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社会での役割4

 小売店が生き抜くためには、競合他社の偵察も欠かせない。

 近隣の他店で、自分の店より安く物を売られるだけでも、単純に客足は落ち込んでいく。チェーンストアはその場の値切りで商売をしない代わりに、絶対的な定価を重要視し、慎重に調整しているんだ。

「内装も、うちとそんなに変わりませんね…」

「そうだね」

「でもこれって…」

「うん。うちとは根本的に違う」

 見た目や棚の配置こそ、うちで使っているやり方に則っている。しかしこれは、スーパーやホームセンターとは違う。

 一つの店のようで、そうじゃ無い。これは…。

 売場がエリアごとに別れ、それぞれにカウンターと店員が居る。

 パッと見、異なる店が寄り合い、客を呼び込みあう集合店舗に見える。でもおそらく…それだけじゃ無い。

「お兄さん」

 マリーの呼び掛けに反応して振り向くと、そこには数日振りに見たカインの姿があった。

 俺達は一瞬だけ視線を交わす。しかしそのまま何も言わずに、カインはすれ違っていく。

 ここでは店員と客…当たり前か…。

「…お兄さん」

 さっきと違い、今度は何かを咎める様なマリーの声。

 表情に落胆の色が出てしまっていただろうか。

「大丈夫。続けよう」

「はい」

 引き続き、店の中を見て回る。

 理にかなった商品の配置に、価格も丸猫屋とほぼ同じ…。

 これだけで、何の知識も無い店より売り上げは伸びていくはずだ。

 現に店の中には、俺達以外にもそこそこお客さんが居る。ちょうど、会計しようとしている人も居た。


「まいど」

「この店も結構安いじゃない」

「そうでしょうそうでしょう」

「ねえこれ…もう少しまからない?」

「ええーっ!? うちも結構頑張ってますからねー…。じゃあこれもご一緒にどうです? それなら少し勉強しましょ」

「えっ、本当にいいの? こんなに安いのに?」

「特別ですよ?」

「助かるわーじゃあこれでー」

「はいはいー」

 

 ………。

「ちょ、ちょっとあれ…」

「うん」

 うちから抜けた面子、それにこの店の配置で、この線はあり得ると思っていた。

 この店では値切りを含め、おそらく各従業員が()()をしている。個人経営の店と同じ様に…。

 それなのに、元の定価は丸猫屋と変わらない。

 つまり、この店は実質この町で、一番安く物を買える店と言う事になる。

 ガイル…。

 今丸猫屋が定めている値段の意味を、わかっていない訳ではないはずだ。それにこの店は…。

「残りの商品価格も把握して、そしたら今日は戻ろう」

「は、はい…」

 おおよその予測は付いていたとはいえ…。

 これは少し、荒れるかもしれないな。




 毎日の業務は続く。

 客数が多ければ多い程、例えば簡単に見える商品補充も、かなりの時間を要する作業に変わる。一日なんて、あっという間に過ぎてしまう。

 そんな日々を過ごすうち、約ひと月の時が経った。


 俺はマリーと、事務所で打ち合わせをしていた。

「売上…低下してますね」

「そうだね」

 はっきり言って、予想は付いていた事だった。

 一番安く買える店で買う。少なくともそういう層は、丸猫屋から竜に流れている。こうなるのは当然だ。

「なら、こちらも値を下げればいいのではありませんの?」

 通りがかりのクイーナから、そんな突っ込みが入った。

 隣では、邪魔しちゃまずいよとジャドが慌てている。そのままずるずると、クイーナを引きずって行ってしまった。

「………」

「そう単純にもいかないんだよね」

「いつかはあの子達も、こうして私達側になってくれるんでしょうか…」

「なるよ。ちょっと時間は必要かもしれないけど」

「手が掛かりますね」

 確かに、出会ったばかりのマリーと同年代と考えると、育った環境の差が感じられるな。それこそまだまだ子供な感じだ。それでも、こうして丸猫屋で頑張ってくれている。

 俺も皆の事を、ちゃんと見てあげられるようにならないとな…。


 この町での最低価格を上回られたからと言って、それに合わせて、こちらも値を下げれば良いと言う問題では無い。

 まずそもそも、定価に差は無いんだ。実質的に向こうの方が低価格なのは、その場でのやり取りあってこそのもの。

 ならそれを見越して下げればいい…とはいかない。

 向こうだって何でもかんでも値切りに応じている訳ではないし、一緒に利益の出やすい物を勧めたりして、儲けをしっかり確保しているんだ。

 一律での値下げは、同じ数だけ売っても、利益が下がるようになると言う事。お客さんの数は限られているんだから、俺達がやって行けるだけの利益は出る値段でないといけない。そして、すでにそれを充分に考え、決めた値段を付けている。

 もちろんギリギリではなく、余裕を持った利益が出る売価にはなっているから、多少の値下げは出来る…。でも、そんな気持ち程度では、おそらく向こうも定価を下げて合わせてくる。それでは意味が無い。

 お客さんの視点から見れば、安い方が得なのはもっともだ。

 しかしそれも、無理な安売り合戦で店が潰れては意味が無い。苦しくなり、給料を下げる事で耐え忍んで…なんて最悪だ。

 その店で働いている人も、町に住む人の1人であり、お客さんでもある。

 商売の世界で生きていくなら、需要に対して、適切な供給を見極めないといけない。それは売る物によっても変わる。

 例えば毎日必ず売れていく食べ物なら、一個の利益が10円で良い時もある。でも家や車の1つ当たりの利益が、10円だったらどうなるだろうか? 間違いなく、それを売る人達は食べていけない。

 お客さんの為に、出来るだけ安く売りたくても、必要なだけの利益はちゃんと含める。

 それは、店にとっては当たり前の事で、揺らいではいけない部分なんだ。

 それを守らないところが1つでも現れれば…流通のバランスは崩れる。お客か、店か…もしくは生産者か。どこかに無理が必ず出る。

 過剰な値下げは、どれだけ自分の店に客を呼びたくても、やってはいけない事なんだ。


 …その点、ガイルの店は上手いんだよな。

 提示されている金額は、あくまで丸猫屋で使っているものと変わらない。上手く店員と話す事で、おまけをして貰えると言うだけだ。

 うちが値下げのいたちごっこを始めなければ、向こうは当然、意味も無く値下げするはずも無い。

 そしておそらく、俺がちゃんとそれを見抜いて、値段を変えない事も折り込み済み。

 こちらは一切値引き交渉などはしないと謳っているし、それが出来るメンバーで構成されてもいない。売価関連では、どうにも対応が難しい。

「他でなんとかするしかありませんか…」

「だね。うちと向こうでは、好んでくれる客層も違うだろうし」

「そうですね…もううちの会計方法に慣れて、楽でいいって声もありますし」

「あと、うちの店の賑やかなところとか」

「賑やか…。向こうの方が、交渉や呼び掛けの声で活気がある気がしますけど」

「まあそこはそうなんだけど―――」

 

「待ちたまえ! だからなぜ君はすぐ持ち場を離れる!」

「ああもうしつっこい! あのバカ達よりは仕事してるっての!」

「はあ~~~! 今まで気づきませんでした! この枕とっても心地が良いじゃありませんか」

「うわああ!? なんで!」


 壁越しでもなお聞こえてくる声。そしてその後に続く何かをひっくり返す音…。

「…こういう事だよね」

「…私、見てきます」

「一緒になって騒がないようにね」

「そんな事しまっ………せんよ」

 途中で思い当たる節があったらしく、尻すぼみになる否定。

 マリーは悔しそうな表情になった後、さっさと振り返り、でもゆっくりと店内へ向かって行った。

 意識して落ち着いて行こうとしてるなあれは。あの様子なら、さすがに大丈夫だろう。


 ここまでは様子を見て来たけど、売価を弄れないからって、全く何もしない訳にもいかない。その理由もある。ガイルの店、竜がこのまま儲かり過ぎてはまずい理由が。

 ならば…。

 まだ早いと思っていたけど、今がその時かもしれない。

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