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205/218

時は進んで4

 翌朝の丸猫屋、従業員寮――。

「話には聞いてたけど、これが…」

「いかにもっ」

「ちょっ…そんな言い方失礼では…」

「いやでも気にしてないっぽいし」

 そこには、真ん丸な身体で精一杯踏ん反り返っているメル。そしてそれを驚きの表情で取り囲む、丸猫屋メンバーの姿があった。動いているメルを初めて見るメンバーも多いので、興味津々といった感じだ。

 知っている面々は少し離れて、その様子を見ているのだが…。

 そんな中俺は、輪の外でメル達を見守るマリーの事を見ていた。


 昨夜、あの後俺とメルは、ある話をしていた。

「まあ堅い事は言いっこなしじゃ」 

「でも、何年も戻らなかったのに…」

「お主も察しはついていたようだが、こっちはこっちで手が離せなくてな」

 神様達も、裏でかなりの事をやっているに違いない。俺は確かに、そういう事情でメルが戻ってこない可能性は考えていた。

「そ・れ・で、そんな事より」

「は、はい」

 なぜだろうか。メルは久しぶりに会ったと言うのに、少し怒っているような気配だった。

「手が離せん傍ら、我はお主らの事はそれなりに見ておった訳だが…さすがに限界じゃ」

 俺には、メルの言葉が指すものがわからなかった。

 何か大きな失敗でもしていて、この世界の命運にも関わると言うなら、もっと早くにアクションを起こしているはず。でもそうでは無い。

 それに、未来の夢の内容も、少しずつとはいえ良くなっているのは間違いないはず。それが根本的に間違っていて…。いや、さっき否定した通り、それならずっと眺めて我慢しているのはおかしい。

「このままでは…あやつの娘も浮かばれん」

 小さな呟きだったけど、聞き間違いじゃないなら、あやつの娘って言ったのか? 誰の事を指している?

 可能性が高いのは…やっぱり村出身の誰か。

 マリー…の事なのか? “あやつ”が指しているのは、マリーの母親?

「翔。お主…まだ傷は癒えぬのか?」

 頭の中で考えていた事が、打ち切られた。

「それは…」

 何の事…とは続けられなかった。

 最近ずっと考えていた…その事を言われているんだと思った。

 …でも待て。だとするとメルはそんな理由で…?

「翔よ。このままでは、あまりに不憫だと思わんか?」

「良くないとは思う…ね」

「そうだろう」

 やっぱり、話が噛み合っている気がする。本当に想像している通りなのか?

「翔、今日はめでたい式だったな」

 メルは言葉を続けていく。

「そろそろ、お主も解放され、同じようになっても良いと思うのだが?」

「つまり…」

「まあ、その為に来たと言う訳じゃ。まだ忙しい中、時間を作って来てやったんじゃぞ。ありがたく思え」

「で、でも…ほら、今はそれよりも優先すべき事が」

「………」

「………」

「翔よ」

「…何でしょうか」

「これは、世界の為に必要な事なんじゃ」

 ――!?

 どういう事だと思った。

 俺が考えていた事はまるで見当違いで、メルはもっと真面目な話をしていたのではないか。だとしたら、どこから勘違いしていたのか。

 そちらの線を検討し始めていた。

「お主が、他人の幸せを願える者なのはわかっておる」

 でも、メルが話す言葉は…。

「いい加減、お主も幸せになってみせろ。それがこの世界にとってもプラスになると言う事じゃ」

「…」

 俺の想像を、肯定するものだった。


 昨夜はもう遅いと言う事で、話はそこそこで終わった。

 今朝起きた時には、特に何も言われなかったけど…。

「真ん丸…投げやすそうすね」

「ふざけるな!」

「な、投げないで…下さいね…」

 やんわりと仲裁に入るアンシア。

 メルは普通に出歩いて、こうして皆と打ち解けている。

 すでにリィンなんかは、冗談を投げかけているほどだ。

 …冗談だよな?

 彼女はここ数年でどっぷりスポーツにハマって、休みの日は大抵それだ。仕事もサボらなくなって、良い事なんだけど…。遠慮の無い性格も、物理的な行使に至るまでが早いのも変わっていない。

 メルが、マリーとアンシアの出身地で祀られていた神様だと言う事は伝えてある。今までも、丸猫屋の看板のシンボルでもあるし、由来と共に話はしていた。

 だから周りで見ているメンバーも、人によっては気が気でない様子だ。

「ふん! …お前! 今日は休みだったな。少し付き合うのだ」

「え、なんで知って…と言うか嫌すけど」

「この…良いから耳を貸せ」

 ここでメルが、ちらりとこちらを見た気がした。

 しばらくの後、メルがリィンからぴょんと離れる。

「仕方ない…アタシの部屋いきますか」

「「えっ」」

 俺とマリーの声がシンクロした。

 どんな話をすれば、リィンが自分の予定より、メルの呼び出しを優先するのか。本当に意外な事が起きている。

「ちょっと、いいんすか? そろそろ店、準備しなくて」

「そ、そうですね…」

 気にはなるが、それで店の開店を遅らせる訳にはいかない。マリーは寮を出る支度をし始めた。

 一方俺は、身体だけは同じく準備に入りつつ、迷っていた。

 今朝から、マリーを目で追ってしまう。昨日メルと話した事が、どうしても気に掛かる。

 あんな事を言われたくらいでこうなるなんて、俺に元々そういう気があるのはもう明らかだ。

 …むしろ、今までだって、この気持ちに気付いてはいた。

 ただ………どうしても怖かっただけ…。

 ―――うっぜえ…もうくんなよお前。

 俺が一緒に居て、本当に…。

 でも、これが世界の為になると言うなら、つまりは試練のようなもの。

 俺が逃げ続けていたせいで、わざわざこんな風に突きつけられたのかもしれない。ここで俺が勇気を出せるかで、未来に影響が出るのかもしれない。

 正直、半信半疑だけど…。

 神様だって、嘘をつかない訳じゃ無い。以前本人が言っていた通り、神様に生まれただけで、メルはメル個人の考えがある。

 しかし期限も迫り、藁をもすがる思いなのは事実…。

 乗せられてるだけな気もする…。でも少し…、考えて…みようか……。


 この世界に来てもう十年近く…。ずっと世界の事を見て、考えて行動してきた。

 でも今考えているのは、間違いなく自分の事でもある。

 俺はここへ来てやっと…、自分の中の変化を感じていた。

 この期に及んでも、いい歳したおじさんが…なんて思ってしまう。

 そういうアプローチ…。自分がそんな事を出来るようになるとは思わなかった。そもそも、まだ実際に出来るかどうかもわからない。

 情けない話だが、この手の事を避け続けてきた俺にとって…。他のどんな難しい仕事より、難易度の高い試練だった。

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