買い物は
店全体の把握、そして適切な判断、指示…。
それを成すために、店長は売場の巡回を欠かせない。逆に売場を歩けないほど書類仕事があるようなら、どこかに無理が出ている証拠だ。
だからこうして今日も見回りをしている訳だけど…その甲斐あって、何かに気付く事もある。
あれは…なにをやってるんだろうか。今は仕事中のはずなんだが…。
「やっぱりそうですよ」
「何か秘密がありそうですわね…」
とある売場を見つめて、肩を並べる二人。ジャドとクイーナの姿がそこにあった。
意外に…と言うのか、普通に仲がいいよな…。
仕事中の関係としては、基本ジャドがクイーナに使われてるだけなんだけど。
…これ以上ただ見ている訳にもいかないし、注意するしかないか。
「ジャド、クイーナ。どうかした?」
「店長! 僕たち凄い発見をしてしまったんです!」
「発見…」
ジャドの隣では、クイーナが誇らしげな顔でうんうんと頷いている。
やっぱり、サボっているつもりは無いんだなあ…。
「気付いたんですけどね、この店の商品って…」
「……」
一体何に気付いたと言うのか、俺は念のため身構える。もしかしたら、この世界にとっては良くない売場などがあったのかもしれない。
「同じ値段の物がすごく多いんです! なぜなんですかっ?」
「……………」
「どうしたんですの? …まさか! これは貴方すら気づいていなかった新事実…!? 何かのミステリーですわね!」
「もしかしたら、こんなに大きい店だし…何者かの陰謀かも!」
「それです! 私達、お手柄かもしれませんっ」
「二人とも…」
本当は仕事の進捗を聞いて、それに戻って貰うつもりだったけど…。
「いい機会だから、ちょっと補習しようか」
「「おおっ……ほしゅう?」」
二人して、ポカンとした顔だった。
…そこは息を合わせなくて良かったんだけどなあ。
均一ショップと呼ばれる店がある。
その名の通り、ほとんどの商品が同一の価格で置かれている店を指すが、これも明確な狙いあっての事なんだ。
その狙いと言うのは、これまた色々あるのだが…。
ひと言で表すなら、“買い物を楽しんでもらう”為だ。
これは、決して冗談なんかじゃ無い。
買う物を選ぶ時、何を基準にするだろうか。その中の一つの要素が、値段だ。
迷ったけど安い方、もしくは、家計に余裕がないから、一番安い物しか買わない…そんな人は少なからず居る。
値段がバラバラだと、そういう人達の印象が、困ったものになる事がある。「この店は品揃えが悪い」と言うものだ。これは一番安い物、もしくは許容できる範囲の値段以外を、脳内で除外して考えてしまう事によって起こる。
そしてそれは、ある意味正しい。その人にとっては、選べる対象がそれしかないんだ。
ここで生まれたのが、価格を揃える方法になる。
もちろん、まるで質や価値の違う物を、同じ値段する訳では無い。でも、別メーカーの同程度の商品だったり、ちょっと材料費が異なる、形違いの何かだったり…。そういった商品の値段を、同一のものに調整するんだ。
すると、いつも一番安い一種類から選んでいた人が、何種類もの商品から選べる様になる。これはその人の主観では、品揃えが増えたのと同義だ。そうなれば、店の評価も上がり、良く来店してくれる様になる可能性も出てくる。同じ様な値段なら、選べるものが多い店へ…となるからだ。
この手法は、均一ショップじゃなくても、多くの店で使われている。ここからここまでこの値段、そこからはしばらくその値段…なんて売場は多い。
丸猫屋もその一員だ。
値段ひとつ取っても、ただ適当に儲けが出るように決めてる訳じゃ無い訳だな。
うちみたいな量販店がやっていくには、リピーターを増やすのが重要になる。
そうなる為の工夫も、きっちり取り入れて来てる訳だ。
…。
と、俺は二人に説明をしたのだが……。
「………」
「………」
ピンと来てない顔をしてるなあ。
「ちなみに、一度研修でやりました」
「あ、あら…?」
「覚えてませんでした…すみません」
仕事は実際にやりながら覚えるのが一番早い…なんて考え方もあったな。
テキストじゃてんで覚えられないって人も、実際割と居るし。
「いいよ。今こうして覚えたでしょ?」
「…」
「…聞いては…いたつもりなんですけど」
「どうにもわかりませんわ。別に値段が違っても、好きな物を買えばいいじゃありませんか」
「はは…僕はちょっと違うんですけど…。買い物を楽しむ…って言うのが、よくわかんないかなって」
「…そのうち、わかってくるよ」
この二人、反応は似ていても、そうなった背景は大きく異なる。考えている事もまるで違うだろう。
クイーナは、言っていたそのままの通りに思っているのだろうし、ジャドの方は、今まで必要に迫られた買い出ししか、おそらくした事が無かったんだろう。
そしてここ王都はともかく、この国には、ジャドの様な人がたくさん居る。
だからこそ、経済を回すために…楽しくお金を使える環境が必要なんだ。
やるべき事は、丸猫屋自体のことだけに留まらない。
あれへの参加者も、多いといいけどな…。
今はまだ告知を始めたばかり。反響がある事を願おう。




