俺は、この世界で5
ここまで来たら、後はもう気合で乗り切るのみだ!
「いくぞおおおおおおらああああああ!」
俺は勢いよく地面を蹴り、方向を変えて引き続き走り続ける。
マリーはちゃんとストスさんに説明を終え、一緒に避難してくれているだろうか。そこはもう、信じるしかない。
ここからの作戦はこうだ。
まずこの魔物を引き連れて、マリーの家に飛び込む。
その後俺は、止まらずに窓から脱出し、アンシアに用意を頼んでおいた、特性の火薬袋をその窓から家の中へ投げ込む。
袋は、いつもマキ割りしてる切り株を、目印にして置いてもらっているはずだ。
そして、実はひそかにあれからも練習していた俺の魔術で、家の中に飛び散った火薬を発火させようという狙いだ。
静電気程度でも、火薬にぶつければ火種にはなるはず……。
練習の成果もあって、俺は自分から多少離れたところにでも、静電気を起こせるようになっている。
相変わらず使った後、魔力欠乏で気を失うし、たまに失敗するので、毎晩寝る前に一回だけ訓練を続けていたんだ。
後は、色々と家の中を、燃えやすい状態にしておいてもらえる様に頼んでいる。そのまま魔物を爆発に巻き込んで、家ごと押しつぶせればミッションクリアだ。
「はっ、はっ、あ゛ぁ……!」
頭に近いせいか、やたらとさっきやられた所から、血が流れている気がする。でもそのおかげなのか、思考の一部でやけに冷静な部分があった。
そして、疑問が浮かぶ。
この作戦、無理が無いか……?
時間も無く、一瞬で立てた作戦だし、隙の無いものだとは思っていなかった。
でも現状を踏まえ、改めて考えてみると、魔物は木を軽々なぎ倒すほどのパワーがある。巨体が窓枠に引っかかって、多少家の中に置き去りにできる想定だったが、果たしてその多少の時間が稼げるのだろうか。
他にも、イメージの中では粉塵爆発みたいなのを想像していたが、仮に袋を投げ込んで、火薬が巻き上がったとして、それで大爆発みたいになるのか。その程度で家が壊れるものなのか。
次から次へと、突っ込みどころが浮かんでくる。
結局俺は、ただの一般人だってことか……。こんなことなら、もっとWikiとか読みふけって、隙の無い作戦が立てれるような知識を蓄えておくんだったよ……。
だらだらと流れ出る汗に交じって、額から嫌な汗が浮き出てくる。
しかし、ここまで来て、やり直しが効くはずも無かった。
そのまま走り、家がどんどん近づいてくる。
頭の中で、せめて何とかできる部分だけでもと考え、家に入ったら、1アクション増やして、魔物を窓と別方向へ突っ込ませて時間を稼ごうと決める。
そして、いよいよ家の全貌が視界に入ったところで、違和感に気が付く。
あの家の周りにある見慣れない袋は何だろうか……。いや、気にしても仕方ないか。
勢いもそのままに、俺は家の中に転がり込んだ。そしてすぐさま、できるだけ窓と離れた方向へ走る。ほとんど間をあけず、魔物が家の中に押し入ってきた。
後はこいつを躱して、とにかく外に出ないといけないが……。
「はは……これどうやって躱していくんだよ……!」
とっさに思い付くことなんて、やはり碌な考えじゃない。
手ぶらで、こんな規格外の化け物相手に、正面から対峙する形になって、どうやってこちらに突っ込ませた後、それを躱して逃げるつもりなんだろうか。
先程、慌てて投げ捨ててしまった剣があれば、せめて陽動程度には使えたかもしれないのにと後悔する。
あるのは、自分の身体だけ……なら、厨二臭く練習し続けた自分の力を使うしかない。
たった一度躱すだけなら、相手の動き出した直後、行動を取り止められない瞬間に合わせるのが基本、そう昔、師範に聞いたっけな……。
相手は強い力を持った魔物で、とてもやり合うことができるような存在じゃ無い。
でも、確かにこの世界にいる生物で、重量がある。何かにぶつかれば速度が落ちるし、勢いよく踏み出せば、その動作が終わるまで、物理法則を無視してこちらを追ってきたりしない。
魔物はこちらを追い詰めたつもりなのか、一気にそのまま跳びかからず、こっちを見据えている。
やれることは、こうして睨み合っていても増えたりしない。
だったら、自分のタイミングで……いけ!
俺は足で床を打ち鳴らし、魔物を挑発した。それに反応して、魔物がこちらに駆け込んでくる。
避けそこなったら、そこでお終いた。
集中して、魔物の歩幅を見て、タイミングを計る。
そして大きく魔物が左足を踏み込もうとした瞬間―俺は一気に斜め右前方、魔物が踏み出した左足のさらに外側へ向けて跳び出す。
そうすることで、横へ避けるのに比べて相手の視界から外れやすいし、何より側面、上手くいけば背面までとれる。本来はここから投げ技などを決めるところだが、今はそのまま一気にすり抜けるよう試みる。
魔物の巨体による圧力がすごい。さっきから追いかけっこしていた中で、一番の近距離、一番の威圧感、でもここでびびって腰が引けたら、何もかも終わりだ。
「うおぉぉらああ!」
ギリギリを掠め、最後は無理やり左回りに一回転して、俺は魔物の横をすり抜けることに成功した!
そのまま窓の方向へと走り込み、枠に手をかけ一気に外へ跳びだす。フワリとした一瞬の浮遊感を感じた所で……俺は受け身も取れずに倒れた。
「あ゛……え……?」
俺は一体なんで倒れているのか、理解できなかった。
しかし、耳をえぐられたことで、かなり血を流していたのに加え、先ほど魔物を躱す際に高速で身体ごと回転、さらに落下の際に負担が掛かったことで、平衡感覚にガタが来たのだ。
嘘だと思いたかった。
ここから、切り株に置いてあるはずの袋を拾って、それを窓へ投げ入れて、続いて魔術を使って着火して……やることはまだまだ残っていた。
……やはり、少しでも遠くへ逃げた方が、無難だったのだろうか。
でも、マリーには俺の声が聞こえたら、空に火球を作るのを止めて、全力で少しでも遠くへ逃げるように言ってある。
アンシアも、準備が終わり次第、同様に逃げるよう言っておいた。
もしかしたら、砦の強い人たちが、そのうち追いついて、やっつけてくれるかもしれないし、こうして魔物を村以外に誘導して、時間を稼げたんだから、無意味ではないかな。
そう考え、半分以上諦めかかった時だった。
すぐ近くで足音が聞こえた。
誰だ……一体なんでこんなところにいる……。しかも、一人じゃない……?
「マリー! さっさとその小僧引きずっていけ!」
え……ストスさん!?
それにマリーも、アンシアまで居る!
驚く俺をよそに、事態は止まらず進んでいく。
俺はマリーとアンシア二人に抱えられ、ずるずると家から距離を離していく。
一方ストスさんは、その間に何かが詰まった袋を、いくつも窓から家の中へ投げ込んだ。そしてその後、腕を前に構える。次の瞬間、俺の所まで余波が届いてきた。
これは……風?
ストスさんは、家の中に風の魔術を発動させているようだった。
そしてここで、マリーが俺から離れ、ストスさんの方へと戻っていく。
「やれ!」
「はい!」
そしてマリーも、ストスさん同様手をかざして火球を作り出すと、それを家の周りに置かれていた袋へと放つ。
すると、袋が小規模な爆発を起こした。
さらに間髪入れず、ストスさんが何かしていた家の中に、それが誘爆し、それはどでかい爆発となった。
引っ張ってきてもらって、それなりに距離は離れているが、爆風がここまで届いて熱い。
もっと近くにいたマリー達が心配だったが、二人とも無事な様子で、こちらへと走ってきていた。
爆発の後は、家の柱が崩れていき、当初の狙い通り魔物を押しつぶしていく。やがてすべてが落ち着き、パチパチという木の焼ける音だけが残った時、一度は諦めかけていた光景が、狙っていた状況が、そこにはあった。
「……」
「何ぼーっとしてるんです?」
「マリー……避難するように、言っておいたはずなんだけど?」
「本当にそうしていたら、今頃どうなってましたか?」
「う……」
まさにぐうの音も出なかった。
「お父さんに、感謝してくださいよ。こうしてお兄さんをフォローできたのも、お父さんが、それじゃ駄目だって、先導してくれたおかげなんですからね」
「そうだったのか……。ストスさん、本当に、ありがとうございました」
「……」
ストスさんは、いつも通り黙ってこちらを見ている。
そういえば、まともにしゃべっているところを初めて見た。ものすごく渋い声で、かっこよかった。
でも、今はいつもの無表情と違って、少し睨まれている気がする。
自分の娘を巻き込むなら、もっとまともな策を立てろとか、そんなところだろうか。
……というかそもそも、俺は無断でマリーの家、つまりはストスさんの家を、こんな作戦の終着点として使ってしまっている。さすがに事情が事情だし、許してもらえる……と思いたい。
「えっと、ストスさ――」
そんな、さっきまでに比べれば本当に平和で、どうということは無い心配をし始めた時だった。
何かが、大きく崩れる音がした。
待て。待ってくれ……そんなお約束はいらない。
お願いだから勘弁してくれ……!
俺は、先ほど聞こえた音が、幻聴だと信じたかった。しかし、現実はいつだって厳しい。瓦礫の山の中から、干満な動きで立ち上がった魔物の姿が、その音の方にはあった。
皆はまだ気づいていない――!
「後ろぉ!」
俺以外の三人が一斉に振り向く。同時に魔物の方も、こちらへ向かって動き始めた。
多少ダメージは受けているようだが、まだまだ十分な速さで動けるらしい。一方俺は、まだ立ち上がることすら難しかった。
ストスさんが、魔物へと向かっていく。その手には、いつの間にか普段使っているハンマーが握られている。
ここらに避難させていた道具を、さっき話しているうちに回収していたのだろうか。
そしてストスさんは、なんとハンマーを横なぎに振り、魔物と衝突、そのまま鍔迫り合いに持ち込んでいた。
「す……ごい……。ストスさんってこんなに……」
ギリギリと押し合いしていた双方だったが、均衡はそこまで長く続かなかった。魔物が空いていた翼を打ち付け、ストスさんの身体が吹き飛んでいく。
「ストスさん!」
「お父さん!」
「っ……!」
そうだ、何をのん気に見ているんだ。
参戦するか、無理ならせめて、少しでも逃げないといけなかった。いや、こうなったら立てもしない俺が逃げるなんて無理だ。
体調は回復するどころか悪くなる一方で、油断すると意識まで落ちそうなくらいだ。だったら、二人だけでも逃がさないと、ストスさんやおばあさんに顔向けできない。
「マリー! アンシアを連れてすぐに逃げ」
最後まで、その言葉を言う前に、一つの影が動き出していた。アンシアが、ストスさんと入れ替わるように、魔物の方へ向かって行ったのだ。
何をしているんだと思ったのも束の間、アンシアが手をかざすと、なんと地面から土の塊がせり上がり、魔物の行く手を遮った。
驚きで声が出なかった。
しかし、それすらも長くは続かなかった。
魔物が、二度、三度と腕を振ると、土塊はあっけなく壊れ、それと一緒にアンシアまでも、小石か何かのように吹き飛んでいく。
「あ……?」
そして残ったのは、動けない俺と、そんな俺にしがみついて、動こうとしないマリーだけだった。
それだって、恐怖で俺にしがみついているわけじゃない。まるで庇うかのように、俺と魔物の間に入り、抱きついてきていた。
こんな……こんな終わりはあんまりだ。
確かに、上手くいけば御の字程度の、成功率の低い作戦だった。だからこそ、最後は俺以外現場に残らないように、逃げるように言い聞かせてあった。
でも実際は、守ろうとした人たちに、至らなかったところをカバーしてもらった。
それだけならまだよかったのに、俺を守るために、目の前で皆がやられていく姿を見せられ、自分も最後には殺されてしまうというのか。
あまりに、ひどすぎる。
俺は本当に、何のためにこの世界に来たんだ。神が、本当に居ると言うなら、今こそ力を授けて見せろ!
「ううああああああああああ!」
「――ぉぉぉぉおおあああ!」
――!?
俺があげた無我夢中の叫びに、知らない誰かの声が重なった。その声がどんどん近くなり、そして、一つの閃光が走った。
何が起こったか把握するのに、数秒かかった。
魔物は……その閃光の主によって、打ち倒されていた。
その人物は、まだ少年とも呼べそうな背丈で、金色の髪をなびかせていた。そして俺は、それを見て、強烈な既視感に襲われた。
俺は、この人をよく、知っている……?
そう感じて、詳しく思い出そうとした。
しかしここまでの無茶のせいか、同時に強烈な眠気に襲われた俺は、抵抗空しく意識を手放してしまった。




