約束の日5
並行して考える数が減っていく。カインの最終技に合わせて力を送る。これを成し遂げる事の出来る可能性が…。
この数時間だけで、どれほどの施行をしただろうか。付き合せた皆は平気か…?
次第に周りの状況を考える余裕が戻りつつあった。
そして……。
「ここまで…か」
「………」
血走った眼をしながら、俺がお願いした術式を試してくれている研究員達。しかしおそらく…、芽は出ないだろう。
あと試せていないのは、イエローの魔術が絡む線のみ。
…間に合うか?
過去の研究成果で、魔力を長い距離とばす事には既に成功している。それを成し遂げるのにも、かなりの時間をかけた。でも、そのおかげで可能性が残った。
魔力ってものは、シンプルなエネルギーの塊に近い一方、既に魔力と言う色を持ってしまっている。
何と言うのか…。名も無い無垢なエネルギーがあるとするなら、それを魔術に使える燃料に置き換えたもの。それがこの世界における魔力。
だから、向き不向きが出る。
無垢なエネルギーの方を活用したりだどうのと、あれこれ探ってはいたけど…。結局その線は、タイムリミットまでにはほぼ不可能。
俺は窓を開け、空を仰いだ。
結局カインに大見得切っておいて、偶然待ちか…。おそらくそうであるはず…程度の根拠くらいならあるが。
「翔…さん……まぶしぃ゛…」
研究員の一人が、死に掛けのような声で訴えて来ていた。
ほぼ一日以上睡眠無しで、魔力を行使していればこうもなる。顔色も青くなってきてる。
外を見ていてもイエローが来る訳じゃ無いし、閉めよう。俺は今出来る事を終えたし、探しに行くか? いや、それは非効率すぎる。
振り返りつつ、窓を閉めかけた時だった。
目端に影が差した気がした。
雲…では無いはずだ。ついさっき見上げた時、近くには無かった。
気に掛かり振り返ると、やはり陽を遮る何かがある。
ある……のだが、飛竜では無さそうだし、鳥でも無い。しかし影は空中だ。
しっかり見ようにも、太陽と被って目が痛い。
それでも何とか目を凝らしていると…シルエットがわかって来た。と言うよりも、はっきりしてきた。
大きくなってきている…もとい、近づいて来ている。
「――――――ぁ」
何か叫んでる………っ―!
ここで、こちらに向かってくるものが何なのか理解した。
理解はしつつ、脳内を再度回転させ始めながらも、まるで意味が分からない。
どうしてそんな事になる? 聞いてみたい気もするけど、全てが終わった後でだな。
本当、さすが異世界だ。こんな時でも、滅茶苦茶すぎて笑えて来てしまう。前の世界とは…全然違うな。
「ナンさん、今やっている施行が終わったら待機で。あと他のメンバーは一度退室を」
早口でそう指示する。
一応知る人は少なくするべきだ。
「…だいじょぶ。皆割り振られたもの途絶えて、意識も逝った。魔力欠乏でぶっ倒れてるし、起きないでしょ」
それなら、こう考えるのも悪いけど…ちょうどいい。
もう影はかなり近づいている。何やら必死な様子だ。それも仕方ないと思う。
風の魔術だろうか。減速をかけているみたいだ。まあ自分で何とかできないのにこんな状態になっているなら、大問題だしな。
もう、声が届くだろうか。
「イエローーー!!」
「―――ぁぁぁ!?」
勢いを殺しきれぬまま、イエローが窓から飛び込んできた。
俺はそれをしっかりと受け止め、残りの勢いを殺して支えきる。
「ああぁ…翔くぅん――」
「よし、イエローすぐ調べさせて」
「どういう事っ!? お願いだからあたしに落ち着く時間を頂戴!」
「大洪水の時に使っていた魔術の事なんだけど、あれをこの魔術道具へ向けて使って」
「え…うえぇ…?」
「ナンさん、その術式組み込んで施行を。この線を優先します」
「あー…、おー…」
イエローには申し訳ないけど、もうとうに昼を回っている。まずは有無を言わさず協力して貰う。その後ゆっくり休んでくれ。
「! これ…これなら…っ」
ナンさんのこの反応…おそらくイエローの魔術は、期待した通りのものだったに違いない。
あとは…上手く行ってくれ……。
自分に出来る戦いがほぼ終わり、後を託して…俺は信じて待った。
そして――。
「でき…た……? おー…? ほんにー?」
やった!?
「よし、さっそくテストに―――」
――翔!
……メル?
このタイミングで、メルからの思念…なんでもない連絡のはずは無かった。
――残念じゃが…試している時間は無いぞ。こちらはメインの…お出ましじゃ。
…了解。
信じて、やるしかない。カインが技を放つまでに、少し戦闘がある。その間に、この通信魔術で届く範囲内すべての人間に、状況を説明…準備して貰う…!
話すべきは…やはり国のトップだろう。
「女王様」
「は、はいっ。なんでしょう」
「今、カインの前に最後の敵が現れたそうです」
「え…ど、どういう…カイン………」
「ぶっつけで申し訳ありませんが、兼ねてからお話していた計画の通り、国民へ向けて声明を出してください。光魔術の指輪を準備させるんです」
「……あ」
女王様は、一度目を閉じた。
そしてほんの数秒…その間に、見事に切り替えてみせた。
「わかりました」
「ナンさん」
「はいよー…起動…しましたよ!」
運命を決める大演説が、始まった。
術式を組み込んだ魔術具へ向けて、女王様が声を発する。
「皆様―。皆様、私の声が聞こえていますか? 私は女王―――」
そこから目を離し、俺は部屋の外へと走った。
駄目ならもう間に合わないかもしれない。それでも確認せずにはいられなかった。
『――ま、戦っています。敵は強大で、このままではとても倒しきる事が叶いません』
――――成功だ!
変に大音量になったり、聞き取れなかったりもしない。術式に組み込んだ通りの高さから、一定の音がそのまま発せられている。
『普及した光魔術用の指輪を構えてください。一人一つ持っておらずとも構いません』
それにしても…大したものだ。
おそらく今、とてつもない重圧の中、これを声に出しているはず。それなのにこの…落ち着いた、威風堂々とした語り…。
俺には真似できないだろう。まだ数年ではあっても…、王として、上に立って戦ってきた彼女だからこそなんだろうな。
これならきっと…きっとたくさんの人に想いが届くはずだ。今言っている事は現実で、本当に協力して貰う必要があるんだって事を…。
俺も…最後まで出来る事を詰めないとだな。
……メル、そっちはどう?
――相当厄介じゃ。まだ未来視のシーンに入らぬ。
なら…あと少しだけ、やれる事がある。女王様の演説が一通り終わる前に準備だ。
研究室に舞い戻り、すぐに取り掛かる。
「イエロー、ナンさん。今この城に、有名人や、国民からの信頼を勝ち得ている人は居る?」
時間があるならやっておきたい事…。
それは、女王様以外の人間が、同じ内容を訴える事だ。
今行われている演説は、確かに凄い物だと思う。でも…この世界の人達の多くは、女王様の声を聞いた事が無い。それは間違いなく、マイナス要素になる。
人は誰が言ったかによって、同じ事を言われても受け取る印象が真逆になる事もある。これも俺の居た世界では、割と知られていた事だ。
だから、出来るなら…時間の許す限り、何人でも…。いや、あまり多くても逆に疑念が生まれるだろうから、数人だけ。
問題は、そんな人が今近くに居るかだけど…。
「居るよ」
「本当!? イエロー、その人をすぐにこの部屋に…どこに居る?」
それに間に合っても、理解の早い人でない限りとても頼めない。自信なさげにふわふわとしゃべられたら、今これほどの大役を果たしている女王様の成果を無にしてしまう。
まず誰なのかが重要だ。俺の知っている人なら話が――。
「何言ってるのさ」
「ほんとやねー」
イエローがスッと腕を上げ、指さす先には…。
「翔君がいるじゃない」
「…え」
他の誰でも無い、俺が居た。




