約束の日4
城までの道のりは、相棒…ショウツーが運んでくれた。この状況を分かっているとばかりに、店を出た時にはそこに立っていたんだ。
いい加減、たびたび無理するのは止めて欲しいところなのだけど…。
それでもあの強く大きな瞳で訴えられると、どうにも断れない。それに走るのが生きがいな相棒に、走るなと言うのも忍びない。こんな時くらいはと、頼らせて貰った。
俺と同じ…。敵との戦いとは違っても、それが相棒にとっての戦いなんだ。
通い慣れた一室に到着し、ノックする。そのまま部屋へと入った。
「失礼します! ナンさん…?」
「んおー…」
寝ているみたいだ。
周りには、床で死んだように眠る人達が散らばっている。
ナンさんを筆頭としたこの研究室は、夜型と言う訳でも無く、もはや正しいサイクルが死滅している。いつ起きていて、いつ寝ているかわからない。
ナンさんは石の町に居た頃からそうみたいだけど、付き合っている他の人達は、相変わらず大変だろうな…。
でも、今はそうも言っていられない。もしかしたら寝たばかりかもしれないけど、全員を起こしていこう。
俺は改めて、ナンさん達と向き合う。そして現在の状況について説明していく。
世界が今日にでも終わるかもしれない事。
それまでに、ここ数年の研究成果を実らせる必要がある事…。
「よって、今から完成の瞬間まで、休む暇はありません。それから、これは他言無用でお願いします」
「…さすがのナンさんも困惑だよ」
こんな話を聞いた研究員の中に、冷静な人など居るはずは無かった。
「と、とゆっか他言無用って…せめてナンさんだけに言ってくれたりとか…」
「それでは、間に合う可能性が減りますから」
それに万が一情報が漏れても、どの道半日後には皆知る事だ。城の中から町へ情報が流れるのにも、ある程度時間が掛かる。その頃なら別に構わない。
「…んあーーーとにかく? 完成させるしかない訳だ! 今日中!?」
「いえ、おそらく後6、7時間くらいで」
「お゛ー…」
「終わりだ…」「家族に会いに行っていいかな…」
周りがゾンビのようになっていた。
元々疲れているせいか、取り乱す人はおらず、思考が下向きになっている。
「ええい、いいからやりまっしょ! 通信機の一つや二つ!」
「あ、それなんですけど」
「なにぃ? 時間無いんでしょ?」
「通信機って考えは捨てましょう」
「………」
その場の全員が絶句していた。
「ナンさん」
「…なぁにかな。ナンさんも起き抜けにもう―」
「失礼なのはわかっています。しかし、ここから先何度もナンさんに伺いを立てていては、間に合いません」
「…んぅ?」
「今日だけ、俺の指揮下に入ってください」
ナンさんは、複雑そうな表情を浮かべていた。
そりゃあそうだ。時々顔を出しているだけの外部の人間が、その筋の第一人者に言う事じゃない。
しかしナンさんは、やがて表情を和らげた。
「なるほど…。むしろようやく…かね」
「…お願いできますか」
「よかろう」
「ありがとうございます」
ナンさんに、本当に良いのかと研究員が詰め寄る。
しかしそんな面々を、ナンさんは統率してくれていた。
その間に、俺は脳内で表示し続けていた状況を、手早く壁に書き出す。
「皆さん、時間は限られていますから、始めていきます」
「……」
納得のいかない人も居るだろう。しかしそれでも、ナンさんを信じて、間接的にでも協力して貰えれば、それでいい。少なくとも、ナンさんは頷いてくれたんだから。
「まず、根本を切り替えてください」
もうカイン達は…、アンシアやローナは戦っているのだろうか。
まだ事が起きる前だろうか。
こちらは…戦いの始まりだ。
思考のほぼすべてを、深く…深く……。
―――――。
普段は意識してはいなかったけど…それで無意識のうちに見逃しがあったんだ。しっかり自ら意識していく。
考えて答えを導き出すのに必要なのは、あらゆる可能性を受け入れ、その上で選んでいく事だ。
今の目的は? それは通信機を造る事じゃない。
任意のタイミングで、カインへの力の譲渡を実現する事。方法はなんでもいい。
声が届くのでもいい。思念が届くのでもいい。カインの居る現場の映像が届いても伝わる。
ただの合図ではもう間に合わない。それがどういう意味か打ち合わせの時間が無い。
使えると決まったものは?
メルが見える範囲を、俺は教えて貰える。
他の人へのテレパシーは出来ない。
これまで通信機を作成する為に研究し続けてきた魔術回路。
その中で使える術式。今は不要な術式。
音の変換は魔力と相性が悪い。なら音そのものはどうだ。
ただ音を保護するのは過去に試した。その方法は? 魔力の維持とは違う。まだ試せる方法はある。
あらゆる可能性を捨てない。
選び取る。
どこかの段階で、選ばなかった技術が、選択肢が、有用になる可能性がある。
使えるかわからない要素も捨てない。それは使える可能性があると言う事。
100%じゃないからと捨ててしまったら、せっかくそれが使えると決まっても、その可能性が消えてしまっている。
何でも試せばいいと言う訳じゃ無い。時間は限られている。
脳内で試せ。
どこが足りない? どの段階でその方法では不可能となる?
ここ数年で覚えた魔術の知識を総動員しろ。
紐付けされた知識をほどけ。小さな範囲で考え、使えるものを探せ。
人手も時間も有限だ。
意見を取り入れろ。皆気が付いた事があったら、どんどん言ってくれ。
自分だけで思い込みが払拭出来るとも、全ての可能性を洗い出せているとも思っていない。
でも同時に、自分がこの場で一番深みに居る事も否定しない。
俺は間違いなく、人と違う。それを認めろ。
それは悲しむ事でも、自分を否定する要素でも無い。苦しむ必要は無い。
これは実際に魔力を使って試してほしい。
この線は一度保留。発信源が変わらないと実用できない。
周りの皆の力を頼れ。ここにいる全員、魔術の知識に長けた頼れる相手だ。
遠慮はいらない。
ここには……俺の全力をぶつけて、嫌な顔をする人は居ない…!
間違えるな。
自分の持つ力を。
俺に出来るのは、勇者みたいに無から不思議な力を生み出すような…そんな特別な事じゃないぞ。
誰でも出来る事だ。
でもこの速度で、一人で出来る人間はほとんど居ない。そういう力だ。
出来る事を全力でぶつけ合う。
書物では何度となく見かけた事がある。それをずっと…理解できずに生きてた。
この世界の人達に…マリーに長い時間をかけて教えて貰った。
本当の意味で、人と協力するって事を。頼るって事を。
ずいぶんと遠回りした、簡単な事を…。
絶対…この世界を救う―――。
ここまで思考がクリアなのは…人生で始めてだ。
今までどれだけ、不安を抱えたまま生きていたんだろうか。
それが好きな人からの言葉だけで、こうまで安心できるなんて…。
…頭の片隅で他事を考えるのも、今はほどほどにしないといけない。
「上木様!?」
修羅場と化した雑多な研究室に、見た目が合わないドレス姿が飛び込んできた。
「女王様…? なぜ…でもちょうど良かったです。確認したい事があります」
「いやいや翔くぅん…? あんたがうちの研究員使って呼んだんでしょう」
「そ、それよりどういう事ですか!? 私は今の今まで何もっ」
外まで出るのは時間が惜しい。
俺は女王様の耳元へ顔を近づける。
「な、なんですかっ」
距離を取ろうとされるが、そのままさらに近づき聞いた。
「女王様は、イエロー…リアのような、声に関する魔術を使えますか?」
「っ!? な、なんでそれをっ」
「使えますか?」
この驚き方…。やはり何か秘密がありそうだ。
この世界で魔術を学んで来て、それでもあれに近いものすら解明されていないみたいだった。イエロー自身も、ほとんど使っているところを見た事が無い。使う機会もそうそう無いからだろうけど…。
それはともかく、今の立場を考えれば、この質問を周りには聞かれない方が良いと考えての気遣いだ。この世界は、この先もずっと続くんだからな。
女王様は少し戸惑った後、俺に耳打ちで返す。
「…使えません。あれは姉の…特別なものなんです」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます」
「え…」
「イエローが城に来たら、すぐここへ来るよう伝えて下さい。よろしくお願いいたします」
こうなると、イエローが間に合ってほしいところだ。
他の線も進めているとはいえ、やはり試したい。
「あ、あの……」
「何と言うか…勇気あるよほんと」
「ナンさん、今度はこの術式お願いします」
「…あいー」
一つ…たった一つ、目的を達成できる何かに届けばいい…!
俺は再び、思考の海に戻った。




