社会での役割12
翌日。
店の事を皆に任せ、俺は竜を訪ねた。
目的の相手はすぐに見つかった。
ガイルは、表面上特に変わった様子は無い。しかしあんな噂が流れた以上、その店のトップである彼には、何らかの負担があったはずだ。
「…ガイル」
「…っ!」
少し驚いた様子だった。
俺が声を掛けたのが、意外だったのかもしれない。もしくは、俺の存在自体に驚いたのだろうか。
「少し、話さないか」
「………こちらへ」
劇的な事なんて何も無い。
俺はガイルに案内されるまま、ただ静かに、裏手の一室へ移動した。
腰を落ち着け、ガイルと向かい合う。
「…噂、聞いたよ」
俺はここへ来る前に決めていた。
どうして丸猫屋から、あんな風に居なくなったかだとか、そういう事はまず置いておく。それより今日は、今起きている事と、その今後について話したい。
「大した事は…ありませんよ。確かに、予想外ではありますがね」
「でも今後は、大した事になるかもしれない…。わかってるんだよね」
「………」
今、ガイルは予想外だったと言った。
何事も、想定していなければ、どうする事も出来ない。この世界の常識からして、値引き交渉の差で悪く言われるなんて、思いもしなかったんだろう。
環境が変われば、比較対象も変わり、人の価値基準も変わる。
ガイルは、あらゆる点においてタイミングが悪く、貧乏くじを引いた状態だ。
「今後の運営について話そう」
「………は?」
心底わからない…そんな表情だ。
俺がこうしているのが、意外なんだろうか。
ガイルの方も、黙って丸猫屋を抜けた事を気にしているんだろうか。
わからないまま、俺は話を続ける。
「ガイルが今やっている店に、似た形態の運営をいくつか知ってる。まずそれを話すよ」
今までこの世界に無い形態だったから、まだ彼には話していない。知らないはずだ。
ガイルは、しばらく無言のまま思案しているようだったが、やがて何かに納得したかのように頷いた。
「なるほど…。すべて、お見通しと言う訳ですか……」
お見通し…とは何の事だろうか。
聞こうか考える間もなく、ガイルの言葉は続いた。
「ありがとうございます…。拝聴します」
「…わかった」
ともかくとして…。
「じゃあ、まずは集合店って言う形態から―――」
俺は拒絶される事無く、今後の話をする事が出来そうだった。
心の中で、安堵した。
これは俺にとって、また新しい最初の一歩だ。
今回みたいな事は、きっとこれからもたくさん起きると思う。
発展…変化が起きれば、失敗だって起きる。
俺の全く知らない形態の店が出来るかもしれないし、良く知る店が自然に現れる事もあるかもしれない。
俺の居た世界だって、こうやって何もないところから、商業の発展を続けていったんだ。同じものが生まれる事だってあるだろう。
そんな社会で、俺や丸猫屋はその先頭に立つ事になる。
ご意見番として、そうした事業者さん達の、相談に乗る事もあるはずだ。
そうやって、世の中は変わって行く。
そのうち、丸猫屋を追い抜く団体が出てくるかもしれない。
でも、それならそれでいい。
その時にはもう、この世界は、自然に任せてもいいはずだから…。
ガイルとの話し合いは、小一時間ほどで済んだ。
やはり彼は理解が早く、その分話も早く済む。俺の知る知識の中で、当面必要になりそうなものを全て伝えた。
当面のうちは、俺の知る中で最もメジャーと伝えた集合店の形態に寄せて、調整をしていく事にするそうだ。手始めに、各売場毎に店名が付く事になる。
もうすでに遅いとはいえ、出来るリスク回避をしない理由にはならない。
信用を一気に回復する方法なんて、少なくとも俺は知らない。悪い噂が消えていくまで、堅実に商売を続けて取り戻すしかないんだ。
「ただいま」
「あ…。おかえりなさい、お兄さん」
「うん」
「大丈夫…だったみたいですね」
「うん。ちゃんと今後について話せたよ」
「それで、一体どういう事だったんです?」
「どう…って?」
「え? ガイルさんと話してきたんですよね?」
「うん」
「うちから抜けた経緯とか、どう考えての事だったかですよ」
「あー…」
「…」
「それは、聞いてない」
「…はい?」
ガイルに引き続き、どういう事だと言う視線を向けられてしまう。
「今後についての話をして来たって言いましたよね?」
「はい」
「どうやったらそうなるんですか…」
…確かに。
ガイルとその話をして、理由がわかってから、経営の話に入るのが普通かもしれない。
「でも様子からして、イエローも言ってた通り、やっぱり理由あっての事だと思う。丸猫屋に居た頃と、変わらない感じで仕事の話してたから」
「はあ…。私も一緒に行けば良かったでしょうか……」
「…ごめんなさい」
「謝る必要はありませんよ」
ここで、マリーが一瞬辛い表情を浮かべたように見えた。
しかしそれが、悲しみなのか憂いなのか、上手く読み取る事が出来ない。
「仕方ありませんね…。とにかく、もうわだかまりは無いんですよね?」
「多分」
「それなら、私も1度話をしに行ってきます。その時にでも聞いてきますよ」
マリーが…?
俺が言うのもおこがましいが、2人はそりが合わない様子を良く見かけていたし、少し心配だ。
「だったら―――」
「お兄さんは来なくていいです」
ジトッとした視線でバッサリ。
取りつく島も無かった。
本当、マリーには助けられてばかりだ。
俺が頼ってないなんて言うけど、そんな事は無いと思う。むしろ事ある毎に頼っている。
マリーが居なければ、間違いなく今の丸猫屋は無かった。
今回のような事もあるし、先日話していた通り、彼女には教える知識の範囲を広げていく。
あの時はいつまでかかるかなんて話もしたけど、きちんと商業に関する内容に絞れば、そこまで時間もかからないだろう。
それが終わったら…いよいよ俺は、マリーにしてあげられる事が無くなってしまうな。
予定通り進めば、丸猫屋も今よりしっかりとした組織になっているはずだし…。
そうなったら…。
そうなったら俺は、どうしようか……。




