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町への旅路3

 チーチチチチ…


 近くに川があるせいだろうか。

 辺りは気温の割に、涼しげなそよ風が流れていた。降りてきた山を含めて、いくつか連なっている山々からは、この世界に来てから良く聞く鳥の鳴き声が聞こえてくる。うっすらと射し込む朝日は、なぜか少しばかり、心をホッとさせてくれた。

 そんな、爽やかな朝だった。

「う゛ー…」

 爽やかな、旅に出て二日目の、良い日がやってきた。

「…おはようございます」

「おはようマリー、今日も良い天気になりそうだね。と言っても暑くなりすぎるのもなんだし、もう少し雲が出てくれないかなー」

 日差しがちょうど射して、目が覚めたのか、マリーが寝袋から這い出してきた。

 特に体調には問題ないみたいだし、今日も予定通りに出発できそうだ。

「…元気そうですね」

「え? うん。俺は元気だけど?」

「う゛ぅー…」

「…元気、では無さそうですね。ご愁傷様です」

「ひどいよ…マリーちゃん、だっけ? その名前忘れないから…知ってて見捨てたでしょ…」

「…ずいぶんと意気投合していらしたようなので、それならお兄さんの事をもっと知って頂いた方が良いかと思いまして」

「なにそれぇー…。まさか一睡もさせて貰えないなんて聞いてないよー」

「良くある事です」

「ねえ、翔君って、最初割と好青年かと思ったけど…実は変人寄り?」

「変でもあります。でもどちらかと言うと子供ですね。限度を知らない子供。あと色々な意味でも子供です」

「あー…あの怒涛の勢いから、なんとなーく想像つくよ…眠いー」

 爽やかな朝のはずが、女性陣二名に何やら不名誉な言われを受けていた。

「一応これでも、多分この中で一番年上のはずなんだけど…」

「良識のある大人は、勢いのままに女性を朝まで拘束したりしないんです」

「ホントだよー。あたしこんな経験初めてー」

「私もお兄さんに、初めてやられた時はぐったりでしたよ」

「むしろ同じだけ起きてるのに、何でこんなに元気なんだろうねー」

「…心が汚れているせいだろうか」

 今の会話が、全く違う事を夜にしていたように聞こえるのは。それとも単純に欲求不満で?

 …真面目な話、それもあるかもしれない。

「何わけのわからない事言ってるんですか。それで、初対面の方をこんな風にしてまで、得た成果はどうだったんです?」

「あ、うん。とりあえず、上首尾…かな」

「お役に立てたなら何よりよー」

「いや、本当助かったよ。あ…そういえば、名前は?」

「一晩話し込んでたのに、名前すら聞いてなかったんですか…」

「…聞きたい事が、たくさんあったから」

「本当怒涛の勢いだったねー。でも、名前ねー…」

「あ、何か理由があるなら、無理にはいいよ」

「うんにゃ、君たちとは、また何かの機会もありそうだしねー。でも、うーん…。うん、決めた。あたしの事は、イエローって呼んでよ」

「その言い方からすると、本名ではないんだ?」

「そうだね。本名ではない、かな。全く関係ないって訳でも、無いんだけどねっ」

 イエローと名乗った彼女は、そう言いながらバチリと勢いよくウインクを決めた。同時に、昨夜からずっと被りっぱなしだったフードを降ろした。

「まあ、あたしの事をちゃーんと覚えておくと、いつか良い事があるかも知れないよ?」

 そこには朝日で輝く長髪を携えて、眩しく笑う美しい女性の姿があった。

 それは、今まで感じていた印象とは違う、どこか優雅さを感じさせるものだった。




 三日間の工程を組まれる事が多いと言う、この村から目的の町までの道程は、この二日目が一番長いらしい。

 あの後初めて向かうなら、早めに出発した方がいいよと、自称イエローに勧められ、そういう事ならと手早く食事を取り、歩き始めたのだ。

 にしてもイエローとは、あのレベルの綺麗な女性相手のあだ名としては、何ともミスマッチで呼び辛いものがある。戦隊ものか何かか。

 いや、でも性格は、先ほど俺がそう言われてしまったのと同様、子供っぽいというか、やんちゃな感じが強い。そう考えると、似合っているのかもしれないな。

 さて、そんなこんなで、翔君のせいで予定狂ったなーなどと、嫌味を最後に残してくれたイエローと別れ、俺たちは出発した。


 歩き続ける事、約数時間。

 あの大きな川と、並ぶように道が続いていたので、町まで行かずとも、人が居るのではないかと思っていた。

 すると案の定、その水源を利用しているのか、畑のような物が見えてきた。

 それを見た俺は、迷いなくその横に建つ家へ突撃した。当然だ。

 なぜなら、貴重な仕入れ先になるかもしれない相手が住んでいるからだ。

 どのような形態で、第一店舗目を立ち上げられるか、まだ決まっていない以上、出来るだけ顔を売り、味方を作っておくに越したことはない。

 世界に影響を与えられる程の店を作ろうと言うんだ。人とのつながり以上に、大切な物なんか無い。

 そんな訳で…。

「っはーなるほど! そんな事があるんですねー…」

「そうなのよ~。わかってくれる? 本当、王都では今、何がどうなってるやらでねー。そうそう、それでね、そこでおばさん、一工夫してみせちゃったわけよー!」

「おおおお! 何ですか何ですか?」

「いやそっれがねえ―――――」

「…」

 道の途中で見かけた農場主さんと、楽しく昼食を採りながら、ハイテンションで世間話に花を咲かせていた。

 ビジネスの話をするのでは無いのかって?

 そういうケースもあるけど、今はそうじゃない。

 そもそも開店の目処すら立ててないのに、何の話をすればいいんだって奴だ。

 良い知り合いになっておく事、コネを作る事も、立派なビジネスの準備だ。

 実際、どれだけ大きな会社でも、窓口になる人間は1人か2人。お前となら契約してやろう。でも他の奴はむかつくからダメだ。なんて話は、いたるところで、現実として起こっている事だ。

 数値や利益に基づいた、理にかなった話し合いだけで、契約や売買が進む。そんな分かり易い幻想のような世界は、そこに入った事の無い子供の幻想だ。無論、そういう時もあるけど。

 結局、俺とおばさんは、日が暮れるまで先程のテンションで盛り上がっていた。

 マリーは、おそらく付いていけなかったのだろう。終始置物と化していた。後半は目が死んでいたような気もする。

 ちなみに、神様ことメルは、相変わらず眠りこけていた。置物その2だ。ちゃんと今もぬいぐるみに入っているのか、正直不安になってきた。




 そしてさらに時間が過ぎ、もう今はどっぷり夜中だ。

 俺とマリーは、農場のおばさんが貸してくれた部屋で、のんびりと寝床を整えていた。結局今日はもう、ここで一泊する事になったのだ。

「何もしてないのに、勢いに押されてどっと疲れました…」

「確かに、村にはあそこまでの勢いで話す人は居なかったもんね」

 俺は言葉通り、ぐったりと座り込んでいるマリーの様子に、思わず笑ってしまった。

「…お兄さんは、凄いですね。あんなに上手く相手をノせて」

「こらこら、聞こえたらどうするの。というかさすがは商売人歴が長いだけあるね。そこは分かったんだ」

「そりゃあ分かりますよ…。突然人が変わって、誰かと思いました。と言うかお兄さん、結構そういう時ありますよね。なんか口調とかも変わりますし」

「あー時と場合によって、多少はね。まあ、これも仕事で必要な技術だよ」

「仕事で必要…、何と言うか、お兄さんの居た所では、この世界とは違った意味で、商売するのが大変な世界なんですね」

「そう言われてみると、そうかもね」

 商売を失敗したら、食べる物も満足に得られなくなり、即死につながる。そんな大変さは、元の世界では早々ない。

 でも情報の飛び交う速さは段違いに速いし、我こそはと、似た物を扱う店が、同じ地域を狙って複数出店したりする。そこを勝ち抜くのは、この世界とは別の意味で大変だ。

「でも、なんだか安心しました」

「安心?」

「はい。お兄さん、どこか不安そうでしたから。イエローさんから、本当に色々良い情報が聞けたんですね」

 どうやら心配をかけてしまっていたようだ。やはりどうにも、年の割に察しが良い。

「うん、まあそれを話し始めると―」

「私は寝ますからね」

「そんなに警戒しないでよ…」

 ちゃんと分かってるから…。

「まあ、簡単に言うと、魔術とかの要素がある事以外、俺の世界の感覚で動いて良さそうなんだ。まだ自分で感じたんじゃないとはいえ、この世界の人からそれを聞けたのは、精神的に大きいね」

 もっとも、その魔術的要素の部分が、一番注意するべき点なのだが…。

 しかし思えば、メルもこの世界へ呼ぶ相手を、じっくり探したと言うような事を言っていた。

 それならば、当然常識のかけ離れた世界は、予め避けているだろう。

 まあ、取り越し苦労で済んだのだから、良しとしよう。

 あとは海外出店と同じ、その地域の特性に注意していけば問題なしという訳だ。

「…お兄さんは、子供だと思いますけど、やっぱり大人なんですね。時折、すごく…」

「…」

 すごく、に続く言葉は一体なんだったのだろうか。分からないけど、なんだかマリーが、俺に距離を感じているような気がした。

 だから俺は、そんなマリーの頭を、そっと優しく撫でた。

 ちゃんと傍にいるぞと、まるで本当の家族、妹を安心させるように。

挿絵(By みてみん)

「なんですかこれは…」

 マリーの反応はどうだろうか。少し不満そうな声色だ。でも、手を払いのけたりはされない。

「ゆっくりやればいいよ。俺の事を大人だって思って、差を感じたのかもしれないけど、それは実際、間違いなく歳の、経験してきた場数の差なんだよ。その感じた分の差を、これからマリーは経験するんだ。焦らなくていいよ」

 ここに、近くにちゃんと俺はいるから。そう言外に込めて、俺は最後にマリーの頭を、ポンと優しく叩く。

 するとマリーは、いつものジト目で俺の方を睨んでいる。

 そうこなくちゃ。

「お兄さんに子供扱いされるのは、正直腑に落ちません」

「思ったより辛い返答だなー」

「なのでやっぱり、今日は少し教えて下さい。今後私たちに必要な、この世界の事を、お兄さんの持っている知識を教えて下さい。私は、絶対お兄さんに追いついてみせます」

「…なんとも、頼もしいな。でもさっきも言った通り、焦りは禁物だよ?」

「それは私の台詞と言う奴です。焦ったりしていませんので、お兄さん、いいですね? 常識の範囲内で、少しだけ、お勉強の時間にしましょう」

「分かった分かった」

 俺はその、遠慮のない物言いに、また思わず笑ってしまった。本当の妹がいたら、こんな感じなのだろうか、なんて事を思いながら―。


 自動車の音など一切しない、異世界の静かな夜に、ちょっぴり不思議な関係になりつつある2人の、温かい会話が溶けていった。

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