盗っ人にご用心2
翌日の朝、俺は出勤してきた彼女にとある提案をした。
自分ではどうかと思っていたのだが、むしろ喜んでとの返事が返ってきて、俺は果たして喜んでいいのかどうか。
「お兄さん…あれはさすがにどうかと思うんですけど………」
「いや、さすがにあれは、俺が指示した訳じゃ無いから」
俺達が話している“あれ”の正体。
それは…店のど真ん中で眠るローナの事だ。彼女は今、平面だけでは無く、高さまでも店のど真ん中に位置している。
天井から吊り下がったハンモックで、気持ちよさそうに眠る彼女がそこに居た。
私服警備員警戒中。こんな言葉を聞いた事がある人は多いと思う。
これもまた、見られていると感じさせる事で、心理的に盗難し辛くしようと言う狙いがある。監視カメラなんかの機械で見られているより、実際に人が見ていると思わせた方が、より効果も高いなんて話もあるな。
設備投資では無くて、人件費で対策を取る形がこれだ。
それぞれ利点はあるのだが…まあ多くは語るまい。
設備での対策がこれ以上難しい丸猫屋では、人が警戒に当たるのが手っ取り早い。
もともと売場に居る店員が、同じ役割を担っては居る。でも何かしら作業をしているから、警戒はおざなりになるし、それを分かっていて、様子を伺ってくるような窃盗常習犯も居る。元の世界に居た時、被害届用に防犯カメラの映像をまとめた事があるけど、まさにプロと言う感じだった。嫌なプロだ。
そうした理由から、俺はローナに話をした。指示では無く、あくまで提案だ。
その内容は、「出勤日のうち何日かを、警備担当として業務に当たって欲しい。その代わり寝ててもいい」というものだ。
警備担当なのに、寝てても良いってなんだよと思われそうだが、ローナにとってはそれで問題ない。俺もよくわかっていないが、起きていても寝ていても、そういう何かを読み取る能力に長けている。
それなら普段ローナの出勤日は、盗難被害なんて出ないかと言うと、それはまた違う。気配を掴める範囲にも限界があるし、裏へ戻っての作業もある。また気配を感じ取っても、視線を躱されれば、さすがに怪しいから止まれとも言えない。現場を押さえられなければアウトだ。そこで、俗に言う万引きGメンのごとく、それに集中する日を作ってみたと言う訳だ。
それしたって、あんな場所で警戒に当たるとは思ってなかった。
いいのか? これは。
女性は寝顔を見られるのを嫌う…みたいなのは、ローナへの気遣いとしては今更として、普通に制服…つまり足もとまであるとはいえスカートだし、非常に不安になってしまう。
ローナはあれで、やるべき事はちゃんとやってくれるし、この位置で寝ているのも、その役割を果たそうとしているからこそなんだろうけど…。
いや、いいのか?
完全に見世物になっているんだが………。
「…お兄さん、それ以上見てたら今日ご飯半分です」
「ああうん。あんまり見るものじゃない」
普段買い物に来る客も、この国の構造上女性が多いからまだ良いが、うーむ…。
そりゃこれまでも売場で寝てたんだけど、目立ち過ぎだしな。
「あれ?」
「ん、どうしたのマリー」
「いえ、ローナさんが…」
言われて視線を向けると、幸せそうに寝ていたローナが、薄目を開けて一か所を見つめている。
あの目線の先は…確か盗難被害の多い……。
そう思った時だった。
「くそっ!!」
突如、ローナの見ていた方向から声が上がった。しかもそれと同時に、いつの間にかローナの姿が消えている。
「え…え?」
マリーが呆然としているが、俺も似た様なものだ。
ただ、状況から察するに…。
ローナがずるずると何かを引きずり、通路からこちらへと出て来た。
…あくびしながらのんびりと歩いてくるけど、あれ人…だよなあ。
「翔様ぁ、ホシさんだよ~」
「…了解。あとはこっちでやっとくね」
「よろしく~。戻ってもいーい?」
「いいよ」
マリーがそれで良いのかとでも言いたげに俺を見ている。俺もわからない。でも今、答えの出ない返事を迷っても仕方がない。
「えへ~。このお仕事とっても楽ちんでー、好きだなあ。翔様、明日もホシさん探ししていい?」
「いや…とりあえず明日は予定通り、通常業務で」
「じゃああさってはー? たくさんお昼寝してよくって、うちこっちの方がいいなー」
「…また、ペースは考えようか」
「はぁ~い」
そんなふわふわとした返事と共に…いや反してと言った方がいいのか、俊敏な動きでハンモックへ戻るローナ。そのまま思わず見続けていたわずかな間に、再び気持ちよさそうな寝顔へと変わった。
これは…ば、番犬…いや番猫…番人…? まあ番人かな…。
「お兄さん、また考えなくても良い事考えてますね? あとそれ以上」
「ごめん視線外すから。マリーのご飯食べたいし」
「ぬ…」
「ぬ?」
「それも気にしなくて良い事ですから!」
「はい」
とりあえず……。
この盗っ人を裏に運んで、目が覚めたら商品を返してもらうか…。
鮮やか過ぎる手際で、完全に気絶している。これに懲りて、もうこんな事しないでくれるといいけどな。
こういうのは、仲間内で情報共有して盗難を働くような人達も居るらしい。そのおかげなのか、翌月の被害件数は、ひとまず元の水準まで戻る事になる…のは、少し先の話だ。




