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社会での役割

 平和な晴れの日。今も店内は、従業員がせっせと働いでいるだろう。

 しかし俺は、その裏にある一室の前に立っていた。

「お兄さん、準備の方は…大丈夫ですよね」

「もちろん」

 扉をくぐり、部屋へと足を進める。

 今日は、前々から準備していた“あれ”の日だ。


 大きな企業と言うのは、時に国にすら影響を与える事がある。それは、小売店であっても変わらない。

 企業の規模が大きければ、それだけその国にとっても、大きな存在になってくる。小売店なら、物の価格や、従業員への賃金、扱い…。そう言ったものが、その企業を基準にしたものに変わって行く事もある。

 それは、一つの権力に等しい。

 自分達の企業で国中を制圧でもしてしまえば、あとは物の値段を吊り上げようと何をしようと、一般の人々はどうする事も出来ない。独占や寡占と言われる状態だ。そしてこれは、あまり良い事とは言えない。

 物の正常な流通…これを大前提に、誇りを持って企業を動かしてくれる人がトップなら、一応は問題ない。しかし人は歳を取るし、会社の内部も、常に変化を続けていく。自分達の利益だけを考える悪徳企業に、いつその企業が変貌してもおかしくないんだ。

 それに、人間はどうしたって完全じゃ無い。その気が無くても、いつの間にか間違った方向へ進む事もある。

 正しく競争できる相手が居てこそ、その業界全体が、より早く大きくなるんだ。

 俺達の目的は、この国…この世界の活性化。

 そして丸猫屋は、今この国で、一つ抜けて大きな企業になっている。俺やマリー達が居る限り、おかしな暴利をむさぼったりはあり得ない。でも未来は違う。どうなるかなんてわからない。

 どんな時でも、代わりの利かない何かを抱えるのは良くない事だ。仮に丸猫屋がどうにかなっても、代わりが居る。国の商業は問題なく循環し続ける…そうなって貰わないといけない。

 そして、商業全体が活性化するのは、間違いなく丸猫屋にとっても良い事なんだ。お金も、物も、今より回るようになるんだから。

 …前置きが長くなったな。

 つまり大きな企業と言うのは、そういった目的の為、とある事を行う時がある。

 企業が上手く行ったノウハウや、仕組み…そういったものを他社の人間に公開するんだ。

 それが…いわゆる講演会、またはセミナーなんて呼ばれるものだ。


 目の前には、足を運んでくれた商人達が座っている。皆今回の呼び掛けに興味を持ち、商業についての話を聞きに来てくれた人達だ。

 今日ここで、俺は丸猫屋をここまで大きくしてきた仕組みや、考え方なんかを話している。

 ここから先は、丸猫屋だけが大きくなり続けても駄目な段階。国の為に、うち以外の商人達を引き上げる時だ。

 本当は効率だけで言えば、もっともっと早くから公表し、商売の発展に加速をかけたかった。

 でも、何の結果も出してない段階の丸猫屋が情報を出したところで、そんなものは怪しい宗教みたいなものだ。これまでも、丸猫屋自体を大きくする時に注意してきた事だな。

 そして今、満を持して情報発信をしている。

 今回話しているのは、丸猫屋が実際にやっている事ばかり。誰でも店に行って貰えば確認出来るし、信用度も増すはずだ。実地体験として、うちで短期的に働いて貰う用意もある。

「このように、店ではただ商品を並べるだけでも、様々な工夫を施す事が出来るんです」

「ちょっといいかい!」

「はい、どうぞ」

「さっきから初めて聞くような事ばっかりだけど…あたし達に嘘教えて、自分達だけ儲けようって魂胆じゃないだろうね」

 まあ…それでもこういう質問は出るよな。

 向こうからすれば、俺が自分の店の儲け方を、ライバルに教えている事に変わりは無いんだ。信用できないのも無理は無い

 でもこれは…想定内。

「…皆さんの中に、王都以外の町を知っている、または地方出身の方はいらっしゃいますか」

 俺はあえて質問に答えず、逆にそんな問いを投げかけた。

 事前に分かっていた事だが、今日は王都以外からわざわざ聞きに来てくれた人が居る。自分の居る町の活性化の為、少しでも何か得られればと、はるばる足を運んでくれたんだ。これも、長期的に根気よく告知をしたからこそ…。そして、これから話す事が、間違いでない証拠でもある。

「ありがとうございます。数名ですが、いらっしゃるようですね。丸猫屋は、元々は小さな村で始めた店です。おかげで知っているのですが、今なおこの国の地方では、満足に物資が行き渡っていない場所もあります。日々何とか、細々と暮らしている状態です」

「うちもそんなとこだ」

「こっちはそれほどじゃないけど、余裕なんてやっぱりないよ…」

「そうですよね。そういう村や町は、まだ数多いです。丸猫屋は、そういう場所に物を行き渡らせる為、これまでいくつも店舗を増やしてきました。しかし、それも限界があります。うちも皆さんと同じ単なる店の一つです。とてもでは無いですが、手が行き届きません」

 俺はここで、先程質問をくれた人の方を見て答える。

「そこで、今日こうした場を設けました。私は、この国全体がもっと発展して、どんな辺境の村の人でも、お腹いっぱいにご飯を食べる事ができ、遊びに興じる事まで出来る…。そんな国になって欲しいと思っているんです」

「………」

「まあ、そうですよね。まだ半信半疑の方もいらっしゃると思います」

 俺はこの反応に…こっそりと安心していた。やはりこういう呼びかけに、一回目で反応してくれる人と言うのは、なかなかに聡明な人が多いんだろうか。

 俺の話を聞いて、鵜呑みにしない。これで良いんだ。

「それで問題有りません。なぜなら俺の言った事は、間違いかもしれないからです」

「はい!?」

 マリーが声を上げてどうする。

「ただし、事実である事は間違いありません」

 今度はマリーが、納得のいったように息をついている。こういう反応、状況によっては困るけど、やっぱりマリーの良いところだよな。

「つまり…この成功例も、使ってきたやり方も、間違いなく事実です。ですが、同じ事をして、同じ様に店が儲かるかはわかりません。なぜなら、まだこのやり方で成功したのは、丸猫屋たった一つしかないからです」

 チェーンストアのノウハウなんて、別に完璧でも何でもない。まだまだ各企業が切磋琢磨し、効率化を図っている最中だった。

「だから、皆さんには今日の話を、ただ参考にして欲しいんです。店のやり方の一つとして…。取り入れたい部分や、ご自身が信じられると思った点だけを使っていただいて構いません」

 これは、最初の一歩を手助けする為のセミナーだ。

 きっとこの世界でだって、そのうち一山築いてやろうって商人は出てくる。そのタイミングを、前倒しするためのものに過ぎない。

 元から野心のある人なら、今回の話を糧に商売のレベルを…切磋琢磨の段階を、丸猫屋と共に引き上げてくれるはずだ。

 別に、必ずチェーンストアを築いてもらう必要も無い。

 多くの店が活発に商売をする事により、結果的にお客さん達が得をする。すべての人が好きな時に、好きな物を購入する事が出来るようになって行く。それが進めば進むだけ、国全体が活気づいていくんだ。

「これから皆さんが、丸猫屋の良きライバルになってくれる事を期待します! 共にこの国を、盛り上げていきましょう」

 会場から、パラパラとまばらな拍手が起こった。

 この、まだまだ半信半疑な人も多い感じ…。最初の村での事を思い出すな。

「では、質疑応答の時間にします。何か質問はありますか?」

「それなら―――」

 それでもこうやって、実のある話をする事が出来る。

 だからきっと、この世界は大丈夫…。

 この日、俺はまたほんの少し、そう信じる事が出来た。


 これからも、丸猫屋に出来る事を全てやっていこう。これまでに得て来た資産や人材、すべてを駆使して…。

 それがこの世界における、俺達の役割のはずだから。

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