その女子会で
普段通りの仕事中…。
「しょーう君っ」
「イエロー、お疲れ」
出張からイエローが戻ってきた。
「どう? 変わりない?」
「うん。あ…そういえば、今日珍しく皆休みだよ。多分寮に居る」
皆と言うのは、マリー、アンシア、ローナの事だ。
最近はこのメンバーが居ないとって事も無いし、練習の意味も含めてこういう日もある。
「そっかー。じゃあ顔出してこよっかなー?」
「うん」
「…」
「…どうかした?」
イエローは、なぜだか返事とは異なり、その場から動こうとしない。周りを気にしたり、俺の方をじっと見てきたりしている。
「…翔君、ちょっと」
そのまま俺は、引きずられるように売場の端へ。
「………」
「えー…イエロー?」
「翔君…マリーちゃんの事どう思ってる?」
「…それは」
マリーの事をどう思っているか。この唐突な問いに…しかし俺は、これが指す意味に当たりが付いていた。
先日…目の前の彼女から向けられた言葉を思い出す。
この質問は、夫婦だとか、男女だとか…そういう風に考えているかと言う事では無いだろうか。
俺がどう答えたものか迷っている間も、こちらを見透かそうとするかの様に見られている。俺は交渉事の癖か、内心を悟られない様に表情を保ちつつ、それを見つめ返していた。
「………っ」
するとイエローが、勢いよく頭ごと視線を外した。
さらっと答えるならここか。
「マリーの事は、大切に思ってるよ。これからも関わりが無くなるって事はないだろうし、ちゃんと守ってあげないとって気持ちもあるかな」
顔はそむけたまま、横目でこちらを見るイエロー。
「なにそれ」とでも言われているようだ。
まあ、予想が付いていながら、あえてそことずれた返事をしたからな…。そういう事じゃ無いと思われて当然だ。
「いいよ。あたし寮行ってくるね」
「いってらっしゃい」
まるで納得いってないようだったけど、そう言って店から出て行ってしまった。
「…さて」
俺は再び仕事へと戻る。
こういう理屈では無い…感情に関するやり取りは、やっぱりどうにも苦手だ。
そんなやり取りがあってから、小一時間…。
そこそこのお客さんは居ても、静かではあった店内に、慌ただしい足音が響いてくる。
方向からして裏の方からなんだけど…まさか走っているのは従業員だろうか。
「あいあああいいいいいい居ましたねお兄さん!?」
…と思ったら、まさかのマリーだった。
目はあったが、かなり距離はある。商品棚がそういう吹き抜け配置になっているから、こういう事も多い。
もうあれだ。丸猫屋は新しい何かだな。
少なくとも俺の知るチェーンストアは、不要なトラブルはご法度。こうやって騒ごうものなら、滅茶苦茶に注意されてもおかしくなかった。
それがここでは、こういう騒ぎもお客さんが笑ってくれる。まるでそう…文化祭の出店みたいだ。
一応建前上は、気を付ける事になってるんだけどな…。
そろそろそれ自体、改訂するべきか…? いや、さすがに敢えて騒いで良しとするのはおかしいか。
でもお客さんにも、賑やかな方が良いって人が居るんだ。
これは間違いなく、一つのアリな形だと思う。
「ちょっっとこっち来てください!」
そして俺は、先程同様隅へと引きずられていく。
「…また安易にいらない事を口走りましたね?」
ジッと、咎める様な視線を向けられていた。
さっきもこんな事があったな。とはいえ…。
「いや、本当に心当たりないんだけど」
そして今、“また”って言ったよな。そんな普段から失言が多いのか? そんなまさか…仕事の評価とはそれなりに良かった。変に機密を漏らしたりなんて事は…。
そうなると、やっぱり感情とかそっち関連か。
「わっ、私の事その…。そう! あの時の事言いましたね!」
「落ち着いて。まず誰に?」
「イエローさんですよ!」
イエロー?
だとすると、今日言ったかって事だよな多分。いつの事かはわからないけど、さっきの会話では“あの時”と表す様な過去の話はしていない。
「言ってないよ。と言うか…そこまで慌てる様な秘密? なんて何かあるっけ」
「な゛っ…あ゛…っ!」
信じられないと言う顔だ。ワナワナと震える…なんて表現は、こういう時に使うんだろう。
そして意を決したように、ずんずんと距離を詰めて来た。そのまま耳元に顔を寄せてくる。
「あ…あの…塔の上の事ですよ」
近距離からの、囁くような声。あの時の事は、確かに言いふらすような事では無い。そしてもちろん、俺は言ったりしていない。
入れ替わるように、俺はマリーの耳元へかを追近付ける。
「はひぇっ」
変な声を出さないでほしい…。顔も近いし、さすがにびっくりしてしまう。
「いや、やっぱり言ってない」
一歩下がり距離を空けると…。
勘違いじゃ無ければ、少しマリーの顔が赤い気がする。
ま…待て待て。そっちからやって来た事なのに。
それに普段だって、それなりに距離が近い時はある。いつも平気な顔してるのに、なぜ今に限って…。
「じゃ、じゃあ…なんで…」
「俺が今日イエローに言ったのは…マリーとはこれからも一緒だし、ずっと守って行く…みたいな事かな」
「な゛あ゛あああああああああ!?!?」
マリー、ここ店、営業中…。
なんでこんなに慌てた風なんだ。
確かに台詞は結構クサい事を言ってるし、なかなかあれだとはわかる。でもこれだって、今まで色々あった中で、すでに明言してる事。特におかしくない…はずだ。
マリー達を守るのなんて、当然の事だし。今はその為に、世界を何とかしようと気力が湧いているところもある。
…とりあえず、騒ぎ続けているマリーを止めるか。何度か、すごく大人に見えた瞬間もあったんだけどなあ。こうして見てると、やっぱり子供の様に見えてしまって―――。
「何をしているんです」
「大体色々っ…あ…」
「マリーさん…あなた今日は非番でしょう。それがこんなところで…営業妨害です」
「ぐ…ぬ……」
横から声を掛けて来たのはガイルだ。彼の言う通り、さすがに騒ぎ過ぎたな…。
「ごめん。マリー、仕事に戻るね」
「…すみませんでした。私も戻り…ます」
「ん」
マリーもガイルも、お互い何か言いたげにしつつ…そのまま二人とも、別の方向へと離れて行った。
この二人…妙にウマが合わないみたいなんだよな。二人とも割り切って、仕事ではきちんと話もするみたいだけど、やっぱり少し心配だ。
あとは…。
「4人とも、今は俺も強く言えないけど、仕事に戻るように」
商品棚の陰から、ひそひそとした話し声や、逃げていく足音が聞こえてくる。
思いっきり覗き込んでたし、さすがに気付いていた。マリーは…ずっといっぱいいっぱいだったし、気付いていたかわからないけど。
向かって左に3人、右に1人。1人の方がリィンで、3人の方が残りの新人組だ。
アルまで一緒になって…。まあ普段は真面目で、こういう時同期と一緒になって仲良くやれてるんだから、良い事か。
それにしても…覗いていて面白い事なんてあったのだろうか。
今日はなんだか、マリーの反応もおかしかったし、不思議な日だったな。
あれではまるで………。皆で集まって、また変な事でも話したのだろうか。
そういえば、何も知らない人から見て、俺とマリーはどういう関係に見えているのだろう。
本当の兄妹?
でも、髪の色も違うし、歳も結構な差だ。
あるいは、もしかしたら…。
…。
それこそ…ない、よな。




