社会での役割7
新しい物や、珍しい物が好きな人は、どこにでもある程度居るものだ。
俺は今、内心少々困惑していた。
後悔…はしていないが、似た様な感情を抱きつつもある。この状況は、果たして大丈夫なのだろうか?
流行が過ぎ去るのは早いなんて言うが、それはつまり、広まるのも早いと言う事。
町では、ドッヂボールがブームになっていた。ボールも買ってくれる人がかなり居て、店としては成果が上がっている。これだけなら、シンプルに良かったと言ってもいい。
しかしこれが起爆剤となってか、町では今、エネルギーを持て余す人達が大量発生していた。
具体的には、普段の移動から何から、身体強化を使っている人が増えている。仕事を片付けて遊びの時間を捻出する為か、その遊びの練習の為か…。
今までは使っていなかっただけなのだが、今この町は、まさに超人達の町と言った状態だ。
社会人なんかが、必要も無いのに走らなかったり、運動をしないのと同じ…。出来るからって、無駄に普段から疲れる様な事はしない。
しかしその理由が出来た事で、こんな事態になったんだ。
おお…今あの人、2階の窓にそのまま跳んで行ったな…。
とにかく、町が一気に活気づいたようだった。狙い通りなのだが、少々行き過ぎだ。まるで子供の様に、町全体がはしゃいでいる。
実際、今まで大々的に遊ぶって文化が無かった訳だから、まさに初めておもちゃを手にした子供の様なものなのかもしれない。イベント自体も盛り上がっていたし、ブームになっても、確かにおかしくは無いか。
こういうのを見ていると…。こう、今なら俺もいつかの縮地法とかを練習しても――。
「お兄さん」
「はい」
マリーからのお咎めが入った。
何となくだけどわかる。言外に、また変な事考えてますねと伝わってくる。
「はあ…。怪我とかはしないで下さいよ? こんな状況も、いつまで続くかわかりませんけど」
「まあ…さすがにずっとって事は無いだろうね。そのうち収まると思う。その頃には、もう少し控えめな熱量で、他の娯楽も広まるといいんだけど」
「そうですね…。まだまだ忙しい日々は続きそうです」
「………」
嫌そうな表情とかは…してないよな?
マリーは、その立場上仕方ないとはいえ、人一倍頑張ってくれている。倒れてしまった俺が言うのもなんだが、無理してないか気を付けないといけない。
俺が悪い影響を与えてしまったのか、休日にも仕事を片付けている節があるし…。
本来は、いけない事だ。
いつでも人事に余裕を持った運営を。それがこの規模の団体を動かす上で、どれほど重要か。
それでも、誰にでもできる訳じゃ無い仕事ってものがあるからな…。それも含めて、余裕がある様に人材を育てるべきなんだけどね。
役割分担し、シンプルに、簡単な単純作業で働いている人達が居る一方、当然それだけで店は成り立たない。
これまで皆に教えて来た通り、仕入れの数量、金銭、仕入れ先との調整、運送関連、売場の作成、従業員の管理…それに、先日始めたイベントの事もそうだ。
頭を使って考え、判断する必要のある仕事も多い。どんな単純な事も、それを実行する人にとって簡単なだけで、その環境が勝手に出来上がる訳じゃ無いんだ。必ずその前に知恵を絞り、難しい準備をしてくれている人達が居る。その大変さを、わかってあげないといけない。
「マリーは、体調は平気?」
「特に変わりありませんよ」
「…」
「…」
やっぱり、こういうのは苦手だな。
目的があって、相手がドンドン話すタイプなら、合わせ方とかコツなんて本まである世界だったし、表面上なんとかやっていたんだけど。
仕事としての会話と、知人との会話は別物。
こういう、普通の人が当たり前に出来る事が俺にもわかれば、もっと違っていたのかもしれないのに。
「…別に良いんですよ。私に気なんて使わなくても」
「元気なら、それでいいんだけどね」
「お兄さんこそ、未だに私にも教えてない事ありますよね?」
「あるけど、もうそんなに急いで覚えるような事もないし」
「お兄さんの居た世界ではどうか知りませんけど、そんな前例は知りません。いつも言ってますよね? 代わりの利かないものは作らないって。どんな細かい事でもいいですから、どんどん教えて下さいよ」
「…久しぶりに夜とかに?」
「お兄さん、私もあの頃のままではありませんよ? またあんな事したら…」
ここでマリーは、少し迷ったように目線を逸らした。しかしそこまで間を空ける事も無く、言葉を続ける。
「…遠慮せず叩き出して、私はしっかり睡眠をとります」
「睡眠は大事だよね」
「どの口が言うんですか」
「でもわかった。俺の知ってる事、全部教えるつもりでこれからはいくよ。もちろん仕事中に」
「…それで、良いんです」
「そうは言っても、大枠はほとんど教え終わったし、本当に細かい事とか、直接チェーンストアに関係ない知識とかになるよ?」
「…その言い方だと、まだ覚える事はとてつもなくありそうなんですけど…。そのそこまで関係ない知識って、どれくらいなんです…?」
「…範囲も広くなるし、今までの比じゃないね」
そんな俺の言葉を聞いて、マリーががっくりと項垂れた。
「はー…。私、それ死ぬまでに全部聞けるんですかね…」
「それはさすがに大丈……大丈夫でしょ」
「待って下さい。今途中迷いましたよね? お兄さん?」
確かに迷った。チェーンストアの仕組みに、少しでも関係がある事にまで範囲を広げると、俺の居た世界の構造レベルの知識も含まれてくると考えたからだ。俺の基準だと、それこそ本当に全部伝える事になる。
でも、いくら向こうが全部聞きますと言っていても、取捨選択はするべきだ。俺ももう大人、それはわかっている。
だから、本当に大丈夫だ。
「一瞬考えただけだから」
「…その頃には、どうなっていますかね」
「…どうだろう」
将来の話。
しかし俺達は、このままでは世界が無くなる事を知っている。
それでも今やっている事が、その未来を変えると信じて、日々頑張り続けるしかない。
「こんなこと考えても、仕方ないですね。それより、そのやたら膨大っぽい知識、少しでも教えて下さいよ」
「ああうん。何から話すべきかな…」
何でもない話をする感覚で、気楽にやれば良いか。
賑やかな町の中にある、丸猫屋の一室で、ここだけおだやかな空気が流れている。
そんな時だった。
バタバタとした足音と共に、部屋に1人駆け込んでくる。
「ちょっと翔君! 一体何があったのっ?」
また長期に渡り、各地を回ってくれていたイエロー。
そんな彼女が、慌てた声と共に帰還した。




