棚卸5
午後の作業は、ほぼ順調に進める事が出来た。
時折マリーに助言をしたり、他の従業員のフォローはしていたが、このくらいは充分想定内。俺へのアプローチも、午後の作業中は特に無し。ここでも何かされていたら、注意するしかなかった。そこは弁えてくれていたみたいで一安心だ。
棚卸は準備が大事。
商品か備品かわからない。帳簿がそもそもおかしくなっている。商品を整理しながらじゃないと数えられない程汚い。
こういう時間を取られる作業を、事前に正しく処理しておく。それが出来れば、棚卸当日は、ただ商品を数えるだけの単純な作業だ。
何の問題も無く棚卸当日が終わるのは、そこの従業員達が優秀な証拠。
こうなると、端から見れば簡単で、適当で良いようにも見えてしまう。アルバイトさん達はそれでいいけど、ゆくゆくは店長になるかもしれない新人達がそう感じてしまうのは、それはそれで問題だったりもする。
だから店長は、本当に細かく細かく、高い要求をする事も多い。そう甘い考えでは、済まないようにする為だ。実際に難癖とかでは無く、たった“1”のずれも見逃せない作業だからな。
そうなると…各売場のリーダーなんかは、満身創痍になるほど気力を使い果たしたりもする。それは平の担当者も同様で…。
「ああ……」
「今回も…乗り切りましたわ……」
楽できるように自分で考えられないと…こうなる。
目の前には、へたり込んだジャドとクイーナの姿があった。
指示を出す上司だって、自分の仕事がある。その合間に棚卸の不備を指摘していくのだが、部下は一人だけじゃない。指摘が多くなるような部下は、一気に言い過ぎても混乱するからセーブも必要だ。
そしてその部下は、言われた事をやり終えた時、やる事がまだまだ残っているのに、自分で気付く事が出来ない。棚卸前の細かい空いた時間を、効率悪く過ごしてしまう。
またすぐに聞けばいいと思うかもしれないが、上司が捕まらない事だってある。捕まったとしても、そのやり取り自体にだって時間が掛かっている。
自分で気付いて棚卸の準備が出来る人と、どちらが全行程通して、楽なペースを維持できるかは明白だ。
店長や上司は、そうした個人間の差も踏まえて、上手く棚卸成功へ向けて調整していく。ただ自分の分を終わらせれば良かった時とは違うので、上司は上司で大変だ。新人ならなおさらそうなる。
そういう意味では、今日あんな事をする余裕があったリィンは、本当にデキる人材だな。
「なっさけないすねー」
「うう…あなたの指示が容赦なさすぎるんです!」
「何言ってんすか。アタシの半分も仕事出来てない癖に」
「それは言い過ぎではありませんの!?」
「ク、クイーナ。落ち着いて…ほら」
「あう…ちょ、ちょっとそんなやめ………」
「うわー…見せつけ…」
最後の方はどんどん声が小さくなり、聞こえなくなってしまった。
言い合いになりかけた場面で、隣に居たジャドがクイーナを宥め、場を収めてしまった。
ちなみにどうやったかと言うと、さりげないボディタッチから入り、今は頭を撫でている。
俺もマリーやアンシアにした事があるけど、それは子ども扱いしていた頃だからだ。今、仮に付き合っている女性が居たとして…人前でこれを出来る気はしない。最近彼は、日に日に強かで、頼り甲斐ある男に成長している気がする。
ジャド…やるな。
後はこれで、仕事ももう一歩殻を破れるよう、指導してあげたい。一つの事に集中しすぎるところは、まだ仕事の足を引っ張ってしまっている。
並列進行が多いこの仕事は、彼に向いているとは言えないかもしれない。でも本人の希望で、丸猫屋を辞めるつもりは無いらしいからな…。
でもそれだって、気が変わる事はあり得る。理由だって、仮にクイーナと一緒だから…とかだったのなら、結婚した今、二人一緒に職場を変えるなり、色々とやりようはあるだろう。現場でもう少し頑張ってくれたら、目の前に集中できる裏方の仕事に回しても良い。イエローが率いている、本部のような部署だ。そっちも広い視野は必要だけど、現場よりは仕事が明確に別れているからな。
どうなるかはわからない。
でも、こうして幸せそうにしている二人を、出来る限り応援してあげたいと思う。
…そんな事を考えていた。
その二人が、今俺とマリーの横で、次の手を打ってくれてしまっている。
無事撤収に漕ぎ着け、同日の夜。寮の食堂で夕食にありついている訳だけど…。そこで、向かって座る俺とマリーの横に、敢えて座り込む影が二つあった。ジャドとクイーナだ。
その時点で、妙な既視感は感じていた。
そんな二人が、何をしているのかと言うと…。
「あ、あーん…です…ゎ」
「…あーん」
恋人同士で、よくやるあれだ。
二人は新婚さんだし、やるのは自由だと思う。むしろ仲が良くて良い事だ。
でも席が他にもある中、真横に来てする事では無い。意図があって、見せつけに来ているのは明らかだった。
それだけならまだ良いのだが、さらに問題がある。
……とても…恥ずかしそうなんだ。
クイーナはもう見るからに真っ赤だし、さっきはあんな事をしていたジャドだけど、彼もまた頬を染めている。あの時のは、もしかすると天然でやっていたのかもしれないな。
見せつけに来ているとは言っても、絶対自慢などではない。ましてこの席をわざわざ選ぶのだから、周りが見えていない訳でも無い。
こんな様子を見せられては、こっちまで恥ずかしい気分になる。マリーも似たような事を考えているんじゃないだろうか。
この文化はこの世界にもあったのか、もしくは誰かこちら側の人間が広めたのか…などと、今はどうでもいい事を考え、思わず逃避したくなってしまう。
昼間のアルに続いて、これでは罰ゲームのようだ。
この二人は、良い思い出になるかもしれないし、まだいいけど…。
これも俺が不甲斐無いせい…だよなあ…。
そんな何とも言えない空気の中、夕食を終え、マリーが席を立つ。何となく目で追っていると、ドアを出た後、なぜかいつもとは違う方向へ曲がっていく。
俺はそれを見て、急いで後を追い、声を掛けた。
「マリー?」
「ん…お兄さん」
「どこ行くの? こんな時間に…」
マリーが行こうとした方には、彼女の部屋も手洗い場も無い。あるのは外へ出るドアくらいだ。
「あー…。ちょっと今日の作業で、もう少し色々……。と言う訳で、行ってきますね」
…本当に誰に似てしまったのか。そう言いたいけども言えない。今は勤務時間外なのに。
「俺も行くよ」
「え、いいですよ。お兄さんは明日も早いですよね?」
「マリーもでしょ?」
「…」
「…」
「仕方ありませんね」
やがてしばらく見つめ合っていると、俺が引かないと悟ってか、そうマリーが呟いた。
こんな時間にわざわざ店に戻るからには、何か不安な点でもあったのだろう。頼らずにやり遂げようとするのは立派だけど、誰だって完璧にはやれない。
マリーが気になる程の事なのだから、俺が一緒に行って、二人で確認をした方が確実だ。
…。
それに、なんだか……。
マリーと、話をしたい気分だった。




