社会での役割5
小売店に何をしに行くかと言えば、当然何かを買う為だ。
それは欲しい物が先にあって、だからこそ買いに行く。
逆に言えば、目にすれば買う物があったとしても、そもそもそれがある事を知らない以上、店に行く事は無い。だから、その商品を買う事も無い。
商品を知って、認識してもらう事が大切。
売場への工夫はもちろん、その為に出来る事は他にもたくさんある。
例えば…。
良く晴れた空。
気候も程よく涼しく、本日は運動日和…。
「と言う訳でーー!」
俺はメガホンを使って、周りへ声を響かせる。
大きく息を吸い直し、続く言葉を言い放った。
「第一回丸猫屋主催ーー! チキチキドッヂボール大会いいいいい!!」
………。
優しい人達からの、パラパラとまばらな拍手。
何か身内から、テンションが寒いだの何あれだの言われているが…聞こえてるぞリィン。マリーも、それフォローになってない。
「ではルールの説明に入らせていただきます!」
俺はそのまま、マリーへメガホンを手渡す。
「えっ」
「よろしく」
「聞いてないですよ!?」
これも仕事のうち。俺の高いテンションだって、そういう場を作る為、盛り上げる為だ。
決してさっきマリーが言って居た様に、普段からおかしい訳じゃ無い。
…出会ったばかりの頃、いくつかやらかした記憶はあるが、まあ最近はやってない…はずだ。
だからマリーも、練習がてらやってみればいい。
「え…あ…。そ、それでは説明しまぁう!?」
リィン…言いたい事はわかる。だからうわぁと言う表情は止めよう。
さすがにマリーみたいにやってくれないだろうし、まだいきなり振ったりはしない。でもそのうちやって貰う事もあるんだぞ…。
さて、相変わらず変に慌ただしいが…今日はそういう日だ。
様々な店が、イベントを開催しているのを見た事ある人も多いはずだ。時には、一見何の関係も無い様な催しもあると思う。
それらは全て、集客の為のものだ。
イベントと言うのは、どこかの誰かが興味を持つものであれば何でもいい。もちろん店によっては、関連のあるイベント、置いてある商品を欲しがりそうな人が集まるイベントが効果的だ。
店の内装の工夫も大事だが、そもそも店に足を運んでもらえなければ、それも無意味なものとなる。
こういうイベントは、そのきっかけに繋がる。
そういえば、この店は入った事が無い。
気にはなっていたけど、行った事は無かった。
ちょっとした機会さえあれば、店に興味を持ってくれる潜在顧客は必ず居る。
それが少数でも構わない。少なくとも、商品を目にしてくれる母数が増えるんだ。
人が増えれば、繁盛している様に見えるから、あそこは良い店なのではないかと感じる人も出て来るし、さらに集客が見込める場合もある。
そもそも市場なんてものがあるのも、相互にお客さんが立ち寄ってくれる可能性が増えるからだしな。集合店も同じだ。
日々小売店でのイベントが催されるのは、そういう経営的な狙いがある。
もちろん、お客さんに喜んでもらうって理由もあるけど…。
「えーゲームではこの布製のボールを使いまして、身体のどこかに当たった後、地面にボールが落ちたらアウトになります」
マリーの説明を聞きながら、この世界の現状について考える。
この世界は、長年の異様な環境のせいで、随分と歪だ。
これだけ大きな町で、娯楽の類がここまで無いなんてあるだろうか?
それこそ大昔の、生きる為に生きる様な状態だ。日々仕事をして、近しい人と話をし、役割を終えたかの様に眠る。その繰り返し…。
石器時代じゃないんだ。
これだけの文明があれば、もっと娯楽が発展しても良い。俺がこの世界に来たばかりの状況のまま、どんどん衰退していればそれどころでは無かったかもしれない。でも今はもう違う。
もっとこの世界全体に、活気が出てきても良い頃だ。
さすがに先日の一件から、日が浅いかと思った。
でも、そろそろ娯楽を提供する店も増えていけばとも思っていた。そうなる事で、ああ言う非常時における主体性の無さも、多少改善されるかもしれない。
何かを自分の意志でやる。自分で決める。これも当たり前に出来るようで、やっていなければ出来ない事の1つだと思う。
ちょうど、奴隷の階級撤廃なども有り、今は職を求める人も居るはずだ。
そこに今回の客数低下が重なった。踏み出す理由は充分にある。
「それでは、参加希望の方はこちらへどうぞ! 優勝チームには、景品も用意していますよー」
マリーが説明を終え、受付に入って行く。
これも事前に告知していたおかげで、物珍しさに集まってくれた人が結構居るな。
この世界じゃ基本的に仕事をしている人が多いので、真昼のこの時間に集まる人は子連れが多い。
部門は迷ったけど、一応大人と子供に分けた。
ドッヂボールなんて小売店のイベントでやる意味が分からないし、まして大人の部なんて成り立つ訳が無い。元の世界なら、馬鹿にされるかもしれないな。
でもここでは違う。現に今、受付をしている人が何人も居る。
理由は…まあ始まればわかる事だ。
とにかく事故だけは起きて欲しくない。ゲーム開始前に、忘れずに再度注意喚起をしよう。




