商品陳列ルール
貴族や奴隷の階級が撤廃されて、早ひと月は経っている。
しかし、思いのほか国は平和なものだ。
小さな諍い程度はあるけど、市民運動とか、そういったものは起きていない。これは主体性を無くした国民性が尾を引いているのか、単に喜ぶべきかそうで無いのか。
いずれにしても、単に店を営んでいる分には、そこまで大きな問題は無かった。俺からは見えないところで、色々と起きているかもしれないが…。
「店長…」
「何?」
「これ…めんどいんすけど」
リィンが面倒だと言っている事。それは、陳列された商品の整頓。
すなわち商品整理だ。
「基本だし、やって貰うしかないけど…なんで面倒だと思う?」
「いや、だって意味ないでしょこんなの。そりゃめちゃくちゃになってるのを直すくらい、やるしかないかとは思うけどさ…。商品の向きがどうの、なんか置き換える時も決まりがどうのって…神経質すぎ。きもい」
「………」
先日の件以来、俺への当たりが強い気がする。
「要するに、そこまで決まりに沿って並べる必要は無い。そこが意味ないって思うんだ?」
「そ。欲しいもん置いてあれば買う。そんなもんでしょ」
「決まりに従って並べたって、売上は変わらない?」
「…違うっての?」
「…試してみる?」
「は?」
「ここからひと月、自由にしてもいいよ。それで、そうだな…アルの担当してる売場と、販売数の推移を競おうか」
「なんであいつと…」
うわ…心底嫌そうな顔してる。
「同期4人の中で、一番堅実に、決まり通りやってるから」
「そりゃそうでしょうね」
「もう理屈は教えた。それでも信じられないって言うのなら、試してみるしかないよね」
「…アタシ、それこそもっと綺麗に並べた方が、売上も上がると思うんだけど?」
リィン的には、もっと売れそうな並べ方があるって事か。
…なんだ。
案外売場の事を考えてるし、悪くないな。
「それも試したい? いいよ」
「ふぅん…ならやる。売上あがったら、もうめんどい事しないから」
「OK」
今は最大限の売上より、人材の教育を優先したい時期だ。
これも一つの投資…。リィンがどうひと月を過ごすか、見せて貰おう。
最近の店には、あらゆる根拠に基づいた工夫が取り入れられている。
これまでも、丸猫屋を大きくする上で活用してきた。今回も、その一つと言う事になる。
視線誘導を取り入れた商品の並び…これは大まかなエリアだけでなく、ひとつひとつの売場においても重要になってくる。
例えば人間には、基本的に視線が向く高さと言うものが決まっている。それは身長によって前後するが、せいぜい30センチ程度の差だ。その範囲に、目に留まる商品を並べておく。これだけで、お客さんが立ち止まってくれる可能性がぐっと高くなる。
商品を買って貰うには、まず見て貰わないといけない。そして人間と言うのは、見ているようで認識していないと言う事がよくある。つもりではなく本当に見て貰うには、止まって貰うのが確実だ。止まってもなお、目の前の棚にある目当ての商品が見つからない…なんて事もあるくらいなんだからな。
そして、ちょうどその話だ。どうしても、見えているようで、認識しづらい位置も存在する。
そういうところに、例えば良く売れる商品を置いたらどうなるだろうか。良く売れると言う事は、買う人が多いと言う事だ。総数が多ければ、見つけられない人数も多くなる。そうなるとお客さんは目当ての物が見つけづらく、店員も商品の場所を聞かれて接客が増える。つまり良い事が無い。
広さに余裕のある店なんかは、それに則り、下の方は商品が置かれていない事もあるな。
それから他にも色々あるけど…例として色違いの並べ方。
同じ商品の色違いがあったとして…縦並びと横並び、どちらにした方が売上が伸びるか。これも実は、明確な答えがある。正解は縦並びだ。
服屋なんかで良く見るのだが、同じ色の物を、縦に並べていく。端から見て、縦じま模様になる形だな。
商品の補充なんかを考えれば、同じ棚に同じ商品があった方が楽だ。つまり横並びの方が楽になる。
それでも縦に並べるのは、人間の視線が、基本的に横へ移動するからだ。
商品が縦並びなら、お客さんはすべての色を自然に認識できる。その中の一つが、その人にとって好みの、興味を抱く物かもしれない。
それを横並びにしてしまうと、本当は気付けば買ってくれた人が、そのまま行ってしまうかもしれないんだ。
こんな感じで、チェーンストアの売場と言うのは、意味を持った法則に従い、どの店舗でも同じ様に商品を並べている。
丸猫屋よりよっぽど多い客数を相手に、データ収集を重ねた上での事実だ。意味が無いって事は無いんだけどな…。
この世界の人間が、元の世界とは根本的に違ってたりするとわからないが。まあ…ないだろう。
それに…“保険”もある。
俺は内心で、こっそりリィンに謝りつつ…他の業務へと取り掛かった。




