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社会での役割8

 丸猫屋の様な店は、どこかから物を仕入れ、それを客に販売する。

 だから取引先との関係は、お客さんと同じくらい大切にしないといけない。

 どちらも居なければ成り立たない存在で、相手は同じ人間なんだ。


 イエローからの話を聞き、俺は懸念していた事が現実になったのを知った。

「つまり、いくつかの取引先で、買い付け分が確保出来ない可能性が出た訳ですね」

「そうなんだよー。一瞬あたしがやらかしたのかと思って、ほんとびっくりしたー…」

「お疲れさま…です」

「ありがとー。ちゃんと話を聞いてみたら、そうじゃないってわかったんだけどね。今度はそれはそれだったけど…」

 連絡を付ける手段が無く、イエローにはこの町で起こった変化を伝える事が出来ていなかった。急な事で、本当に驚いたと思う。

 そんな中、本当に上手く話を付けて来てくれた。


 イエローの持ち帰ってくれた情報をまとめよう。

 まずシンプルに言えば、さっきマリーが言った通り、多少仕入れに難が出来る可能性があるって事。

 その理由としては、他社との同時買い付けによるものだ。今回の場合他社と言うのは…“竜”。ガイルの店の事になる。

 買い付け先については、こうなるとは思っていた。ガイル達がうちを辞めてから竜の開店まで、ほとんど間が無かったからだ。

 裏で準備を進めるとしても、限界がある。休日の存在する丸猫屋ならやれない事はないが、0から取引先を開拓するのは、とてつもない時間が掛かる。うちだって、何年もかけて取引先を増やしてきたんだ。

 おそらくだけど、誰か丸猫屋で働いていない人を雇い、情報を交換しつつ、各取引先と話を付けていったんだろう。

 高速で運搬できる手段が限られるこの世界では、長距離より、その町の近くから仕入れるのが基本だ。それ以外ももちろんあるが、丸猫屋の買い付ける量を生産しているところを中心に、付き合いを広げて来た。分布によっては、いくつかの町の分を、すべて買い付けている生産者さんも居る。向こうにとっては大量に買ってくれる客で、こちらは取引が1か所で済む訳だから、両得なんだ。

 一方で、良い取引先が見つからず、スペックギリギリの量をお願いしているところもある。場所によっては確保できず、他の丸猫屋経由で仕入れるなんて事もやっているな。ここもチェーンストアの強いところだ。

 こちらに都合のいい取引先ばかりじゃ無い。これはどこの世界でも変わらない。企業や団体でも、結局は人と人とのやり取りなんだ。

 そうした状況の中、ガイル達の店も仕入れをした。これ自体は当たり前だし、問題も無い。

 丸猫屋や竜は、この世界において店の運用方法が特殊だ。ここでは在庫の抱えすぎや劣化を抑える為、普通は少量の仕入れしか行わない。

 要は生産者にとって、たくさん買ってくれる商人は等しく上客なんだ。

 懇意にしている商人はそれぞれ居るはずとはいえ、売れ行きによっていつ買ってくれるかもわからない。そんな生産者も多い。

 そこへたくさん買うと言う商人が現れたら、当然逃したくはない。

 ここで取引が発生する。これだけ買うから、代わりに単価…1つ当たりの値段を安くしろ。これが俗に言う買い叩きだ。

 それを、ガイル達はやった。

 店と同じで、この国が貨幣経済で回っている以上、現金は重要だ。

 いくら物があっても、現金にならなきゃ欲しい物にも変えられない。

 もしこの取引を断って、生産品が余ったら?

 物によるとはいえ、それはゴミへと変わる事もある。

 単価を下げてでも、現金に出来るチャンスが目の前にあるのに、逃して本当に良いのか…。この思考によって、こうした買い付けは成立する。

 生産者も半分商人の様なもの。これも一種の値切りと言った方がわかりやすいかもしれない。

 値切りは、一般的な客がするばかりの事じゃないんだ。


 ここまでにまとめた要素が関連し合った結果…。

 あくまでいくつかではあるけど、丸猫屋が買い付けたい分を、確保できない取引先が出たと言う訳だ。

 そしてイエローは、それを受けて現場で、次回の買い付け予約を取り付けてくれていた。金額は従来通りのものだ。

 これがあるのと無いのとでは、先の予定がまるで違ってくる。物を運搬するのだって、ただでは無いんだ。仕入れられるつもりが出来ない。念のため他の店から取り寄せたけど不要。それは無駄な出費になる。

 予定さえ確実なら、それまでの分は、各店で在庫をやりくり出来る丸猫屋ならどうとでもなる。それを出来るのがチェーンストアだ。

 

 この中で唯一、町の状況を知ったばかりのイエローが頬杖をついて呟く。

「でも、ガイルさんがねー…」

「意外そうですね?」

「うん? んー…。確かにそう…かも。意外かな。ちょっと噛み合わないところはあったけど、翔君と敵対……って程でもないか。でもそんな感じになるとは、思えないんだけどな」

 それは、確かに俺も考えていた。

 それに今の現状。冷静に盤面だけを見ると…望んでいた商業の進歩が起きているとも言える。

 値段だって、本来ずっと変わらないなんてあり得ない。そのせいでどこかに無理が出て、また調整されて…その繰り返しだ。

 きっとこの世界でも、そのうちそういう価格競争が活発になる。遅いか早いかだけの違いだ。

 ずっと物の値段が前後しない。それで誰も割を食わない奇跡のバランスが出来たなら、それを維持できるのが一番いいんだろうけど…。それも結局人の欲によって、崩れてしまうだろう。

 生産量や需要だって、常に変わるしな。丸猫屋だけが物価を操作出来ていた事の方が、異常だったんだ。

 どのくらい竜が買い叩いたかわからないけど、それで生産者さんがやっていけない程じゃないなら…まだ…。

 

 これは、俺の居た世界でだって、まだまだ続いていた問題になる。ここで即解決なんて出来ない。

 貨幣経済である限り、永遠の課題になるのかもしれない。

 この世界も、そういう悩みに手が届きつつある…。いや、その段階に戻ってきたのかもしれないな。

 あのとんでもなく、歪な状態から…。


 ガイルの心中が、どうなのかはわからない。

 このまま問題など無く、良い競争相手となってくれるなら、それに越した事は無い。

 他の人達も、追って様々な商売を立ち上げてくれる環境になって行くかもしれない。竜がその前例として、先陣を切ってくれたと言う見方も出来る。

 そうなる可能性も、充分にあると言えた。


 しかし…。


 問題は、この仕入れ関連だけでは無い。

 脳内には、まだ俺にも回避法の分からない懸念が存在する。

 ガイルには、それがちゃんと見えているのだろうか…。

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