社会での役割9
その町の需要に合ってさえいれば、どんな店でも初動はそこそこになるものだ。
それからその地域で評価され、良い店であれば根付き、その町の一部になって行く。
ガイルの店も開店時のラッシュこそ落ち着いたものの、今のところ好調に売上を伸ばしていた。一方で俺達丸猫屋も、一時的な落ち込みからは脱出している。多少客数が分散したところはあるが、支障が出るほどでは無かった。
………しかしこれは、とある一つの問題を意味しているんだ。
そう遠くない間に、きっとそれが明るみになる…。
俺は、ガイルがそれを回避する事を願っていた。
俺は今、同期組の4人と共に机を囲んでいる。
思うところがあって、集まって貰ったんだ。
「皆から見て…俺の事をどう思う?」
「は?」
「それは…」
「? 店長でしょう?」
「そ、そういう事じゃないと思うなあ」
場の雰囲気はゆるく、皆の反応も軽いものだ。
この召集自体職権乱用みたいなものだし、今の状況も、めんどくさい上司そのものなのは間違いない。
何を言ってるんだとばかりのリィンを始めとして、誰一人真剣に考えてはいないだろう。
しかし俺にとって、これは重く、自分の根本にも関わる事…。
心臓の鼓動も速く、内心では息苦しさも感じている。
「ほら、今までも何度かあったでしょ? 面接形式で」
「あの、評価と今後についての席ですか」
「そう」
導入している企業も多く、俺のところもそうだったので、丸猫屋でも実施している。各従業員との定期面接。
これは普段、従業員が言い辛く思っている事を吐き出す為の機会でもあり、仕事中の流れではなく、話に集中する事で、従業員に、よりしっかりとわかって欲しい事を伝える場でもある。
「それで、ちょっと改めて、俺に不満な点なんかがあれば、正直に教えて欲しいんだ」
「なんかうざいところ」
「………」
「君はっ! またそういう」
「要望に応えただけだし」
やはり、そうなんだろうか。
俺はなんとか上手くやってるつもりで。
なんとか、自分を律する事が出来るようになったつもりで、子供の頃から何も変わっていないのか。
「あ、あの…そんなに重く捉えなくても良いと思いますよ」
ジャドが気遣いの声を掛けてくれているが、事実は受け止めないと意味が無い。
少なくとも、リィンにとって俺はそういう存在なんだ。彼女については、普段からそう口にされてたし、わかってはいたんだが…。
…男性陣は、どちらかと言うと気遣い屋だし、この流れでは言葉を濁してしまいそうだな。
なら――。
「クイーナは? 俺の駄目なところとか、直した方が良いところとか」
「んー……。特にありませんわ」
「…そうなの?」
「ええ」
それは、何でも無い様子の肯定。本心から、そう思っている様に見えた。
もしそうなら、とりあえず一人は…なんとか上手く付き合えている人が居た事になるのかもしれない。
「翔さん…先日の事なら、気に病む必要は無いと思いますよ。少なくとも翔さんのせいでは無いですし、そう思っている身内も居ないはずです」
「はい。合わない事はどうしてもありますし…」
おそらくアルとジャドは、ガイル達従業員が居なくなった事について言ってくれている。
それも確かに含まれている。でもこんな話に皆を付き合わせたのは、それだけが理由と言う訳じゃ無いんだ。
「ていうか、アンタ本気で言ってんの?」
「私ですか?」
「これに何の不満も無いわけ?」
「はい。だって今、私毎日楽しいですし」
「ええ…」
……うん?
微妙にやり取りが繋がっていない気もするが、それよりもだ。
「待って。クイーナ…今の生活楽しいの?」
「ええ」
即答だ。来たばかりの頃は、心底嫌そうだったのに…。
「まあお仕事は、今でも苦手ですけれど…」
クイーナは一瞬横を見て、その後視線を俺へと戻す。
「ここは皆さん楽しそうですし、私が出来なくても、怒鳴ったり叩いたりせず教えてくれます。そんな店の主様ですもの。不満なんて無いですわ」
…。
今のセリフ…何か含む部分があった気がした。クイーナはクイーナで、やっぱり抱えるものがあるんだろうな…。
「アンタ、それならもう少しまともに仕事しなさいよ」
「あなたに言われたくありません。いつもサボっているじゃありませんか」
「アンタだってそこのアホ使ってサボってるでしょ!」
「…面倒な時もありますわ」
「2人ともサボるな」
「ま、まあまあ…」
でも、そうか…。
こうやって、俺の成果によって、今が楽しいと思ってくれる人は居てくれるんだな…。
今のクイーナの言葉。俺にとってはとてもありがたい。それに信じられる。
俺自身では無くて、その成果が自分に合ってるから不満は無い。そっちを目指した方が、やっぱり俺には良いかもしれないな。
「ありがとう。参考になった」
「え…本当にこんな事の為だけに集めたわけ!?」
「ごめん。でもどうしても――」
「あー理由が聞きたい訳じゃねーっての! じゃあアタシもう行くから」
「翔さん。私はもちろん、不満なんてありません。これからも頑張って行きましょう」
「僕もっ…まあ、僕はアルフォードさんと違ってどんくさいですが…。精一杯頑張りますから」
「うん、ありがとう。これからもよろしく」
俺も続けて仕事へ戻ろうとすると、一番に去って行ったリィンが、なぜだか戻って来る。
「…なんかまじっぽいから言ってやるけど、不満があるだけで、消えろとかそこまでは思ってないから」
「…それは良かった」
「ふん」
本当に、ありがとう…。
情けない話だけど、少し気持ちの整理をしたかった。
それで皆を頼らせて貰ったんだ。
ちゃんと周りを頼るって、約束もしたしな…。
マリー達に今回の事を聞かなかったのは、それぞれに理由があるけど…。やっぱり、怖かったから…だと思う。
何が?
それは…。
――俺は本当に、皆に嫌われていないのか。
世界の終わりも迫っていると言うのに…。ここで皆と過ごすうち、どこか心に余裕が出て来たせいだろうか。
最近は、思い出さないようにしていた頃の事を、たまに思い出す。
勇者になりたい、なんて。純粋に憧れて、行動を始めたあの頃の事を。
以前倒れた時、取り戻した自分。その自分が犯してきた失敗を。
…でも大丈夫。
今の俺は、あの頃には無い知識を持ってる。だからもっと上手くやれる。
俺は人を幸せにする力なんて無い。
でも、人が幸せになる“物”を作る事は出来るようになった。
そこさえ間違わなければ――。
関わろうとしなければ――。
少なくとも、もう邪魔者にはならないで済むはずだ。




