この世界での、決意を
夢――
いつもの夢を見ている。金髪の男性が、死力を尽くして暗い塊とぶつかり合っている。
しかし、今日は何かが違った。
明らかに、違うことがあった。
例えば、眼下に並ぶ建物だ。こんなに数は無かったし、もっとみすぼらしかったはずだ。
しかも、なんと少ないけれど、人が居るようだった。
顔も見えないほど遠い距離ではあるが、確かに人間のようだった。
そして、何より最初に気付いたことが一つある。
金髪の勇者が持っている武器が変わっている。
相変わらず服装などはボロボロだし、身体はやつれているままだ。それなのに武器だけがなぜか変わっていた。前の物に比べれば、ずいぶんとしっかりした造りの剣のようだ。
そんな変化も空しく、相変わらず勇者は劣勢だった。
しかしここで、またいつもと違うことが起こった。
なにやらその剣と、先ほど見た人間たちの間に、極々細い糸のような光が繋がったのだ。すると勇者は、いつも通りなら塊に飲み込まれるところで、なんと少しだがそれを押し返してみせた。そのまま押し切ってくれることを願ったが、そう上手くはいかないらしい。次第にジリジリ押し返され、結局塊に飲み込まれてしまった。
その後は、またいつもの通りで、きっと亡くなってしまうのだろう。
いつになっても、妙にリアルで見慣れることが無い。だからいつも通りに目線を逸らす。
勇者の剣が、一部崩れながら落下していく。
そして、普段なら絶対に見えないはずの距離なのに、なぜか確かに認識できた。剣の柄が壊れてはがれてしまった部分に、印が入っているのだ。
それは今、最も世話になり、最も大切と言える人たちの店で、見た覚えがある形の物だった。
あれから、数日が経っていた。
俺は今、いつか魔術が出せないか挑戦していた木の上に登り、一つの枝に腰を下ろしていた。そしてここ数日の出来事を、ゆっくりと思い返す。
あの日、俺が気絶する直前に見た金髪の青年は、砦町から魔物を追って来た人物だったそうだ。
ほとんど期待はしていなかったが、何とか救援が間に合った形というわけだ。
タイミングからして、何もしなければ、魔物が村に飛び込んで来ていたことを考えると、あれだけ踏ん張った俺も、マリーたちも報われるというものだった。
その後、しばらくしてあの青年以外の救援も、こちらに到着した。
その中に治癒術師も居たらしく、治療を受けることができたおかげで、魔物の攻撃をまともに受けていたストスさんも、アンシアも、無事一命を取り留めた。
俺も、もちろん治療を受けたらしいが、意識を失っていたので記憶は無い。
他にも、あの状況になっていた事情を説明したりと、マリーは色々大変だったようだ。
目が覚めた後は、割とあっさり起き上がることができた。
もともと俺の怪我は、耳を一部吹き飛ばされただけだったし、血を失い過ぎていた以外は、身体に不具合は無かった。だからすぐに動けたのだと思う。
そんな、まだ目が覚めたばかりで、どうなったのかよくわかっていない時に、驚くことがあった。
市場の皆が、俺と、付き添って隣にいたマリーの所に押しかけてきたのだ。
今となっては、目が覚めたのは村の宿屋で、市場のみんなが訪ねてきてもおかしくはないとわかるが、あの時は本当に驚いた。
「本当にすまなかった……」
ソウさんを筆頭に、俺たちに投げかけられた言葉は、謝罪だった。
それは、何もできなかったことに対してだろうか。それとも、何か他の意味だったのだろうか。その言葉だけを残して、皆はすぐに立ち去ってしまったので、真意の程はわかっていない。
このまま、微妙な空気にはして置きたくなかった。
だけどまだ、市場のみんなとはこれ以降、しっかり話をできていない。
今思えば、謝罪された瞬間に、ここは謝罪じゃなくてお礼を言うところだろ、なんてくさいセリフの一つでも、言い返しておけば良かったと思う。
でも、それも後の祭りだ。
そもそも、偶然救援がたどり着いたから、スマートに魔物を村から遠ざけ、救ったような形になっているだけで、そうでなければあの後、魔物は村に向かったはずだった。
行き当たりばったり過ぎて、とても感謝しろなんて気持ちにはなれない。
あの時駆けつけてくれた金髪の青年に向けて、むしろ俺がひたすらに感謝しているくらいだ。
とにかく、村の人たちとはまた改めて、じっくり腰を据えて話したいと思う。
ストスさんは、同じ宿屋の一室で無事であることを確認できたので、アンシアの安否を確かめるべく、俺は家まで訪ねていった。
「あ、翔、さん……お、おはよう、ございます」
ベッドの上で起き上がっていたアンシアが、俺に気が付くと身体を隠すようにシーツを持ち上げた。
そのまま顔を半分ほど隠し、どこか照れたような仕草だった。長い前髪と合わせて、顔がほとんど隠れてしまっている。
特に着替え中で裸だったとか、そういうわけでは無い。
先日武術の型を練習していた日に、ちょっとしたトラブルで密着していた時は、全く恥じらう素振りなど無かった。
この反応は、どう言った心境の変化だろうか。
「アンシア、良かった。元気そうだね?」
「はい、翔さんも、元気そうで、良かった……です」
「隣、いい?」
「あ……はい」
俺は手近な所にあった椅子をベッドの傍に寄せ、腰を下ろした。
するとアンシアは、こころなしか俺との距離を開けるように、身体をベッドの奥へと移動させた。正直この時、地味に傷ついた。
「痛っ……」
「ちょ、アンシア大丈夫!?」
「へ、平気です。少し、痛んだだけ、ですから……」
「それなら、いいんだけど……無理してないよね? 何だったら、横になってもいいから」
「あっ」
俺はつい、いつもの流れでアンシアの頭を撫でてしまった。先程避ける様な動きをされていたというのに、無遠慮にも程がある。
ほんの少し気づくのが遅かった。
「……」
しかし、幸い振り払われることも無く、アンシアはされるがままになっている。
代わりに再び布団を持ち上げ、鼻まで隠れてしまっているけど。
「アンシア、ありがとう。あの時、庇ってくれて……俺のせいで怪我させちゃって、ごめんね……」
「……翔さん、わかって、ません。マリーさんに、聞いた……通りです」
「え、マリーに何聞いたのアンシア……」
マリーには、ウジウジ悩んでいた時に、わかっていないと活を入れて貰った記憶がある。
まさか、あの時の情けない自分の話が、アンシアにも伝わってしまっていたりするのだろうか。恥ずかしいし、そうでは無いと信じたかった。
「翔さん、一人で、抱え込むからって、心配……してた」
「あ、あーそういう風に聞いてたんだ。いや、そんなことは……」
「あり、ます。翔さん、たった一人で、あの魔物を引き連れて、みせて……かっこよかった、です。そんな翔さんを、守るの、当然です」
嬉しいことを言ってくれるけど、正直男としては、悔しさがどうしても拭えない。
こんな小さな女の子に庇われ、怪我までさせるというのは……。確かに子供扱いして、軽んじていい子……人では無い。
しっかり店をやりくりして、武術の心得があって、魔術も使えて……。あれ、そう考えると俺なんかより、なんの疑いも無く格上の人間ではないだろうか?
しかもその上、儚げでかわいいと来た。
地味にどころではなく、素直にショックだ……。
「翔さんだって、怪我、してます。痛く……ないですか?」
「ああ、大丈夫だよ。治癒魔術とかいうので、傷はすぐ塞いでもらえたみたいだし。まあ確かに傍から見ると、痛々しいかもしれないけど……これも、男の勲章みたいなもんだよ!」
実は、この世界の治癒魔術は、使えば完全回復といった類のものでは無いらしく、ある程度の効果しか見込めないんだそうだ。
だからアンシアは、まだ安静にしているし、俺の耳は少し欠けたままになっている。
自分ではそれが見えないから、大して気にしていなかった。
「それに、わたし……まだ、あのことも謝ってない……」
「あのこと……?」
「お兄さん! お兄さんこちらですか!?」
「うわっ」「ひゃ……」
「ああ! 本当に居ました! お兄さん、ちゃんと部屋に居てくださいって、私言いましたよね!?」
アンシアが何か言いかけようとした時、どすどすとマリーが踏み込んできた。
かなり怒っているみたいだ。
「翔、さん……抜け出して来てたん、ですか?」
「いやあ……。アンシアも無事とは聞いてたんだけど、本当に心配だったから……」
「っ……」
「アンシア?」
「お、兄、さ、ん?」
「いたたたたた痛い痛い! 怪我した耳を引っ張るのはひどくない?」
「何言ってるんですか、完全に治ってるくせに。安静にしないといけないのは、貧血で安静にと言われているからでしょう! どこかで倒れていたらどうしたんですか」
「ご、ごめんって……アンシア、一度帰るね。また今度!」
「アンシアさん、失礼しました!」
「あ、はい……。……いつか、お返しします」
そのまま俺は、バタバタとマリーに連れ戻されてしまったんだよな。
最後に何か、口元が動いていた気がするから、非常に気になっている。
なんだかアンシアからは、話を最後まで聞けないことが多いな。
本当は一章完結まで一気にと思ってたのです……すみません
もうしばらくお待ちを!




