社会での役割10
また1人、お客さんを見送る。
「ありがとうございました」
「こちらこそぉ。いつもありがとうねえ」
よく見かける常連さんだ。騒がしいうちのドタバタを、いつも孫を見守るみたいに眺めている。そして、幸せそうに帰って行く。
あの人にとっても、ここが居心地良い場所になっているなら嬉しい。
…。
そうそう何か起きてばかりのはずも無く、丸猫屋はトラブルに注意し、しっかり営業を続けている。
しかし、何の変化も無いと言う事も、またほとんど無い。
例えばちょっとした気候の変化だけでも、売れ行きや流行は変わって行くからだ。
…この町の商人達の間で、問題が出始めていた。
少し、難しい話になる。
問題が起きているのは、丸猫屋でも竜でも無い。それ以外…市場の人達だ。
ズバリ言うと、いくつかの店が立ち行かなくなりつつある。原因は他でもないそれ以外の店…つまり俺達と、ガイル達の店だ。
お客さんの総数は変わらない。それを取り合えば、こういう事になる時もある。
それは自然な事で、これだけなら問題とは言えない。
今回問題なのは、ガイルの店のスタイルだ。
竜では、商品の価格が抑えられていながら、かつ個人店の様な対応も行っている。言うなれば、丸猫屋と市場の各店の、良いとこ取りをした様な状態だ。
当然お客さんは集まる。より安く、良いサービスが受けられるならそちらを選ぶ。
そうなれば最初にきつくなるのは、小さな個人店の人達だ。
値段は経営知識やノウハウの差で負け、個別対応は良くて同等ともなれば、客も来なくなるのが道理。
丸猫屋とは状況が違う。うちは一定以上の個別対応が無いだけで、竜と同じ値段で買い物が出来る。でも市場の個人店では、竜と同じ対応を受けられても、大抵値段は高くなるからだ。
これも1つの商業発展…。そう捉える事も出来なくはない。
新しいスタイルの店が台頭し、従来のやり方では客が採れなくなって行く…。俺の居た世界でもそれは同じだったし、それが発展であるなら、歓迎すべき事だ。
現に今、うちのセミナーの次回開催希望の声が高まっている。危機感を感じた商人達が、この変化について行く為、知識を得ようとしているんだ。
…しかし、この変化には良くない点がある。
例えば雇用の問題。
店が続けられなくなった人は、他に仕事をするしかない。
でも、今は職が不足気味な状態。俺が提唱している、新しい娯楽施設なんかを経営し始めて貰っても良いけど、それだって知識が要る。こう言ってはなんだけど、店がいち早く続けられなくなった人達だ。何の援助も無しに、上手くやっていけるとは思えない。
丸猫屋に就職しても良いって人が居るなら歓迎するけど、それにも限度がある。マリー達みたいに、他の町々へ飛び回ってもいいと言う人ならどれだけでも雇えるが、1つの町で必要な人手は決まっている。つなぎで簡易作業のレジ打ちで雇用しつつ、講習を受けて貰って先の新事業を…って方法もあるけど、それもまた、何十人もは抱えきれない。
竜のやり方では、職が減って行くんだ。
さらにそこから、店が減った結果として客が集中し、今度は竜だけでは手が回らなくなる。その時には、それなら代わりにと頼める店は無く、町の人達が困る。そんな悪循環も考えられる。実際に、俺の居た世界で起きていた事例だ。
こうなると、町の人達…お客さんの視点から見れば、多少安くなった代わりに、すぐ手に入らない物やサービスが増える事になる。
これでは意味が無いんだ。こうなってしまうと、物もお金も循環しなくなってしまう。得をしているのは、常にお客さんに困らない竜くらいだ。
これが問題の根幹。
ガイルのやり方では、彼の店は繁盛しても、社会の成長に繋がって行かない。少なくとも、今の環境では…。
ガイルは…どう考えて、竜の立ち上げに踏み切ったんだろうか。
俺の掲げていた、世界全体の活性化…。それについては、ガイルも把握しているはずだ。
ガイルはきっと…その妨げになる様な事はしない…と思う。
何か手があるのか?
他の店が潰れても、需要に応え切る算段がある?
今はただただ、先行き不安だ。
それに、まだ問題は残っている。
竜は非常に幅広い事をやっている。扱っている商品の種類から、サービスまで…。
それを出来るノウハウがあるなら、やればいいと思うかもしれない。むしろチェーンストアであれだけ規模が大きい会社のくせに、値引きや記載の無い対応について、なぜそのくらいの融通が利かないのか…なんて意見は、元の世界でよく目にしたものだ。
やらないのはもちろん、理由があるから。
ガイル………。
その店は、ちゃんと両手で抱え切れるようになっているか?




