社会での役割3
俺達は、その日を残ったメンバーで乗り切った後、店の事務所に集まっていた。
「居なくなった人数は…そこまで多くはないな」
「そうですね。確認が取れた範囲では…」
今日の出勤者が居ないって事で、朝は少しバタついたけど…こうして落ち着いて状況を見ると、むしろ問題は居なくなった面子の方だ。
全員経験豊富な…商売のいろはを知っている人ばかり。その中には、つい先日揉めた人も含まれている。
要するに、うち以外の店の在り方を知っている人達だ。
1人2人なら、うちのやり方に付き合い切れなくなり、黙って辞めていった可能性もある。でも同じタイミングでこの人数。ほぼ間違いなく、示し合わせたもののはずだ。
これを…先導した人が居る。
「翔さん…これ……」
「…封書?」
アンシアからそれを受け取る。
彼女には、先程まで寮の確認をして貰っていた。つまりこれは、居なくなった誰かの部屋にあったと言う事だ。
かなりの重さがある。そしてその重さと持った感じは…普段からよく触れている物のそれだった。おそらく硬貨だ。
そしてそれとは別に、一枚の紙…。
皆にも見えるよう、机の上に広げて置く。
「………」
「これ…っ」
そこに書かれていたのは、俺の元から離れると言う意志。一緒に入っていたのは、その為の手切れ金。
君か………ガイル。
数日が経ち、出勤日のシフトも粗方調整が済んだ頃。不明だったガイル達の行方は、あっけなく俺達の知るところとなった。
王都に、一つの新しい店が開店したんだ。
総合店“竜”。それが、王都に増えた店の名前だ。
扱っている物の豊富さは丸猫屋とほぼ同じ。そのトップは…ガイルだ。
「それにしても、ひどい話ですね」
「どうしました?」
今事務所では、俺の他にマリーとアルが居る。作業を進めつつ、ポツポツ会話を交わしていた。
「いえ。…ガイルさんは、聞くところによると、元奴隷なんですよね。それなのに、この様な形で…。これでは裏切ったも同然です」
…いや、それは。
「…確かに、きちんと話を付けた上で、辞めるなら辞めて欲しかったですけどね」
少し訂正しないといけないと思った時、マリーが口を開いた。
「でも裏切りって表現は少し違います。元々辞めたい時は辞めても良いと言う契約でしたし」
「え…奴隷だった…のですよね?」
「そうですよ。でもまあ、うちはちょっと変わってるので…。むしろ、今は奴隷の立場では無いですし、その頃の約束を守って、お金も置いていったんです。そこは律儀だったんじゃないですかね。ね? お兄さん」
「あ、うん…そうだね。その通り」
正直、ガイルの事と同じくらい驚いた。マリーがここまで、俺と同じ事を考えてるなんて。
「…お兄さん、むしろガイルさんの事、心配してるんじゃないですか?」
「心配…ですか…?」
「よく…わかったねマリー」
「どれだけお兄さんの事を見て来たと思ってるんです? わかりますよ」
俺はガイルの事を、確かに心配している。
自分にどうにも出来ない事…この場合、ガイルが出て行ってしまった事は、もう考えても仕方ない。今後の事に目を向けた時…。少し不安になってしまう。
丸猫屋の方は良いんだ。こんな事で、駄目になる様な組織にしてきていない。ちょうど人手も増えたところだし、無理なく営業は続けて行ける。
でも、向こうは違う。
ガイルが居るんだから、まるで見当違いな事はしないだろう。店の経営自体は、上手くやると思う。
それでもなお心配なのは…どこまでを守ろうとしているか。
ガイルは、俺の知識や方針を素晴らしいと言ってはくれていたが…考え方にはズレもあった。その度に意見交換をしてはいたけど、そもそも最近の丸猫屋が、その基本のチェーンストアからずれていた部分もある。本当はガイルの事を言えた立場では無いし、それが駄目と言う訳じゃ無い。
でも、もしガイルが今でも、自分達だけを守る対象として見ていたら。
他の店や、国民、世界の事も考えようと言う俺の声が、響いていないままだったら…。
それは間違いなく、困った事になる。ゆくゆくは、最悪ガイル自身も…。
「…まだまだ、精進しなければなりませんね。そんな考えは、まるで浮かびませんでした」
「アルさんは、充分しっかりしていますよ。あと、お兄さんが変わっているだけなので、真似する必要も無いです」
「…そう…なのかもね」
本当によくわかってる。
俺もマリーくらい、他人の事をちゃんとわかってあげられれば、こんな事は起きなかったかもしれないのに…。
これは、そういう不満をしっかりケア出来なかった俺の落ち度だ。俺さえまともなら、退職者が出るにしても、こんなボイコットの様にはならなかったんじゃないか?
もっと普通に…。
「お兄さん。それより集中してくださいよ」
「ああ、うん」
そうだ。
手は動かしてるけど、だからこそこんな時に、つまらない失敗は出来ない。ちゃんと目の前の事を優先しないと。
それに、マリーに心配そうな表情はさせたくない。
努めて、冷静にだ…。
丸猫屋の内情としては問題が起きているけど、外面としては特に変わった訳じゃ無い。
お客さんにとっては、いつもの丸猫屋。
それを前提に、今後の事を考える必要がありそうだ。




