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その人はお客さんか

 店と言うのは、物を売って儲けを出す。こう言ってしまえば、結構シンプルな存在だ。

 しかしその単純な仕事が、現実では上手く行かない事も多いし、想定外のトラブルも起きる。どんな仕事でも、それは同じかもしれないな。

「ねー? また来るからさぁ~ん。ね? 本当笑顔が素敵だと思うの。おばさんファンになっちゃったわー!」

「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしていますね」

 今日も丸猫屋から、一人のお客さんが退店していった。

 ここだけ聞くと、ちょっとしたやり取りに聞こえるかもしれない。

「アル、お疲れ様。よくわかったよ」

 俺はアルからの相談で、様子をしばらく見ていたのだ。

「あ…翔さん。申し訳ありません。自分がまだまだ未熟なせいで…」

「こういうのは、そう一概にも言えないから仕方ないよ。後でまた話そう」

「わかりました…」

 アルがため息をつくほど疲れ気味なのには、理由がある。

 さっきのお客さんとの会話…実は、30分もの間続いていたのだ。


 店には色々なお客さんが来る。そうなると、言い辛い話ではあるが…少々困った人も居る訳だ。

 困ったと一口に言っても、その中にも様々な度合いがある。話し出せばキリがない。

 そんな中で例として…所謂ストーカー行為に及ぶ人が居る。

 主には女性が多いけど、アルみたいなイケメンも被害に遭う時があるな。

 連絡先を渡そうとしたり、純粋にナンパしようとしたりするのは、まだそこまで言われるような事じゃないと思うし、困った客で済む。しかし、ストーカー扱いせざるを得ない人物と言うのは、それに留まらない。

 こちらが店員と言う立場で、強く出れないのを良い事に、やりたい放題なんだ。

 勤務中に売場でずっと話しかけてくる。こんなのは序の口で、目的の店員が何曜日に出勤するか調査し、狙って店に来る。ただ話すために指名して呼ぶ。退勤後を狙い、店の裏手で待ち構える。

 もちろん店側だって、何もしていない訳じゃ無い。こういう事への対処だって、ある程度マニュアル化はされている。

 勤務中ですとシンプルに断るのはもちろん、納得しない相手の為に、そういう時に使う符丁だって存在する。

 しかし、それでもなおしつこい人が居るんだ。

『担当と代わる? 君はどこの担当? それならそれについて質問があるから、ちょっと待ってよ』

『もう質問が無いならって…あーあるある。あの商品について聞きたいんだけどさ。…あっそうなんだ。ところで~~』

『え? あの人休憩中? なら待つから。あの店員さんに聞きたい事あるの。こっちは客だぞ? いや代わりに要件伺うとかいいから。こっちは客だって言ってんだろなんなんだてめえ』

 どれも実際に、俺の居た職場で言われた人が居る。まぎれも無い現実だ。

 被害を受けている店員の代わりに、俺が直接対応した事もある。あれはやばい。なかなか話が通じない。

 難しいのは、嘘は言わないという前提があるからだ。

 例えばまだ会っていないのなら、今日は休みと伝えて帰って貰うなんて手も、やろうと思えばできる。しかし嘘で追い払ってしまうと、それがばれた時、とんでもない騒ぎに発展する事が多いんだ。

 この段階まで来る時点で、そもそも少しずれている相手。

 大声で騒ぐ。暴力に訴える。その後警察へ…なんて事は、そこまで珍しくない。ストーカーじゃなくても、この手の事はあるしな。

 しかもこの上、買い物すらしない人も多い。

 店に足を運んでくれた時点で、それは間違いなくお客さんである。そういう考え方もある。

 でも量販店と言うのは、買い物をして貰えなければやっていけない。買い物をしてくれる人達こそが、お客さんだとも言える。お客さんの相手をする事自体が、仕事である店とは違うんだ。

 なら先の例のストーカーの様に、ただ店員を拘束するだけの人は…店にとっては不利益でしかない。

 綺麗事ならいくらでも言える。

 でも店にとっては、人件費は無駄になるし、その店員は恐怖を感じている事も多く、ケアも必要になる。結構な問題なんだ。


 話は戻って、今回の件。

 この世界では、正直そこまで堅苦しい決まりも風潮も無く、例えば、付きまとうなとばっさり追い払う手もある。

 しかしそこは、優等生のアルだ。

 丸猫屋が、基本的にお客さんに対して、最大限丁寧に接客していると言うコンセプトを、しっかり守って対応してくれた。もっとも、そういう紳士なところを受け、さらに気に入られてしまったようだが…。

 こういう対応の難しいところは、盗難なんかと違って、相手は犯罪者では無いってところだ。一線を越えれば犯罪でも、とりあえずはそうじゃ無い。元の世界でも、まだ実害が無いから、なんて理由で警察の介入が出来なかったりもしたな。

 当然うちでも、物理的手段で件のお客さんを放り投げる訳にもいかない。あくまで困ったお客さんなだけなんだからな。

 まずは…やっぱり会わせ無い事からだな。従業員に例のお客さんを覚えて貰って、来店したら全員に分かるように、天井のスポットで連絡、使ってない番号を割り振ろう。アルには裏に下がって貰う。

 結局仕事にならないけど仕方がない。アルもこういう経験は無いのか、笑顔で相手を続けるのは大変そうだった。ちゃんと仕事をしたがってるが故に、歯がゆい思いもしていそうだ。

 店を運営するからには、お客さんだけでなく、従業員も守る責任がある。

 まずはこれで、あのお客さんの出方を見てみよう。場合によっては…店長として、しっかり話をしないといけない。

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