はふざけているんではないんですよ?」
「と、とにかく、考えて解決するものでもないからね。今日も調査を進めよう!」
「え、ちょっとお兄さん!」
俺はそう言って立ち上がると、準備の為に、そそくさとその場から退散した。
確かにマリーには色々教えているけど、結局のところ絵空事だ。
俺みたいに現場の経験があったり、データに基づいた結果を見たりは出来ていないし、出来ない。俺も今テキストを持っている訳じゃないから、教えてる事に漏れもあるだろうし、いざとなったら何とか出来ないか、自分で考えておかないといけないな…。
今日の調査では、店の数が多く目立っていたところから、少し外れた所を回っていた。
そうはいっても、そこまで大きく離れてはいない。この町では、店は今いる区画にほぼ集まっているみたいだ。今居る外れの辺りには、昨日の調査で見当たらなかった種類の店もいくつかある。
見た事の無い不思議な生物が並んでいる店、これは冒険者が飼って、色々と役立てる生物らしい。
他におかしなグッズが並ぶ、何でも屋?のような店、店員らしい人は居たけど、床でぐったりと眠っていた。最初は何事かと思ったぞ。
そして…。
「ここは…店、かな?」
看板、っぽいものがあるにはある。でも剥げているし、書かれている文字も読み取れない。
「おい」
!?
看板に目を凝らしていると、突然重たく低い声を掛けられた。
振り向くと、頭からすっぽりと布を羽織った人が、いつの間にか真後ろに立っている。布が足元どころか地面にべったり付くほど長いため、その下がどんな風になっているかは分からない。
俺は半歩前に出て、マリーを後ろに追いやる。何にせよ言葉は通じてるからと、まずは普通に声を掛けた。
「初めまして、ここはお店ですかね? 見ていっても良いですか?」
「…誰の紹介だ」
「紹介…は特に受けていません。会員制、か何かの店なのでしょうか」
「そうではない、が…」
そう言いながら、布から唯一覗いている瞳が、後ろのマリーを射抜いた。
「売りに来たって訳でもねえんだろう」
売りに、来た…?
買い取りをしている店なのか? それもマリーを確認したタイミングで、この質問。
想像が確かなら、異世界のお約束的にここは…。
「そうですね。偶然ここへたどり着いただけです。もう戻る事にしますね。マリー、行こう」
「は、はいっ」
俺はマリーの手を掴み、お辞儀をしながら足早にその場を去った。
先程の人がほとんど居ない路地から、おそらくメインと思われる通りまで、一気に駆け抜けてきた。メインと言っても、賑やかという訳では無く、人は居るから音はすると言う程度だ。
ここの町の人達も、村と同じで結構痩せているんだよな…。
「お、お兄さん、さっきのお店って…?」
「ん、あー…あの店は、とりあえず良いかな」
もしもあの店がそういう店なら、見に行くとしても一人で行きたい。
少なくとも、まだ世界を全然知らないマリーを連れて行きたい場所では無い。俺はマンガやアニメで慣れているせいか、特に嫌な感情は無いんだが…。
「そう、なんですか? 店でもないおうちに、あれだけ平気で突撃していくお兄さんが?」
「それとこれとは別、かなー?」
「…なんだか逆に気になりますね」
「えっ」
これは良くない。
万が一気になってマリーが一人であの店へ行き、さっきの布を被った店主が悪い奴で、攫われてしまって、みたいな事態になれば一大事だ。
何か良い言い訳は…そうだ!
「マリー、絶対に一人で行っちゃ駄目だよ」
「そもそも、何のお店だったのか、お兄さんは分かったんですか」
「ああ、あの店はね…」
「はい」
「…いやらしいお店だ」
マリーの表情が固まった。
「うん? 翔、何を言うておる。先程の店は奴れむぎゅぅ」
メルは黙っていよう。わかってるから。
でもマリーには、そういう世界をまだ見せたくないと言う、親心と言うか兄心なの、分かってメル。
俺が無言でメルをむぎゅむぎゅやっていると、マリーが何とか再起動し始めた。
「な、なるほど。確かに同じお店でも、関係は無いですね。次行きましょう、次」
などと言って平静を装っているが、おそらく顔は赤くなっている事だろう。
と言うかマリー、いやらしい店、と聞いてどんな感じの店の事か想像が付いたって事だよな。一体どこからそんな知識を知り得たんだろうか。正直気になってしまうが、さすがに聞かない。
年頃だし、そういうの興味があるのも仕方ないよね。そういえば折角こうして旅しているんだし、良い人の一人二人くらい、知り合えたりするといいけどな。
そうは思うが、この町もやっぱり女性の人がほとんどだし、望みは薄いかもしれないな。
世界的に貧困であり、男は魔族との戦いに駆り出されてるって言うのは、やっぱり本当なんだろう。
「マリー、ここだよ。ここ」
「ふぁ!? し、知ってわかってますよ色々!」
「落ち着いて」
こうして俺たちは、いよいよ最後となる、最もこの町で大きいお店のドアを潜った。




