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その人はお客さんか2

 それからも、問題のお客さんはやって来た。

「申し訳ありません。今彼は、席を外していまして…」

「そ、そう。今日も……」

 そこから俯き気味に、何か言おうとするかのような素振りを見せ…しかし、それを飲み込んだようだった。

「ありがとう。今日は…あ、買いたいものがあったのよ。それ買って帰るわ」

「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 今日は、どうやら買い物をして帰って行くようだ。

 俺はそんなやりとりを、アルとともに店の裏から覗いていた。

 席を外しているのは嘘じゃないかって? これならちょうど戻ったと言う事にも出来るし、悲しいけど基本や原則だけじゃやっていけない。

 なぜならその原則は、普通のお客さんに対してのもので、時には枷にしかなら無いからだ。

 嘘が駄目って言うのも、詐欺や甘言で商品を売りつけたりしないとか、そういう事だしな。

「………」

「…アル、どうかした?」

「いえ……。少々、あのご婦人が不憫に思えてきまして…」

 ああ、いい人だなあアルは…。

 確かにあのお客さんは、随分と元気が無くなった様子だ。店全体として対策を始めてからも、たびたび来店してくれているけど、その度に気分が沈んでいるのがわかる。

 店員としてのアルを見かけて、笑顔になって、気持ちよく買い物して貰える。時には挨拶も交わすけど、二言三言で別れる。これなら全然問題ないし、むしろ気分よく帰って欲しい。

 それでも、アルはあのお客さんの為だけに居る訳じゃ無い。ずっと拘束されてしまうのはまずいんだよな…。

 個人経営の店ならすぐわかって貰えるんだけど、こういう大きい店だと、他にも店員は居るんだから平気だろなんて事を言ってくる人も居る。そうじゃ無くて、店員側にも各人に仕事があるし、担当のエリアもある。そういう事に理解の無い上司だったりすると、その拘束された時間のせいで、その日分の仕事も出来ない無能の烙印を押される事だってある。

 だから、そういう事がしたいなら、しかるべき店に行ってほしいところなんだけど…。

 この世界には、そういう店見かけないもんな。例の経営マニュアル書に、そういう店の存在も書き足しておこうか。需要はあるはず…さすがに別冊にすべきか。

「あの…翔さん。今日は…あの方、お客様ですよね?」

「…まあね。商品買ってくれたし」

 あのお客さんが買って帰るの、初めて見たけど…。

「せめて、帰り際にお見送りだけでも…行ってはいけませんか?」

「ん…」

 駄目だと言わなければいけない場面ではある。

 ここで出て行ったら、結局満足するまで拘束されるかもしれないし、それでは意味が無い。

 でも…どこかで落としどころを作らないといけないんだよな…。

 こういう件はどういう形であれ、終わらせない事には解決しない。今回みたいなケースだと、お客さん側も避けられていると察して、あまり来なくなる事もあるんだけど…このお客さんは来店頻度が落ちない。

 こうやって長期的に、穏便にとやるのにも限度がある。こうしている時間に、もっと本来の仕事である店の事を進めたいんだ。

 なら…頃合いでもあるか。

「いいよ。もしまずそうなら、俺が店長として話に行く」

「ありがとうございます!」

 そう言って、アルはそのお客さんの元へ早足で近づいていく。

 出来れば俺の出番は来ないでほしいところだ。どうなるか…。


 アルは店の出入り口付近で止まった。わざわざ一人のお客さんへ近づくなんて、それこそおかしい。そこで軽く挨拶だけしてみるつもりなんだろう。

 その反応次第で…。

「…ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「…あ、あんた!」

 きた…。

「さっき聞いた時は居ないって聞いて!」

「はい。先程戻りました」

「そうかい! そっ………」

 うん?

 沈んだ空気から一転話し始めたと思いきや、急にその口を閉ざした。

「あの…お客様?」

 何かあったのかと、アルも気遣う様な声を掛ける。

「いやね、何でもないのよ…。ただ…ごめんなさいね」

「それは…」

「ほら最近あなた、店に居なかったでしょう。ちょっと冷静に考えたんだけど…しつこくし過ぎたと思ってね…」

「………」

「これからは我慢するわ。だから、またあなたの笑顔を見せて頂戴ね…?」

「…ええ、喜んで。またお越しください」

 お客さんが、心底幸せそうな笑顔へと変わる。そしてそのまま、話を長引かせる事も無く…満足そうに帰路へと着いていった。

 良かった…本当に良かった。この件の納まるところとしては、上々なのではないだろうか。

 アルがすっきりした表情で戻ってくるのが見える。

 あのお客さんが、自分で踏みとどまってくれて本当に良かった。俺だって、出来ればどのお客さんにも笑顔で帰って欲しい。

 俺は…駄目だな。色々とそういう人を見てきたせいか、どうしても疑ってしまう。俺程度の年齢でこうなんだから、先輩達が厳しい判断をするのも、仕方がなかったのかもしれない。当然、経験も俺より積んでる訳だし…。

 何にせよ、今回の件はアルの優しさ…誠実さのおかげで、いい形に終わっ―――。

「おらっ! 出てけこの変態があああああ!!」

 …。

 ……………。

 俺は頭を抱えそうになりながら、表面上は取り繕いつつ、声の元へと歩いた。

 途中何かに怯えるように、叫びながら走っていく男が居た気がするが…もう店の外だな。

「ふんっ!」

「あ…」

「リィン…アンシア…状況説明を」

 俺達は揃って、店の裏手まで移動した。

「あの」

「あいつ! アンシア先輩に付きまとってたの!」

 ああ…こっちでも似た様な件が起きてたか……。

「リィン。研修で言った通り手を出したりは―」

「あのおっさん、先輩を抱き寄せたんすよ!? 分をわきまえろっての気持ちわりい!」

「なるほど」

「しょ、翔さん…っ」

 アンシアが、慌てて咎める様に名前を呼んでくる。

 …そうだななるほどで済ませちゃ駄目だな。冷静に…なろう。

 でも実際、さすがにタッチは看過できない。

「あいつ先輩が強く言えないのを良い事に…今度来たらまた叩き出していいです!?」

「…それは駄目」

「なんで! こんなか弱い先輩が、あんな事されて良いんすか!?」

「そりゃあもちろん良くない。でもアンシアも、気を付けてさえいれば、もうそんな事させないだろうし」

 俺はアンシアに目配せし、同意を求める。コクコクとささやかな頷きが返ってきた。

「な…マジですか!? そんな訳ないじゃないですか! なんで守ってあげないんすか!」

 そうは言っても、アンシアこれで結構強いからな…。

 それよりも、リィンにこんな面があったんだなと言う驚きの方が大きい。いつもぶっきらぼうに、嫌そうな表情してるのに。

「とにかくアンシア、次同じ人が来たら、きっぱりと迷惑だって言って。それで反応を見てみよう」

「はい…」

 それで強硬手段に訴えてくるようなら、アンシアが取り押さえるだろう。さっきも、成すすべなく逃げて行ったみたいだし、不覚を取る相手じゃないはずだ。

「~~~見損ないました店長! いいですアタシが守りますから!」

 そういえばさっき、殴るか蹴るかして追い払ったのリィンなんだよな。

 …うちの若い女性陣は、武闘派が多いなあ。


 まあ、なんだ。

 アルの方みたいに、綺麗に納まるばかりとはいかないって事だな。

 …。

 それにしても、さっきのリィンの言葉。おっさん、わきまえろ、か…。

 やっぱり、そう思うもんなんだな。

 俺も本当、気を付けないと…。いや、変な事する気なんて無いんだけど。

 この日、なぜだか妙にグサリと来た俺が居た。

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