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棚卸

 今日も、変わらず夢を見る。

 細かい部分は、日々カインがどんどん詰めていっている。

 あとはやはり、最後の出力…。

 何かを…成し遂げないといけない。

 それは、俺に出来る事かもしれないんだ…。




 新たな試練とは関係なく、日常の業務もやってくる。

「さあ…皆さん覚悟はいいですか?」

「今年も来ちゃったすかー…」

「はいそこ、嫌そうな顔しないで下さい。絶っ対にいいかげんな事はしないで下さいよ」

 マリーの仕切りで、事前の確認が行われていく。

 今日は俺も余所での用事が無いので、参戦する事になっていた。

 これから始めるのは、年に一度の“棚卸(たなおろし)”だ。


 棚卸。

 これもまた、しっかり説明しようとすると、とんでもなく長くなる。商品を扱う丸猫屋のような店にとって、非常に大きな意味を持つ業務だ。

 何をするかと言う一点に絞れば、これは簡単。

 店にある商品を数えて、本来あるべき在庫と差が発生していないか確認をする。これだけだ。

 しかしながら、重要なのは当然、棚卸をする理由の方にある。

 ほとんどの従業員には、そこまで覚えて貰う事は無い。

 元の世界でも、何するかは知っているし、やり方もわかる。作業も速いしベテランだ。そんな人が居ても、その人達の多くは、小難しい理由なんて知らない。

 覚えて貰うのは、ゆくゆくの幹部候補…。この世界では具体的な区分が無いけど、元の世界で言う社員がほとんどだ。いわゆる管理者、店長候補に当たる人達だな。

 さて肝心の理由だけど…。これは、色々ある。

 例えば、単純に資産の確認になる事。

 帳簿上では10ある商品が、数えたら9しかない。

 仮にこんな事があったなら、帳簿を修正しないといけない。そしてこれには、様々な意味が含まれている。

 そもそも、数が合わないのが根本的におかしい。

 誰かに盗まれた。棚の裏などに転がり込んで数え間違えている。会計で個数を間違えて記録した。あまり考えたくない事だが、身内の従業員が持ち出した…なんて事も、現実に発生していた事例だ。

 間違いなく言えるのは、正常では無い何かが起きていると言う事。これは、企業の信用問題にも関わる。

 俺の居た世界では、棚卸の結果が悪いと、ずさんな管理をしている企業としてマークされる事もあった。詳しい事情は控えるが、ズルは出来ないようになっているんだ。

 それに、もっと単純な問題もある。

 商品の数が、“1”合わない。

 こう聞いて、どう感じるだろうか。

 先に挙げたような何らかの事情があったんだろうし、どうしようもないよ。こんな風に考える新人は多い。

 しかし、それは大きな間違いだ。事態はもっと重く、深刻なものとして受け止めないといけない。

 こう考えてみて欲しい。

 ()()が、減っている。

 これが、店にとって商品が減っている事と、全く同じ意味を持つ。

 自分の財布の中身が、開けてみたら減っている。何かあったんだろうし仕方ない。こんな風に、適当に流す人はそう多くないはずだ。

 商品は確かにお金ではないが、今は物だと言うだけで、資産としての価値はお金と同じ。

 棚卸の時、数がずれていると言う事は、店のお金が消えたのと同じ。

 まぎれようも無い大問題なんだ。

 だから、それを理解している管理者…。すなわち店長は、棚卸に全身全霊をかけて挑む。

 会社に任されている支店。その資産を、どれだけ問題無く管理できていたか。どれだけ、自分の店のお金が消え失せていないのか…。

 棚卸は、ミス無く実施するのが一番大切。

 普段優しくても、この日だけは鬼になる人も多い。意味を理解していない従業員達にも、真剣に取り組んで貰う必要があるので、空気の締め付けの意味もある。

 そしてここまで話した内容は、これでもまだ、棚卸の持つ意味としてはほんの一部に過ぎない。

 店にとって棚卸は、本当に、本当ーに重要な事なんだ。


 そんな棚卸だが、じゃあ具体的にどうやるってところも、企業によって様々。

 一日掛けて、もしくは半日で。

 日中か、夜間か。営業しながらか、その日は店を休んでか。

 元の世界じゃ、棚卸専門業者に依頼するなんて手もあった。まあこの世界に、そんなものがあるはずも無い。

 丸猫屋城下町店では様々な条件を踏まえ、午後には店を閉め、そこから日暮れまでに棚卸を完遂する予定になっている。

 この世界じゃ夜間に働く習慣は無いし、営業しながらはもちろん難しい。なんせ規模が規模だ。

 そしてそれは、店を閉めたとしても変わらない訳で…。

「午後から出勤の方々には、各リーダーが必ず時間を取って事前説明を行う事。やり直しが一番時間を無駄にします。以前説明した、ではなく、今日も必ず実施をお願いします」

 マリーの説明も、次第に硬く、熱の入ったものになっていく。

 今はまだ朝礼中だが、棚卸が午後からだからと言って、それから準備していたんじゃ、間違いなく日暮れまでに終わらない。

 数える時に使う道具の準備なんかは前日までに出来るし、裏にある在庫を数えるのは午前中に始める。

 午後からの実作業を円滑に行う為に、普段よりもさらに商品整理を徹底し、商品を数えやすくしておくのも大事だ。

「リーダーはこの後、本日出勤で確定になったメンバーを確認、ペアを決定して報告してください。以上、一度解散します!」

 普段に比べ、重く、長い朝礼が終わった。

 忙しい一日の始まりだ。

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