時は進んで
――夢。
2つの人型の影が、それぞれ閃光と漆黒を纏いながら敵とぶつかっている。
カインと、俺が知らない1人の魔族の姿。
こうして見ていると、やはり相対する“何か”が、闇とは違うとわかる。
見た目こそ暗く、黒い塊だが、その実はもっと…底冷えするような喪失に近いものを発している。
魔族の人が現れた事で、よりそれが明白になった。同じ暗い色をしていても、存在している力は全くの別物だ。
そしてその戦いが、今日も終わる。
世界の終わりを示して………。
俺は、王城内のとある一室に足を運んでいた。
「あと一歩なんだけどなあ~~~! ああーーー……」
「なかなか、難しいですね…」
ここは、魔術研究室。
俺はここで、ナンさんと意見を交わしていた。例の魔術道具についてだ。
この世界には、未だに通信機の類が生まれていなかった。
研究開発を依頼してから、もう軽く5年以上が経っている。それだけに掛かりきりだった訳では無いとはいえ、ここまで掛かるのは予想外だった。
「絶対出来ると思うんだけどねーなーんあーー…」
「すみません。俺が、もっと元の世界で知識を蓄えていれば…」
「いやいや充分でしょー…。波長とか振動変換とか、研究者でも無かったらしいのに、よく覚えてる方よー…」
それでも、こうなってくると後悔もしてしまうと言うものだ。
俺はこの世界に、元の世界の知識を色々と落とし込んできた。でも、別に博識って訳じゃ無い。
自分が生きて来た中で、必要だった事を覚えていたってだけだ。
仕事のマニュアルもそうだし、商品関連についてもそう。
通信機の仕組みなんて、さすがにわからない。音が空気の振動で、波長で表す事が出来て…そんな義務教育で習った程度の知識があるだけだ。
ナンさんに依頼した当初は、そういう取っ掛かりさえ伝えれば、そう時間もかからないうちに、通信機器が出来上がると踏んでいた。でも甘かった。
そもそものエネルギー源が、魔力と電気で違うと言うのもある。電子回路と魔術構築による処理だって、もちろん別物だ。
魔術を無視して電子回路を作るなんて手も、知識が足りないから使えない。
「俺が自分で試せれば…」
「やー無い物ねだりしてもしょーがないよー…」
ならば逆にと、俺が魔術の知識を身に付ければとも思った。
しかしそれも、魔術の使えない俺にとっては机上の空論。研究開発するんじゃ無ければ、この身に付けた知識をそのまま活かす事も出来る。しかし必要なのは、その作り出す部分だ。
思いついた方式をナンさんに試して貰ったりもしているが、効率は良くない。
「まーもう少しやってみるよ。どうにも魔力ってのは、情報の保存とかが難しいんだよなー…」
「俺も、またアイデアを思いついたら足を運びます」
「んあー。そっちも大変だろし、無理すんなよー。いつの間にか、このナンさんと話せるレベルの知識まで付けて、充分やってるんだーから」
「いえ、これくらいは」
「んー…、謙遜じゃないんだよなー…」
「本当の事ですから」
「ま、いいやー。んじゃねー」
「はい、また…」
俺は軽く会釈し、研究室を後にした。
裏口から城を出て、その後は町で待ち合わせだ。
俺はゆっくりとした足取りで、町を歩く。
初めてアンシアとこの町に来た時に比べると、なんと賑やかで、雑多になった事だろうか。
町にはここ数年で様々な娯楽が生まれ、より一層活気に溢れている。
土地には困っていない国だ。数年前の丸猫屋ドッヂボール大会以降、流行ったスポーツなんかの為に、各競技のコートなんかも出来た。町のはずれに行けば、そこだけ元居た世界に戻ったかのような光景を見る事が出来る。
もっとも、ルールはすでに、元の世界の原型を留めていないものも多い。身体能力が違うのだから、相応にルールも変わってくる。道具の進歩なんかでも調整は入るし、スポーツって言うのはそういうものだ。
「おっ、ショウさん!」
「こんにちは」
「今日も市場調査かい? いつも抜かりないね」
「そんなところです」
あれだけ色々と発信していたのだから、当然と言えば当然。
俺はこの町…いや。この国で結構な有名人になってしまった。
国を回す商業の第一線を張っているともなれば、それも仕方がない事だ。
業界に対して発言力がある…。
昔より、情報の発信はしやすくなったし、信じて貰えるようにはなった。しかしそれは、以前にも増して注意が必要と言う事だ。下手な事を言えば、それが簡単に信用され、広まってしまう。
いつになっても、気は抜けないな。
―――どけえええええ!!
そんな事を考えていた時、遠方から切羽詰まった声が聞こえて来た。
「泥棒! 誰かそいつひっ捕まえておくれ!!」
意識をそちらに向けている間に、続いてそんなセリフが聞こえて来る。
貧富の差。これもまた、どうしても生まれてしまうものなんだな…。
この世界の環境は大きく変わったけど、それでも全てが上手くはいかない。
「あいつ運が悪いな。ね、ショウさん」
「い、いえ俺はそんな…」
有名になると、色々な情報も知られるものだ。
その中には、俺がどのくらいやれるかと言う情報も含まれている。
何度か同じ様な事があった時、目撃されてしまったんだ。
「このっ!」
泥棒と思わしき若い男が、強行突破を図ってくる。
そこそこに筋力もあり、身体強化も得意なんだろう。結構な速さだ。こんな白昼堂々…裏道へ逃げ込むでもなく強行突破。自信もあるんだろうな。
これだけ動ければ、騎士隊でやっていく事も出来るだろうに…。
俺はそんな男の前から、身を引いた。立ちふさがるのではなく、避けて一度男の意識から外れる。
でも、そのまま逃がす気も無い。
一瞬だけ力を借り、男の速さを超える速さをもって、上半身を後ろから刈る―――!
全力で走っている時に背を押されれば、人は当然バランスを崩す。後はその場で軸足を元に回転しながら、地面に押さえつけるだけだ。
「ぐう゛!?」
「お見事!」
周りも、ちょっとした騒ぎになってしまった。
「はは…あ、すみません奥さん。後お願いできますか?」
「ん? なんか用事かい? いいよ。頑張ってきな」
「ありがとうございます」
周りからの声掛けにも返事をしつつ、俺は目的の店へと向かった。




