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社会での役割2

 お国の為に? 人々の為に?

 馬鹿馬鹿しい! そんなものは、貴族や役人がやればいい。なぜ自分達が、そんな事を考えなければならん! 商人なら、儲けてなんぼではないか。

 こういう考えの人達も、もちろん存在するはずだ。これだけの人口を抱える国にしては、かなり少数と言えるだろうが…。丸猫屋の方針が、この国の誰にとっても合う訳じゃ無い。

 それは、店自体の雰囲気に関してもそうだ。あの騒がしさを、好きな人達は確かにいる。けれど、そういうのが嫌いな人も居る。

 どうしたって、万人受けするものは作れないと言う事だ。

 そういう意味でも、丸猫屋だけが大きくなりすぎるのは、あまりよく無い事だと言えるだろう。


 丸猫屋は、良く言えば特別、悪く言えば異端でもある。

「はあ…? それでも店なのかよ」

「申し訳ありません。当店では、交渉による値引きは一切行っていないんです」

 だから、この国における普通の事が出来ない時もある。

 こういう値引きがらみのトラブルは、それこそ最初の村で露店をしていた時からあった。

 交渉事が単に好きな人。少しでも安く買わなければならない程、切羽詰まっている人。理由も考えも様々だろうけど…なんでも値切って当然と言う考えの人も居る。

 そういう考えの人達は、丸猫屋をつまらない店だと思うだろう。

 それは丸猫屋の価格が、他の店で値切っても届かない程、安かった場合でも変わらない。値切り交渉自体が楽しいって人も居るんだ。うちは楽しく買い物を出来る工夫をいくつか取り入れているが、同時に一部の人に対しては、他店では当たり前に得られる楽しさを、提供出来ていない事になる。

 それでもそういう形式を採っているのは、そうする理由があるからで…。

「何言ってんだ? 俺の知り合いが、この前ここで値切って買ったって言ってたぜ」

 だから、こういうトラブルは非常に困る。

「…それは、大変申し訳ありません。すぐに従業員に確認して」

「あーもういい、いいって。めんどくせえ」

 そう言って、お客さんは帰って行ってしまった。今の人には、本当に申し訳無い…。

 今回の事、原因は見当が付く。

 合わないって言うのは…何もお客さんに限らない。


 俺は、心当たりのある従業員に、話を聞きに行った。

「ああ、まあ俺だろうな」

「また…ですか」

 この人は、最近雇ったメンバーの一人だ。既に初老で、商売の経験も豊富。自分の店も持っていたそうだ。訳あってそれを畳み、今はうちで働いている。

「以前もお願いしたのですが」

「わーかっとる。だがな、お前の経験と俺の経験、どちらが豊富だ? 心配せずとも、利益が出ないような交渉はせんわ」

「………」

 やはり、わかってくれていない。

 丸猫屋は、その名前で信用を売るチェーン店だ。価格なども、各店で調整し、地域格差が出ない様に、売買が活性化するように努めている。

 だから、勝手な値引きはご法度だ。

 うちは規模が大きい分、従業員も色々な人が居る。商売が得意な人ばかりでは無い。皆が皆、原価を把握し、手間賃や運搬費を把握し、上手い事交渉が出来る訳では無いんだ。

 商売人では無い人間も働いている店、と言ってもいいかもしれない。

 そんなうちが、各店員による値引きを良しとすれば、経営が傾くのは必至だ。これはずっと前から、徹底してやって来た事。でもたまに居るんだ。会社の意向に意見を言うどころでは無く、従わない人というのが…。

 大抵は、今回みたいに経験豊富な人材が、若い店長なんかに対してそうする場合が多い。俺はそうは思わないから、指示には従わない…といった具合だ。会社は各商品の専門家が増えれば、取引先との交渉に役立つ事があったり、従業員全体の知識も増えるしと言う事で、率先してそういう経験者を雇い入れる。でも時に、こういう事になるリスクもあるんだよな。

「…また一度、腰を据えて話しましょう。とにかく今後一切、個人交渉による値引きはしないで下さい」

「はいはい。もういいか」

「はい。一度これで…」

 相手が曲げるつもりが無い事に関して、こんな立ち話は無意味だ。最初から聞き入れる意志が無い。

 俺はその場から離れつつ、思考を続ける。

 まあでも…こういうトラブルならまだ良い方かもしれない。元の世界でもよくあった事だから、ある程度落ち着いて対処も出来る。

 ただこの人については、早く対応を決めないとな…。

 すでに値引きだけでなく、ちょっとした木工製品の修理なんかを、勝手に引き受けたりもしてしまっている。そうする事で、客は贔屓にしてくれるもんだと言うが…それはメリットだけを見た場合だ。うちが…丸猫屋がサービスでそれをすると言う意味がわかっていない。

 技術だって、物と同じ様に価値がある。売り物の一つなんだ。

 どこかの個人店が、上手くやりくりするならまだ良い。

 でも丸猫屋が、技術を無料で提供すると言う事は、その技術の価値を下げる行為に等しい。

 どの店舗でも、同じ様にいつでも買い物できる。それがチェーンストアの基本。そこでそんな事をしてしまったら、最悪その技術が、国全体で価値を持たないものとして浸透する可能性だってある。

 値段を安くし過ぎ。何でも無料にし過ぎ…。

 やり過ぎは毒だ。時にそれは、誰かの職を潰す事にもなり得る。無料で提供する場所が無くなれば、そのうち有料が当たり前に戻るし平気…では無いんだ。影響力が大きいチェーンストアでは、そういうところにも、細心の注意を払わないといけない。

 この件は…どうするか。

 最悪、解雇するしかないけど…。

 この世界では、問題なく実行できる行為とはいえ、出来ればしたくない。せめて話を付けて、即時では無く、次の職を探してもらうまで働いて貰って…。

 本当…悩みは尽きないな。

 

 店なんて、結構単純に出来ているのに…なかなかスムーズにはいかないものだ。

 それでもこうやって、見知ったトラブルが増えていると言うのは…。一応計画通りに、俺の知るチェーンストアが出来てきている…って事なのかもしれない。

 職場環境がある程度確立された企業では、問題になるのは大抵対人関係によるものだ。

 俺は、それももちろん知っていた。


 それなのに、なぜこうも無力なんだろうか。

「お兄さん! 大変です!」

 この日は、特に何でもない朝のはずだった。


 丸猫屋の従業員が…居なくなった。


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