商品陳列ルール2
なるほど…やっぱりリィンは将来有望かもしれないな。
「………っ」
目の前の彼女は、悔しそう…と言うより、目に見えてイラついている。つまり、現状がわかっていると言う事だ。これだけでも、上司側としてはありがたい事なんだよな…。
リィンとの取り決めから、約ひと月…。俺は、彼女が担当するエリアを観察してきた。
まず初めに…リィンは自分の思う良い売場に大改造…なんて事はしなかった。少し心配していたけど、ここは一安心だったな。
売場の変更なんて、お客さんからしたらそこにある商品を買い辛いし、邪魔でしかない。期間は一か月。その買い辛さのせいで売り上げを落としていたら本末転倒になる。
そこまで考えた訳じゃ無くて、面倒だっただけの可能性はあるけど…結果的には良しだ。
だから彼女が自分の考えで手を加えたのは、元から売場を弄る予定だった数カ所。新しく仕入れた商品を足すだけのものから、完全に棚を全部入れ替えるものまで様々。
内容としては…なるほど意図が感じられるものだった。
目立つ物を目線に…と言う部分はそのままに、売上が元から良い物を、一緒にその場所に並べている。あまり売れていかない物を、とことん下へ上へと弾いた形だ。基本の考え方は合っている。ちゃんとそこは、理解してくれていたんだ。
しかしそれでも…その売場はあまりいいとは言えなかった。
例えば、売れ筋の商品の中にも色々ある。それが大きくて重い物だった時、どこに置くべきか。それは目線の高さとは限らない。大きさによっては多少下の方が取りやすいし、重たければ、落下時の危険性を考えても、むしろ最下段にするべき時もある。
それから、やはり視線誘導の話。この売場は、下の方の棚が死んでいる。
色違いがずらりと並ぶ棚も、並んでいれば欲しいのを買うと言っていた通り、横並びで、目線の高さに良く売れる色が置かれていた。商品補充の楽さも狙いだろう。
実はこれ、その売れ筋の色だけは、売上が上がる事も多いんだ。やはり目立つし、それだけ印象に残る。横に長ければ、目線がそこを走る分、気付く人も多くなる。
それでも…全色辺りの売り上げは大抵落ちる。
それは、売れ筋と言っても、すべての人がそれを求めている訳では無いからだ。例えば、一番人気の色であっても、その色であれば何であれ買わないと言う人も居る。
そうなるとすぐ下に自分の好きな色があっても、通りがかりでは気付く事が出来ない人も、多かれ少なかれ出てくる。
それはつまり…買って貰える可能性を捨てたのと同義だ。
それでは、売上には結びついていかない。
こうしてリィンのやった事を振り返ると、ちゃんと研修で教えた内容は覚えた上で、自分が納得できなかった所だけ試しているのがわかってくる。
自分の目線の高さが見やすいって部分はともかく、縦横の問題なんかは、いや全部見回すでしょうなどと言って、研修時に納得出来ない同僚も多かった。元の世界じゃ、こうやって売上落としてまで試していい…なんて事あり得ないし、今でも納得していないかもしれないな。
でも、リィンは実際に経験する事が出来た。
「…納得は出来そう?」
「…」
すごく睨まれている。別にかまわないから良いけど…気持ちもわかるし。
俺が異世界転移者だと言うのを、リィンは知らない。他にも知らない人は居るし、むしろ今となっては、知らない人の方が多いくらいだ。誰にでも言う様な事じゃないしな。
だからリィンは、この知識を、だかが一人の商人による、個人的考えだと思っているはず。これまで丸猫屋みたいな店は無かったんだから、当たり前の事だ。たまたま、ここまで成功してきただけと思うのも仕方がない。
教えてもいいんだけど…必要があればかな。
もう今の俺は、どこから来たかわからない怪しい奴って訳じゃ無い。
丸猫屋のトップとして皆に知られている以上、迂闊な事は出来ないし、それはもはや立派な立場だ。
「これについては、店長が正しいのかもね」
「じゃあ」
「でも! 納得いかない事はしたくない! それは変わんないから!!」
「いいよ。その度に試させてあげられる訳じゃ無いけど…疑問はどんどん持って構わない」
むしろ関心があって、良い事じゃないか。
上手く話せば、ちゃんとサボらず仕事をしてくれる日も遠くなさそうだ。
「……むかつく」
…いや、本当アタリが強いな。
先日のアンシアの件だけが原因か?
まさかとは思うけど、他にも何かやってるんじゃ…。
おっさんだからか? だから気持ち悪いとか、普通に話したくないとか思われているんだろうか。思春期的な…?
そういえば…マリーとかアンシアには、そういう時期が無かった気がする。その頃は、今ほどおじさんでも無かったけど…。いや、今もおじさんのカテゴリーの中では、若い方だが。
…もしかしなくても、俺が丸猫屋事業に巻き込んだせいで、そんな思春期的な年頃を潰してしまったんじゃ。
あの二人も今や二十歳を越えているのに、浮いた話の一つも聞かないし…。
「…店長」
「ん、何?」
「…なんかきもい」
「…」
顔に…出てただろうか…。
実際俺は、表面で何かしながら、脳内で考え事をする事が多いし……気を付けよう。
今回のアルとの比較の件は、言うまでも無くリィンの負けで終わった。
彼女もそれがわかったから、あんなに悔しそうだったんだろう。
でも正直なところ、自分の居た世界の知識がどこまでそのまま使えるのかは、俺にもわからない部分だ。
リィンを利用するような形になって申し訳なかったけど、今回の事は、丸猫屋にとって有意義な調査になったと思う。
…ところで、俺が掛けた保険の件。
はっきり言って……このリィンとのやり取り、アルの売上増減と比べる必要は無かったんだ。リィンの考えが合っているかどうかは、ただ彼女の売上だけ確認すればいい。それでも上手く行ったかはわかる。むしろ、この場合それが正しい確認方法だ。
それでも商品の並べ方勝負の様にして、アルと比べると提案したのは……シーズン売上が関係するから。
この場合だと、ちょうどこのひと月、アルの担当する商品はたくさん売れる時期で、リィンはかなり不利だった…と言う訳だな。
飲み込みは早いみたいだけど、リィンは入社してまだ間もない。さすがにこれはわからなかったみたいだ。
…いや、だって万が一これでリィンが成果を上げて、この先何も言う事を聞いてくれないんじゃ困るしな。
何度も考えてる事だけど、こんな汚い事考えるようだから、俺は勇者みたいな役回りになれなかったんだろうなあ…。
………それはともかくだ。
これでリィンも、ある程度仕事をサボらない様になってくれるといいな。
人間、人それぞれ。こうやって一人一人に向き合った方が、新人の成長も早くなる。
時間に余裕は無いけれど…まあ、出来る限りはやって行きたい。
そう遠くない未来、騙された事に気付いたリィンに、俺は憤怒の形相で迫られる…かもしれない。
…覚悟だけは、しておく事にしよう。




