町への旅路
なぜ市場調査が必要なのか。
村からの山道を、マリーと一緒に下りながら、俺は考える。
俺はこれからこの世界で、10年以内に大規模チェーン企業を確立し、貧困な生活水準を引き上げる。それを持って選ばれし勇者達を後押しし、世界を救うと言う使命がある。
これについて、わかる人にはわかる事をシンプルに言おう。
時間が足りない!!
そう、時間が足りない。何の冗談かと言う程足りない。
10年もあるなら、どうとでもなると思う人も居るかもしれない。でも、そんなに現実は甘く無い。
確かに店を軌道に乗せ、資金を捻出する事さえ出来れば、10年で100や200の、物理的な店舗を建てて回る事は可能かもしれない。しかしそれでは駄目なのだ。
理屈を話し始めてしまうと、それこそハウツー本が一冊出来るくらいの文章量になってしまう。
だからそれは実際に、その問題に直面した時に話していくとしよう。
それではなぜ、そこまで時間が無いのに、調査の為に旅に出るのか。
一刻も早く、元の世界のノウハウを活かして店を運営し始め、まずはどんどん物を売り、資金を作るべきでは無いのか。
答えはNOだ。
市場の調査と言うのは、店を立ち上げるうえで絶対に欠かすことが出来ない。むしろ本当は、この世界一周したり、せめて世界中の市場資料を入手したいところだ。
それを最悪近隣の調査だけで見切り発車しようと言うのだから、すでに胃が痛くなりそうである。
具体的な理由についても、実に色々な内容があり、一晩では語りつくせない程の知識量になってくるのだが…。
俺はふと、隣を歩くマリーの方へと視線を向けた。
「…~~!?」
するとマリーは、背筋に悪寒が走ったかのように震え、身体をビクリと強張らせる。
俺から何かを感じ取ったのだろうか。まあ、さすがにまた、マリーに徹夜勉強させるのは可哀想だし、自重しないといけないな。
…可能な限り。
さて、調査が必要な理由をひとつ例として挙げるなら、第一印象の重要性がある。
俺が立ち上げようとしているのは、これからこの世界に何百もの店舗が立ち並ぶような、生活に密着するレベルの規模、需要がある店だ。
であれば、その印象は非常に重要になる。
この店は何かが違う、凄い。シンプルに商品が安い。外観が楽しい。
理由は何であっても良い。重要なのはそれが好印象であり、良い噂に繋がる事だ。
そうなると、調査を欠かすことが出来なくなるのだ。
例えば、地域特有の文化がある。
かなり特殊な物が存在する場合もあるし、そのタブーに触れてしまったりすれば、店はそれだけで最悪の印象、最悪の宣伝をする事になってしまう。
海外出店する際などは、採算をとる為に調査で5年10年使う事もあるくらいだ。他にも具体的な数字の話で、地域によって物の価値は大きく異なる。
チェーンストアと言うのは、その莫大な資産と人員を使って、そういった地域差を解消するのも役割の一つだ。
どこに住んでいる人でも、便利な物をそれなりの値段で買う事が出来る。
そんな環境を作る為に、製造元とお客さんとの仲介役になる事で、人の暮らしを豊かにする。そういう生活の笑顔を守る事を、企業理念としている会社は多い。
まあ今回も、難しい話はほどほどにするとしよう。
つまり、村で得た知識だけを元に、価格を決めて、売れる売れないで調整していっても、俺の目的の為には意味が無いのだ。
これは、俺の知識と手腕で、世界が良くなるように、新しい値段の基準、この世の基準を作ってしまおうと言う話なんだ。
とてつもなく、大それたことを言っている自覚はあるが、過去に元の世界で、偉人たちが成してきた事実でもある。
俺だって無駄に凝り性なせいで、知識だけは人一倍あるし、やってやれない事は無い…はずだ。
そしてそうなると、時間が足りないと言う話に戻ってくるのだが…約半年もの間、あの村に留まってしまったのが痛い。
もっと早く、今は背中のリュックの上で、のんきに寝ているメルに出会っていれば、もっと迅速に行動を起こせた。
あの村で経験した事は、この世界をリアルな現実として受け入れさせてくれたし、決して無駄だとは思っていない。トラブルに近い事が多かったし、苦労もしたけど、あの経験があるから、俺は今後失敗しないように、頭だけではなく、心でも気を付けることが出来るだろう。
この半年、本当に色々な事があった。
そう思い返しつつ、俺は現在非常に気になっている事がある。気にしてもどうしようもない事なので、気のせいだと思うようにしていた。
でも、さすがにこれはきつ過ぎる…!
「暑っついよ! なにこれ!?」
「わっ!? お兄さん、いきなり大声で叫ばないで下さいよ! 本当変な事ばっかりするんですから…」
「…」
変人呼ばわりされ、俺は思わず口を閉ざす。
しかし今俺が気になっている事と言うのは、他でもないこの気温の事なのだ。歩いて3日ほどだと聞いた、隣町へと向かっている途中な訳だが、日差しが強いしのどは乾く。
一言でいえば暑い。
この世界に来たばかりの頃は、少し肌寒いくらいだったのに、ここ数か月は暑すぎるくらいだ。
今日は特にそれがひどい。これはもしかして…。
「ねえ、マリー」
「今度はどうしましたーお兄さん」
「もしかして、ここって四季があるの?」
「…しき?」
「えっと、暑い時期もあれば、寒い時期もあって、それが長期的に移り変わったりする事かな」
「そんなの当り前じゃないですか…。余計な事を言わせないでください」
「ごめんごめん」
マリーは日差しに当てられて、しんどそうに答えてくる。
…でもそうか、四季があるのか。
元居た世界でもあった物だから、別に珍しいという訳では無い。
でも異世界と言うのは、地域によって年中極寒の地域があったり、マグマの流れる地域があったりと言う事が多いから、驚いたのだ。
元の世界でも、四季がある地域は限られた範囲だし、こちらもそうかもしれないけど…それでも四季があるのは大きい。
なぜなら、商売をやる上で四季は、売上向上を見込める重要な要素になり得るからだ。これは店を始める時に、目玉の一つとして使える。
先行き不安な旅だけど、一つ良い事を知れたな。
だからと言って、旅の初日と、真夏日の初日が被る事は無いだろうと思うが…。暑い…。
道はそれなりに舗装されており、村とマリーの家を繋ぐけもの道に近いものと比べれば、断然歩きやすい。
しかしこう暑いと、そうも言っていられない。
それでも俺は、出来る限り道の状態を確認しながら進む。いつか聞いた通り、時折舗装路がダメになっている箇所が見受けられる。
陥没や、地盤のずれなど、歩きなら特に問題は無い程度だ。
しかし荷車などを走らせようと思えば、途端に厳しくなりそうな、そんな綻びだ。
こんな状態だから、直接荷物を背負って走る騎竜便が、生命線だという話だったもんな…。でもこれを解消する事で、好転する事態も起きるかもしれない。
国はもう一方の新しい道を作ってから、こちらの道は直してくれないと言うし、将来的に店の資金で舗装し直すことも視野に入れて、考えておかないといけないな。
「今日は山のふもとまで下りて、野営地で一泊するんだよね」
「そうですね。道中の人が、まとまって休む寄合所みたいな場所があるとかなんとか…。もっとも、私も聞いただけで、実際には知りませんが…」
「まあ、最悪その野営地じゃなくても、適当な所で休めばいいよね」
一応村で、町へ行ったことのある人に色々聞いては来た。
けれど村を出るのは初めての二人だ。正直道中の不安はある。
以前は遠視が出来たと言う、リュックの上の神様は、案内役になってくれるかもと期待したのに、寝てるし。
「あ…お兄さん、あそこ、木が無くなって、開けてますよ!」
「本当だ。それにこれは…」
水の音、だろうか…?
俺たちは住み慣れた村に続いて、ずっと暮らしていた山から、いよいよ外の世界へと、踏み出して行こうとしていた。




