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棚卸6

 俺達は、暗い夜の店内を歩く。

 マリーが気にしていたのは、“プラス”の潰しだった。

「まあすぐ潰せて良かったよ」

「よくありませんっ。時間内に潰せなかったんですよ?」

 棚卸におけるプラス…。言い方は企業によって違うかもしれない。

 要するにこれは、商品の数が、帳簿よりも上にずれる事を指す。

 例えば10個しかないはずの商品が、数えたら11あった…みたいな状態だ。

 これは棚卸において、店の商品…つまりは資産、お金が無くなるよりも重大な問題として扱われる。

 なぜなら、()()()()()からだ。

 マイナスであれば、全く良く無いとはいえ、そうなる可能性はある。盗まれたり、色々と…。

 しかし、増えるのはおかしい。

 商品が増殖したり、無から現れたりするはずが無い。

 すなわち…棚卸のミスである事が、確定しているズレなんだ。

 絶対に間違っていると判明しているものを、そのまま放置する事は許されない。棚卸後、マイナスのずれと同様か、それ以上に念入りな調査をする項目だ。

 そして棚卸の不備と言うのは、実施日から日が経つほど判明しにくくなる。

 翌日からも商品は入荷し、売れていくからだ。どんどん数が変わってしまう。

 だから確かに、迅速に、出来れば当日中にプラスくらいは潰すって意識は正しい。俺がそう教えた事でもあるんだけど…。

「今回の棚卸はそんなに悪くなかったし、明日でも良かったのに」

「いいえ!」

 マリーはそう言い切り、小さなため息をついた。

「私もまだまだ甘いですね。色々と………」

「………」

 仕事への真剣な姿勢、悩み…。

 少々浮ついた気持ちで付いて来てしまった俺は、自分を戒める必要がありそうだ。

 それで仕事に対して甘くなってるつもりは無いけど…。

 今が就業時間外で、本来こうしているべきじゃないって言うのも、間違いなく事実だ。

 これが元の世界だったら、むしろこうして夜中に作業している事が不正の可能性を上げているだとか、とにかく大目玉をくらってしまう。本人がやりたくてやっていても、外部に漏れたら労働環境の問題にされる可能性もあったりしたしな。

 この世界では、そういうところはまだまだ緩い。

 だからマリーがこうして望む分には、やって貰っても良いんだけど…。あまり落ち込む必要も無い。

 どう励ましたものかと考えていると――。

「まあ、明日あの子達はお説教ですけどね」

 マリーはスッと切り替え、そんな事を言って笑った。

「…ほどほどにね」

 励ましの必要は…無さそうかな。

「お兄さんは甘すぎるんですよ」

 確かに今潰してきた不備の中には、棚卸のミスを無くす基本として、事前に指導してあった内容も含まれていた。

 例えば、二重底の箱の中身のカウント。

 仕入れる際に箱詰めしている商品は、売場に入りきらない分、箱のまま裏で保管したりする。もしくは、その箱のまま売場に置くなんてこともあるな。

 それを数える時は、注意が必要だ。簡単に言えば、ちゃんと目で見て数える事が重要になる。

 下段と上段に、バラバラと商品が入っている箱はいいんだ。

 でも二重底の商品の中には、きれいに4×2段だったり、決まった配置で入っている商品がある。それを数える時、見えない下の段に、つい商品が詰まっていると思い込んでしまう。そうとは限らないし、下段だけ入っていない状況は、実際いくらでも存在するのにだ。

 だから棚卸時の鉄則として、必ず目視確認と言う項目があるんだけど…誰かやってしまうんだよな。

 ちなみに今回の犯人の一人に、リィンが含まれていたりする。

 頭の回転が速く、手慣れている人程、実際こういう事はやらかしたりするものだ。久しぶりの大きなミスだな。

 そして俺達は、ゆっくりそんな話をしながら、寮へと戻る為、店の出口までやってきた。

「…む、うん?」

「マリー?」

 マリーがガタガタと扉を揺らす。しかしなぜか、その扉が動く様子は無い。

「あ、開かないんですけど…」

「え…?」

 そんな馬鹿な話は無い。

 ここが内側、しかも最後に施錠する裏口なんだから、開けられない道理は無かった。

 何か特別な要因でもなければ――。

 ここまで考え、ピンときた。今日一日の事を思いだす。

 まさかと思い、移動しながら近くの窓を確認していくと………目が、合った。

 暗いが間違いない…リィンだ。しかも親指を立て、グっとサインのようなジェスチャーをしている。

 意図的に…閉じ込められた?

 そして、気付いた時には遅かった。

 いつの間にか、マリーが俺の後方から、同じ窓を見つめている。

「リィンさんっ!?」

「やばっ」

「あ、ちょっと待ったー…あー…」

 止める間もなく、窓からリィンの足音が遠ざかって行く。

 ここで逃げられてしまったら、本当に閉じ込められたままになってしまう。

 マリーがリィンを呼び続けているが…おそらくその声は、既に届かないだろう。

「なんなんですかもう~~~。今日は朝から色々と…!」

 本当、朝から色々仕掛けて来てたなあ。

「本当にもう…本当に………ふふっ、もう」

 そう…なんだか笑ってしまうくらいに。

 俺とマリーは、夜の店内で、二人してしばらく笑ってしまった。

 今日あった出来事を思い出しながら…。

 そして、またゆっくりと歩き始める。

「こうしていても仕方がないし、別の出口を探してみよう」

「そうですね」

 一つ一つ、窓を確かめていく。

 予想外な事に、他の各窓や出入り口までもが、様々な方法で塞がれていた。

 これは…単独犯じゃないなやっぱり。

「もう…ここもですか」

 さっき笑い合ってからも時間が経ち、静かで、しんみりとした雰囲気に戻りつつある。

 そんな中、マリーが再び口を開いた。

「ねえ………お兄さん」

「ん…何?」

 どこか、声のトーンが変わったのを感じた。

「……無理しなくて…良いんですよ?」

 それは…優しい声だった。

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