社会での役割6
そんなこんなで、いよいよ開始の時だ。
「―いきます!」
ボールが高く投げられ、それに続いて参加者の子供が跳ぶ。ジャンプボールでゲームスタートだ。
子供の部は一桁くらいの歳の子を対象にしていて、中には5歳の子も混じっている。
俺の居た世界なら、この年頃の子達を一緒にドッヂボールへ入れるなんて、危険だしクレームも来ただろう。
しかし目の前では、しっかり地に足の着いた動きで、力強いボールが投げ合われていた。新鮮なのか、とても楽しそうだ。
この世界では、ほとんどの人が魔術を使える。
それは子供でも同じで、その度合いは、運動が得意とか勉強が得意とか、そういう事と同じで様々だ。
だから身体的な差があっても、そこに魔術での身体強化が混ざり、中には小さいのに人一倍動きの良い子も居る。将来有望だ。ゆくゆくは騎士か冒険者になって、この国の為に働いたりするのかもしれない。
大会と言っても、誰も知らない競技だし、お遊びみたいなものだ。強い子弱い子が居るのも、魔術があろうと同じ事。魔術も筋力その他と同じで、子供の頃からそこまで格差は無いみたいだから、特に問題も無い。
それこそ大人になっても運動が苦手な人が居るように、魔術もそれなり程度しか出来ないままの人も多いしな。
安全対策で、布と綿のボールだし。
この材質のボール、柔らかくて逆にキャッチし辛かったりして、難しいんだよな。懐かしい記憶だ。
…昔の事を思い出すなんて、すごく珍しい気がするな。基本的に………まあいい、今は目の前の事だ。
なんにせよ、子供達は楽しそうにゲームをしている。こうしたボール一つで出来る単純な遊びも、結構ハマったりするものだ。
マリーの吹く笛が、また一人のアウトを告げる。元の世界に比べると、歳の割にほんの少しレベルが高い攻防は、熱さをどんどん増していた。
…さて。
問題はもう一つのコートだよな。やっぱり…。
さっきから俺の後ろでは、小さな爆発の様な音が起き続けている。もしくは鋭い突きが耳元をかすめた様な、そんな心臓に悪い音が…。
本当にこっちと同じボールだよな…? あっちだけ、筋トレ用の重り入りボールにすり替わってないか。
魔術なんかなくたって、とんでもない剛速球を投げる大人は居る。ならこの世界ではどうなるか…。
別格の能力を持つ冒険者たちじゃなくても…まあこうなる。
ほとんどが綿…つまり軽くて失速も早いはずのボールが、相手に届くまで全く速度を落としていない。やり取りのスピードも速いから、時に空中で2、3度ボールが行き交う事まである。
アニメや漫画でしか見た事の無い、超次元スポーツが目の前で展開していた。
先日のダム製作の時に改めて知ったけど…そういう機会が無いから目立たないだけで、この世界の人達の身体能力は本当に高い。重い資材なんかも軽々扱う。
事が済んでダムを壊してるところも見ていたけど…。その時、なんだか爽快さを感じている様に見えたんだよな。
それで、発散する何かがあったら、それも需要になるかもしれないと思った。
結果は…ズバリ当たりだ。
子供達より白熱してないか? いや、してるな。
風を切る轟音や、参加者の叫び声も混じり、本日の丸猫屋横は大変に騒がしい。
そのおかげか、買い物の際にこの様子を見た人からの口コミか、見物客も増えて来た。それはつまり、丸猫屋の集客が成功したことを意味する。この中の何割かの人達が、本来立ち寄る予定の無かったうちの店に、足を運んでくれる事になるんだ。
イベントは進み、次の試合。
実はこのイベント、賑やかしとして丸猫屋のチームも1つ参加している。メンバーは同期4人組だ。
リィンが逃げようとしたり、ひと悶着もあったが、アルに見ていて貰ったおかげで確保済みだ。先に監視の指示を出しておいて良かった。
試合の方は…。
リィンはなんだか、始まってみれば楽しんでいる様に見えるな。いざやるとなったら熱くなるタイプなのかもしれない。
アルは、貴族の心と言うのか紳士の心と言うのか、相手のご婦人達への遠慮が見え隠れしている。元々丸猫屋チームが優勝、商品獲得者無しでは盛り上がらないから、そこそこにやって貰う必要もあるし、まあこれはこれで良しだ。
あとは意外と言ってはあれだけど、ジャドがクイーナの騎士の様な動きになってるな。
動きもなかなか良いし、ずっと近くに居て、逆に運動が苦手な様子のクイーナを守っている。そんなジャドを見て、クイーナもなんだか満更でもない表情だ。
これはもしかして…?
元々仲は良かったし、皆は元の世界で言えば学生のお年頃。スポーツでかっこいい姿を見て…って言うのも充分ある話だ。
知人から幸せなカップルが出るなら、嬉しい事だな。
マリーやアンシア達にも、そろそろそういう話があれば安心…安心なんだが。ローナも例の王子は…。イエローは…あんなにしっかりした美人なんだ。すぐに俺なんかより良い人を見つけるだろう。それで、ちゃんと幸せになってくれると信じたい。
…俺は皆に、幸せになって欲しいんだ。
…ところで、なんかうちのチーム、熱くなりすぎてないだろうか。特にリィンなんか、相手をどうにかしてぶちのめさんとばかりの見幕になっている。一応、優勝さえしなければ多少勝ち抜くのも良いが…。
でも、ああやって全力でやってるおかげで、周りも一緒に盛り上がってる。これも難しく考えずに、皆が笑っている事を、良しとして良い事なのかもしれない…。
結局この日、丸猫屋チームは勝ちぬいてしまい、最終的な成績は準優勝となった。ちゃんと手を抜いて最後は負けた…のなら良かったんだが、そんな事は無く、優勝チームに居た風格漂うマダムの実力だ。きっとあの人は只者では無い。
イベントは大成功。これで遊びの概念は、わかりやすく町の人達に伝わったはずだ。
今回はスポーツだったけど、もっと落ち着いたテーブルゲームでも良いし、やれる事はいくらでもある。どんどん広めて、そういった遊びの道具も、今後の丸猫屋の売上として期待していきたい。
こうやって楽しさを提供し、その地域の活性化を図るのも、また1つ…。俺達みたいに規模が大きく、余裕を持てるチェーンストアのやるべき事なんだ。
これは間違いなく、集合店“竜”には無い要素。うちの様に、従業員のやりくりが効く規模の店だからこそ出来る事だ。あっちは人数は居ても、それぞれが専任者で、手すきの人員が居ないからな。
これで多少でも、丸猫屋の方が好みだと言う人達が、普段のリピート買いをこっちに戻してくれるのに期待しよう。




