俺は、この世界で
夢。
今日もいつもの夢を見ている。
勇者は死力を尽くし、暗い塊と対峙している。
けれど、相変わらず押され気味で、今日も変わらず悲しい結末となるに違いなかった。
しかし、最近どこか違和感を覚える。
この夢を初めて見た時と、何かが違う気がするのだ。
これといったわかりやすい違いが有るわけでは無い。
だから、ただの気のせいという可能性もある。
でも、何かが引っかかる。
そもそも、この夢は、一体何なのだろう……。
また、平和な日々が続いていた。
先日の一件以来、特にこれといった事件は起こっていない。
マリーの店が、再び破壊されることも無いし、逆に犯人が自首してくることも無く、そのあたりは曖昧なままだ。
そして市場の方だけど、こちらも可もなく、不可もなくといった状態だ。
お客さんが手に取りやすく、目に留まりやすい配置を試した。
今まで無表情で接客していた皆を、なけなしのギャグで笑わせて、そのまま接客してみましょうと提案した。
小さな規模での販売戦略と言うのは、本当に些細なことの積み重ねなのだ。ほんの少しの安心感や、信頼感が、それ相応にほんの少しだけ売り上げを伸ばす。
市場全体の売り上げは、おそらく一応右肩上がり、と言った程度だと思う。
でも、いつまでもこのままとはいかないと思う。
成果が微妙すぎるし、そのせいか今でも、俺の提案を全く試してもらえていない店もある。
そう、試してすらもらえないんだ。結局俺は、この市場にとって異物のままで、浮いた存在だった。
もう、ここへ来て数か月は経っているのに……だ。
生活自体は、また改めて安定してきた。そろそろ何かを変えないといけない。
例えば、俺がずっとしたいと思っていることがある。
それは、この村から数日歩いた先にあるという、町を実際に見て来ることだ。
はっきり言って、これは例の事件が起きるより、さらに前からやりたかったことだ。でも、未だにやれていない。
それは、ひとえに情報不足のせいだった。
実はこの村には、町に詳しい人がほとんど居ないのだ。それどころか、町に行ったことすら無い人が、過半数を占めている。
さらにここ数年、という縛りを設けると、町へ行った人はいないという有様だ。
確かにここでは、ちょっとそこまで、という程度の感覚で、町まで出かけることはできない。でもだからといって、おそらく競争相手であるはずの町を、全く把握できていないのは問題だった。
ならさっさと行けと言われそうだが、片道で数日かかる道中、しかも道はあるらしいが、実際には見たことが無い。
お客さんにそれとなく聞いて、泊まれる宿はあるだとか、ある程度は調査もした。
でも、町のことを根掘り葉掘り、お客さんに聞くわけにはいかない。
また悪目立ちして、市場の皆から顰蹙を買いそうだし、そもそも失礼だ。
そして結局情報が無ければ、町の市場調査ができるかもわからないし、一人で無事帰ってこられるかすら分からない。
何といってもここは異世界で、魔術やらが普通に存在する世界なんだ。
ようするに、俺はビビッていた。
誰か一緒に町まで行ってくれれば良かったが、みんな生活のために必死で店を営んでいるのに、市場全体の為に調査へ行きます。だから付いてきてくださいとは言えない。
皆自分の食い扶持を稼ぐので精一杯なんだ。
そしてそれは、町へ俺が行くとした場合、直接迷惑を掛けるであろうマリーも同じだった。
主に金銭面で……。
だからこそ、せめて得られる見込みのある成果を、あらかじめある程度知りたいんだ。
あれこれ理由を並べてはみたけれど、結局俺は何かを変える決心が付かずにいたんだ。
このまま、のんびりと暮らすのも悪くないかもしれない。
もう少し、市場の皆と打ち解けてからでも、遅くは無いかもしれない。
案外このまま、できる範囲のことだけやっていれば、村の市場が良い具合に立て直せるかもしれない。
でも、俺は分かっていた。
このままではいけない。
今と同じ平和な毎日を維持したいのなら、そのために今とは変わっていかないと駄目だということを分かっていた。
何か、キッカケが欲しい。俺はそう願った。
だからこれは、重要な決断を自分でしないで、理由を他に求めようとした。そんな優柔不断な俺への、罰なのかもしれない。
今日もそろそろ日が暮れる。けれどもまだ夕方ではない。
そんな時間帯だった。
俺は、この世界で初めて見る何かを眺めていた。
ほんのりとオレンジ色になりかけた空に、それは同化するようで、少しばかり見えづらい。
でも確かに、それは空で赤みがかった光を発していた。
いつからあったのだろうか。
まだ明るいから、長い間気が付かなかったのか、それともちょうど今現れたのだろうか。
俺は、特になんでもない風に、マリーに聞いた。
「マリー、あの光だけど、何なのかわかる? 俺の知ってる物だと、照明弾ってああいう風なのかなって感じなんだけど」
「はい? どれです?」
「ほら、あれだよ。確かに少し見づらいけど」
「だから、どれ……で……す……」
マリーが、片付けのために持っていた剣を、手から地面へと滑り落とした。
金属が硬い地面や他の商品にぶつかり、騒がしい音が静かな市場全体に響く。
そしてその静寂を壊した音は、同時に、このひと時の平和を壊す音になった。
騒ぎが広がるのは、一瞬だった。
音につられてこちらを見たみんなが、続いてマリーの見ている方向を確認し、そして最初は誰もが呆然とした表情になった。
ついていけていないのは、俺だけだった。
その後は、少し反応が別れた。
一部の人たちが、これ以上ないほど慌てた様子で、声にならない声を上げながら、荷物をまとめ始めたのだ。
そして、ほとんどの人は何かを諦めたような表情になり、その場でへたり込んだ。
俺は、あの空に浮かぶなんの変哲もない光が、何かの絶望を示しているのだと悟った。




