棚卸2
そんな気合を入れたところに、普段と変わらないテンションの声が掛かる。
「あ、マリーさん」
「なんですか?」
リィンだ。
彼女も今では、売場を一つ任されているリーダー。これでも、やるからにはしっかりやるし、仕事の精度は高い。それは出会った頃からそうだった。だからこそ、すでに昇進している訳だ。いつからだったか、サボる事も無くなったしな。
…文句は今でも言うけど。
「今日なんすけど、うちのエリア人減りまして」
ああ…毎回何人かは、急に休んだりするからな。急用が出来てしまう人も居るし、普段と違う仕事が面倒で、仮病を使う人も居る。本当に体調を崩すことだってあるし、他にも色々だ。
アルバイトの人達の本音って、結構漏れて聞こえてくるんだよな…。
「わかりました。人員の補充は必要ですか?」
「ハイ出来ればー」
「なら…」
「あんまりシフト調整するのもあれすし、手軽にお二人でちゃちゃっとどうすか?」
「………はい?」
あ…マリーが据わったような声になっている。
ここには今三人しか居ないのだから、リィンが指す二人とは俺とマリーの事だ。彼女が言っているのは、商品のカウントを俺達でやらないか、と言う意味になる。
…普通に考えて、無い。
「リィンさん、ふざけないで下さい」
「まあそすよねー」
リィンは悪びれた様子も無く、あっさりと先程の提案を取り下げる。
当然ながら、マリーはカウントには参加しない。
進捗の把握に調整、フォロー、不備の指摘。ミスが許されない作業…。普段以上に、全体を管理する人間が重要になる。時間は半日しかないんだ。マリーがそこから離れる訳は無かった。
…こんな事、リィンだってわかってるはず。
軽い冗談…だったんだろうけど、今日は引き締めてかかる日だし、その事も、彼女はわかっているはずだ。それに、こんな冗談をあえて投げかけてくるのも珍しい気がする。
一体どういう意図があって…。
「んなわけで、店ちょ…翔さんがフリーすよね? アタシとペアで、よろしくっす」
そう言いながら、距離を詰めてくる。記憶にある限りじゃ、過去に例が無い程近い。
「…」
マリーは、すぐには何も言わない…か?
「いや、俺とリィンじゃ管理側同士だし、最悪それでもいいけど」
「…いやいや兄さん。色々置いておきますが、お兄さんはもうそっち側じゃないでしょう?」
「……それもそうか」
やり方は企業によっても違うだろうけど、基本的に商品を数える時は、間違いを防ぐため二人一組で行う。その組み合わせも、何でもいいと言う訳では無い。先入観の防止、仲の良い者同士による緩みの防止…。基本的に、自分の担当区域以外で、かつ普段関わりの薄い人同士でペアを組む。片方は、普段商品管理をしないバイトさんだったりする事が多い。
そういう意味では、俺とリィンはそれなりに関わりも長いし、完全に適してはいないな。
でも、俺は最近この店に居る時間が減っているし、先入観の無い目で参加は出来る。何よりこれでも、一応前店長だしな。気を緩めたりは絶対しない。
「じゃあ、俺は今日リィンのところに居るから、何かあったら呼んで」
「はい、わかりました」
元々フリーの参戦枠だったし、こういうフォローの為に居るからな。
「…」
…?
リィンに目線をやると、彼女はマリーを見ていた。まるで、何かを読み取ろうとするかのように…。
手早く作業を始めるべきなんだけど、何か棚卸とは別の事を考えていそうだ。
…実は、マリーも少し違和感があるんだよな。
今も普通に了承していた風だったけど、意図的に普通にしていた感じと言うか…。
「んじゃ、いきましょか!」
「え…」
「………」
おかしい。これは絶対におかしい。
俺は今、リィンに手を引かれていた。昔に比べれば多少改善されたとはいえ、こんな気軽に身体接触をするような間柄じゃない。
そんな様子を見ているマリーも、特に何も言わないが、だからこそ仕事に戻らず、こっちを見ているのが怖い。
…あ、目が合ったら視線を外された。
そのまま、彼女のやるべき仕事へと向かって行く。
そして気付くと、リィンは俺の手を離していた。
これって…。
一つ、頭に浮かんだ事があった。今までの俺だったら、勘弁して欲しいと思うだけだった事が…。
今のってまさか、マリーに見せつける為…。もっと言えば、嫉妬させる為…なの…か?
そんな馬鹿なと思ってしまう。でも、今隣を歩くリィンの様子は、それはもう飄々としたものだ。シンプルに、彼女が俺に好意を持った…なんて事は、先の可能性よりも考えにくい。
ここ数日、新しく起こった変化の事もある。
メルも戻ってきた。そこでも、恋愛絡みの事を言われている。
ここまで全部、想像通りだとして…。
マリーは…ほんの少しでも、嫉妬してくれたりしたんだろうか。最近は、困った事に俺に似て、そういう事には興味を示さない。
少なくとも、表面上は…。
…鼓動が、少し早くなっているのを感じる。
なんだろう。
ここ数日、こういう少しばかり恥ずかしい事を、真剣に考え続けていたせいだろうか。
そう、考える事が出来ている。
俺は年甲斐も無く、頭の一部で、一人の女性の事を考え続けている。




