時は進んで3
王城に取って返し、魔族の入国許可を手配して、その帰り…。
今日なんかもそうだが、俺が直接丸猫屋の指揮を執る時間は減っていた。
これでも一応組織の顔だから、各関係者と会う必要があるし、この世界の行く末を知る1人として、優先すべき事もある。
丸猫屋は、またマリーが支えてくれている。
さっきカインと会った店を含め、様々な店が増えた。店同士の販売競争も激しくなっている。
つまり、店の運営指揮だって大変になっているって事。
それでも、全く問題は無い。マリーはより一層、頼れる存在へと成長した。もうどんなトラブルだって、彼女なりに判断し、指示を出して収めてみせるだろう。
マニュアル通りに行動する…そのさらに上の段階。それがマニュアル外への対応となる。そこを任せられる人材が育つと言うのは、企業として非常に喜ばしい事だ。
マリーがそんな人間に成長したのは、もちろん俺個人としても、本当に嬉しく思っている。
「ただいまー」
「ああ、おかえりなさいお兄さん。遅かったですね」
俺は裏口から、店へと戻ってきた。
「ごめん。いくつか用事が増えたりしたから」
「またひと騒ぎあったらしいですけど、怪我とかしていませんかー?」
騒ぎ…ああ、あの泥棒を捕まえた件か。すぐに噂が広がるな。
「大丈夫。これでも鍛えてるんだから」
「じゃあ行きましょうか」
「うん」
本日はもう店じまい。施錠も完了済みみたいだ。
それなら、急いで移動しないとな。
先の明るくない話が多い日だったけど…。実は今日、これからひとつ…おめでたい事が待っている。
俺とマリーは店を後にし、寮の食堂へとやって来た。
「あ、待ってたすよ! お二人とも!」
「ええ…。主役が準備出来たら、始めておいて下さいって言ったじゃないですか」
「こいつとかならともかく、お二人を待たずに始めれる訳無いじゃないすか」
「人を指さすな…。君は本当にいつまで経っても…」
最初に声を掛けて来たのはリィン、そして隣に居るのはアルだ。
後から参加する予定だったのだけど、どうやらせっかくの会が、俺達待ちになっていたらしい。急いで正解だった。
「翔…さん。どうぞ」
「ありがとう」
「マリーさんも…」
「ありがとうございます」
アンシアが飲み物を運んで来てくれた。その間に、他の皆の手にもグラスが握られている。
「じゃあまあ…アタシらに変な口上とか不要でしょ! 二人の結婚を祝してー…乾っ杯!!」
「「「かんぱーい!」」」
「おめでとうございまーす! クイーナさんジャドさーん!」
「ジャドしっかりねー」
「クイーナ先輩かわいー」
なんてラフな始まりだろうか。でもまあこれも…俺達らしいのかな。
そう、今日は…ジャドとクイーナ、二人の結婚を祝う食事会だ。
この世界は役所で管理して籍を入れるとか、そういうのは無い。こうやって、内々でお祝いするのが一般的だ。それにしたって、ここまで適当なのも珍しいだろうけどな。
「これガイルさんからのお祝いだってー!」
「でもジャドさんお酒弱いしなあ」
「た、多少は飲めますからっ」
「クイーナさーん! もう昔みたいに、ジャドさんいじめちゃ駄目ですよー」
「そ、そんな事してないですわ!?」
いつもそこそこに騒がしい寮だけど、今日はそれとは比べものにならない程盛り上がっている。予め近所の人に、今日は騒がしくするかもと回っておいて良かった。
今ではすっかり馴染んだリィンが、やりたい放題…主役の二人をからかいに行っている。
アルはより丸くなったと言うのか、昔は止めていただろうそんな状態のリィンを、ただ黙って見守っている。今日この場では、それも良しって判断なんだろう。
今ではかつての新人同期メンバーも、立派な先輩…。彼らの後輩に当たる従業員達も、揃って笑顔で祝福している。
本当、時の流れは早いものだと言うべきか…。
それにしても、出会って数年でこうして結婚とはなあ。…いや、これくらい普通なんだろうな。
俺は隣に座るマリーを、ちらと盗み見る。
マリーは感極まってか、少し涙ぐんでいた。
「マリー…大丈夫?」
「え…あ…も、もちろんです。ちょっと…こう…ね?」
「うん、良かったよね」
「はい…」
気持ちはわかる。そう…子供が結婚するのに似た感覚とでもいうのだろうか。
………俺もマリーも、子供なんて居ないけどな。
でもだからこそ、年下の後輩達はそれに近い存在に感じるし、こうして幸せそうな姿を見れば、感動もしてしまうと言うものだ。
それに引き替え……。
「む、なんですお兄さん。何か含むところがありそうですね」
「いや、マリーもさ…」
「はあ…お兄さんもしつこいですねえ…」
どうしてこうなってしまったのか。
マリーもアンシアも…俺の近くの皆は、未だにそういう話が無い。
「言ったじゃないですか。お兄さん同様、別に私はこのままで良いんですよ」
それどころか、マリーなんかはこんな事を言って、まるでその気すら無い始末だ。
ローナやイエローも含めて、こんな俺なんかを憎からず思ってくれていた…。もしくは、今も思ってくれているかもしれない事はわかってる。
でもちゃんと断ったり、その気が無い事は態度や行動で示してきた。
皆揃って可愛かったり美人だったり、綺麗だったり…。そういう気持ちを抱いた男も周りに居るはずなのに、こんな状態だ。
誰に似てしまったのか…と言いたいけど、今マリーが言った通り、俺の影響があるのは想像に難くない。何とかしないといけないよなあ…。
もちろん、気の合う友人でも居れば、ずっと独り身だって駄目とは思わない。でも検討する気すら無いって言うのは、どうにももったいない気がする。
だって今日主役の二人だって、あんなに幸せそうに見えるんだから。
なら、どうするべきか…。手を打つにも、色々あるよな。
俺……も………。
最近はこういう事を考えると、なぜだか心臓の鼓動が速まる。
ずっと前に自分で除外した可能性…そんな未来を夢見てしまう。時間が経てば、経つほどに…。
―――お前と居ると…むかつくんだよ…!
………今は、どうなのだろう。
「お兄さん?」
「え…ああ、何?」
「また相槌打つふりして考え事してましたね? 私達も、直接お祝いしに行きましょう」
「そうだね。行こう」
とにかく、今はジャドとクイーナ…二人の門出を祝う事にしよう。
だってここは、こんなに居心地が良い。皆の温かい気持ちで溢れているんだから…。
宴はこの世界では珍しく、真夜中まで続いた。お酒も入っていたし、それはもう滅茶苦茶だ。結婚の祝いの席のはずなのに、完全に飲み会だったな。
それもいい加減お開きになり…食堂には、本日の主役を含む同期組が残っていた。他にアンシアと、遅れて参加したイエロー、ローナも一応一緒に居る。寝てるように見えるけど…多分話を聞いてはいるんだろうな。
…なんだろうか。久しぶりに妙な予感がする。
変な事が起きないといいけど…。
その後何事も無く解散し、俺も含め、皆が寝静まった夜…。俺は、窓に何かがぶつかる音に気付き、目を覚ました。
なんだ…?
今もそれは続いているが、なんとも妙な音だ。いたずらで、石ころでも投げられているならまだわかる。でもこれは、そんな硬い物がぶつかる音じゃない。もっと柔らかい…。近所の子供が、布製ボールで壁当てでもしてるんだろうか。
でもこんな高さに投げている理由がわからないし、こんな時間に…?
念のため警戒しながら窓に近づくと…そこには確かに何かの影があった。
丸い。大きさも、想像したボールと同じくらいに見える。でも…おかしい。ボールはあんな風に、独りでに何度も窓にぶつかってきたりしない。
さらに近づいてみると、ある事に気付いた。このボール状の何かは、真ん丸では無い。三角形が2つくっついている。
俺には、思い当たるものが1つあった。でもそれは、そこには無いはずのもので…。
まさか…?
警戒は解かず、けれど俺は窓へと駆け寄った。そしてその窓を開くとそこには。
「ようやっと気づきおったか」
「………久しぶりですね」
「それ程でも無かろう」
そこにあったのは、ずっと動かないままだったぬいぐるみ。
それを憑代にした…メル様が居た。




