俺は、この世界で3
よそ者で、この世界の事をよくわかっていないからこそできる。
そういう無茶を、俺はこれからやる。
「こういう作戦で行こうと思うんだけど、どう思う?」
「ど、どうって……」
「翔、さん、おち、ついて?」
「そ、そうですよ! 頭落ち着いてください!」
「マリー、落ち着いて。本当落ち着いて」
「ねえ翔さん、魔物はね、天災みたいなものよ。こういっては何だけど、できるなら、アンシアを連れて、素直に逃げてほしいわ」
「でも、その天災と、日々戦っている人も居るんでしょう?」
「それは! 何らかの力を持っているからです! お兄さんは何の力も持っていないじゃないですか。簡単な魔術すら、まともに使えないのに……」
「ああうん、ここで押し問答していても、埒が明かないからね。問題は、明らかに失敗する作戦の綻びがあるかだよ」
「全部です!」
「ぜんぶ……」
「うん、急増の作戦だけど、その通りに行けば大丈夫そうだね」
「お兄さん……」
「大丈夫だって……とは言えないけど、どの道、その天災がこの村まで来ちゃったら、終わりなんでしょう? だったら、何もしないよりよっぽどマシだよ」
「翔、さん、やっぱり、逃げよう? マリーさんも、一緒……。死んだり……しないで」
アンシアは最初、俺と一緒にここから逃げるつもりだった。
市場の全員を説得して回る時間がない以上、生きるために逃げるのは、理にかなった考えだ。
俺を頼ってくれたことも、嬉しく思う。
でも、違うんだ。
「あー、じゃあ、約束しよう」
俺はアンシアの手を取り、そのまま自分の小指と絡ませる。
「えっ……」
「はい!?」
「あらまあ……」
なんだろうこの反応は……また俺の知らない何かだろうか。
まあ、この際何でもいい。
「俺は死んだりしない。必ずみんなを守ってみせる。約束だ……」
「は、はい……」
俺は絡めた指を離し、頭を撫でた。髪の間から覗く目は、なぜかいつもより見開いていて、驚きの感情を含んでいるように見えた。
「だから、アンシアも頼んだよ。必死に頑張ってくるからさ」
「……」
そろそろいい加減出発しようかと振り返ると、マリーが信じられないものを見たかのように固まっていた。
作戦を成功させるには、マリーにも動いて貰わないといけない。
さすがにこちらも、このまま放ってはおけないか。
「ほら、マリーも」
「……ほえっ!?」
「わ、あ……」
「おやまあ……」
「約束、ね? マリーのためにも、みんなのためにも、必ず成功させてみせるから。だから頼んだよ!」
「……ああもうっ! もう色々訳がわかりません! もういいです。こうなったらお兄さん、絶対に成功してくれなきゃダメですからね!」
「おっけー。さっきまで、このまま死ぬなら仕方ないみたいな様子だったのが、嘘のようだね」
「う、うるさいですよ! 確かに、どの道死んでしまうくらいなら、何かしていた方がマシだって、その通りだって、誰かさんに言われて思い直したんです。ちょっと冷静になれば、このくらい当たり前ですよ」
いつもの調子が戻ったみたいだ。これなら、きっと大丈夫だろう。
「よし、じゃあおばあさん、すみません。ちょっと冒険してきます。おばあさんも、きっと守ってみせますから」
「……仕方ないねえ、頑張っておいで」
「それじゃ、マリー、アンシア、こっちは任せたよ。……作戦開始だ!」
俺は、山道を全力で走っていた。
着慣れない防具を身に着け、片手には剣なんかも握っている。
もちろん、いつもの厨二病でこんなことをしているわけじゃない。村を守る作戦の配置につくためだ。
そもそも一体、どこと戦争していて、あんなにも市場が苦しい状況になっているのか。
その相手は、なんと魔族なのだそうだ。
人間ではない異形の種族で、異世界ならではという相手だ。
戦時であれば、マリーの店を始め儲かる店もありそうなのに、ここまで疲弊しているのも、それを上回る被害があるかららしい。
市場が停滞してしまっているのだ。
そして、今問題となっている魔物の方は、魔族が使役する配下で、動物に近い存在らしい。種類は基本的にほぼ一種類らしく、量産型の雑魚キャラみたいな立ち位置のようだ。
ただ、そうは言っても魔物を雑魚キャラ扱いできるのは、どこぞの主人公や、何らかの強い力を持った人間だけだ。
一方俺は、異世界転移者であるにもかかわらず、戦闘力がゴミのしがない一般人だ。だから俺にとっては、とてつもない強敵であるのは間違いない。
でも、俺は立ち向かう。
だって、考えてみてほしい。
こんな異世界くんだりまで来ておいて、なぜか生きるために、元の世界と同じく商売を頑張って、いざこれからと思ったら、魔物に襲われて死にました。
一体なんなんだって話だ。
それなら、厨二病患者らしく、そういう行動をとってやろうじゃないか。
ほんの数か月とはいえ、必死に立て直そうと尽力したあの村を、何より世話になった大切な人を、魔物の脅威から見事守り抜いてみせよう。
息も切れてきたころ、俺はおおよそ目的の通りと思われる場所へとたどり着き、足を止めた。
今俺が居るのは、特に何もない山の中だ。重要なのは、その位置の方だ。
俺は村で準備を終え、マリー達と別れた後、空に浮かぶ光の方角へ向かって動いた。それは砦町の方向であり、魔物が本当にこちらへ向かっていた場合、そいつがやってくる方角でもある。
背中の方向に村があり、時計の8時くらいの方向にマリーの家があるという配置だ。
俺はここで、魔物を……迎え撃つ。
もちろん、自力で倒せるとか、思い上がっているわけではない。
作戦を考えてきたとはいえ、情報は前回こうだったという過去のものと、この世界で共通の認識となっているという、魔物の特徴だけだ。
できることなら、すべて取り越し苦労で、魔物なんて来ないし、村も何もかも無事で済むのが望ましい。
俺は深呼吸し、努めて冷静さを保ちながら、その時に備えて足を休める。
心の中で何も現れないことを祈りながら、一点を見つめ続ける。
「そう、願っていたんだけどね……」
俺の願いも空しく、そいつは夕日に照らされて現れた。
噂の通り人間の匂いでもわかるのか、俺の方へと真っ直ぐ飛び、高度を下げてきているように見える。
俺の常識では絶対にありえないその姿が、実際に現実となって現れた。
騎竜を見て耐性を付けていなかったら、あまりの非現実感に腰を抜かしていたかもしれない。
「さあ、ここからが本番だあ!」
俺は自分を鼓舞するべく、全力で声を上げ、作戦開始の合図とした。