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盗っ人にご用心

 俺とマリーは、事務所で顔を突き合わせていた。

「…今月のホシの数…増えてるね」

「増えてますね」

 そして、頭を悩ませていた。

 俺達が今話している“ホシ”は符丁で、それが示しているのはズバリ、盗難だ。

 万引き、泥棒…言い方は色々あるけれど、売場で話すのも物騒と言う事で、こういう単語は符丁を使って話すのが基本だった。丸猫屋でも、それに倣っている。

 店の商品や備品を盗まれる被害。どんな店でもそうだけど、ここ城下町店みたいな面積の大きい店では、より対策が必要になってくる。時には貴重な売上を使ってでも…。

 こんな事にお金を使う必要が無ければ、もっとお客さんに何かを還元できるかもしれないのに。本当に困った話だ。

「やっぱり、階級の撤廃による影響でしょうか…」

「まだひと月目だし、何とも言えないね。あと――」

 マリーがスッと指を突き出し、俺の口元近くで止めた。

「ホシが元奴隷の人とは限らない、ですよね?」

「うん、そう」

 この変化に、何らかの影響を与えている可能性は高い。

 しかし、悪い人と言うのはどこにでも居る。それは地位も、種族も、あらゆる要素とは関係なく…。

 例えば、奴隷を蔑んでいる人達が、これを好機とばかりに盗みを働いているかもしれない。こんなに盗難が増えるなんて、どうせ元奴隷だった奴等のせい…そう思われれば、逃げやすいと踏んで…。

 もちろん、実態なんてわかるはずも無い。とにかく決めつけは厳禁だ。

「対策を増やすしかない…ですか」

「そうだね…」

 しかし、そう簡単な話でも無い。

 この世界には防犯カメラなんて無いし、またナンさん達魔術研究班に依頼するとしても、すぐには無理。先に優先して貰いたい開発品も、もっと他にある。そもそも、俺達用の研究機関って訳じゃ無いしな…。

 それに実のところ、かなり対策はしているんだ。

 以前から丸猫屋に取り入れている、心理学や統計に基づいた視線誘導。それは防犯対策にも用いられている。

 例えばシンプルに有名なものなら、レジから店内の一番奥まで視界が通るレイアウト。とにかく見通しの良い店内と言うのは、それだけである程度、盗難被害を防いでいる。発見がしやすいのはもちろん、見られているかもと感じさせる事で、心理的にも効果があるんだ。お客さんも欲しい物を探しやすいし、一石二鳥でもあったりする。

 他にも、盗難される可能性が高い商品のエリアを、あからさまに目立たせる。または何かのコーナーにしてしまうとか…。

 現代の売場は、結構考えられて作られている。そういう知識を用いたこの店は、ある程度盗難被害を減らせている状態のはずなんだ。

 それでもなお、そこそこの数だし…あり得ない仮定とはいえ、知識も持たずにこの規模の店を構えていたら、下手すれば盗難被害だけで店が潰れてるな…。

「あのー」

 そんな俺達へ向け、手を挙げながら発せられた遠慮がちな声。

「はい、クイーナさん」

「そんなの、悩むほどの事なんですの…?」

「「………」」

 俺達は、揃ってしばし黙り込む。

 なぜクイーナがここに居るかと言えば、先日実施した考査の結果が悪く、補習中な訳だけど…。

「クイーナ、どうしてそう思う?」

「え…。だって」

 クイーナはきょとんとした顔で、言葉を続けた。

「そんなの、ほんの少し多く売れれば、取り戻せるじゃありませんか」

「あー…」

 やっぱりな…。

「クイーナさん」

「はい?」

「だから今日、こうして補習しているんですよ」

「え??」

 なるほど…。盗難の話と、今やってる補習が、繋がってすらいなかったか。

「マリー…。ついでに確認するから、説明よろしく」

「はっ!? きゅ、急ですね…問題ないですけど…」

 マリーだって、まだまだ成長中。定期的に知識の確認をしている。

 コホンと咳払いし、マリーがクイーナに向き合った。

「クイーナさん、まず聞きますけど…。例えば銀貨10の商品が盗まれた時、どのくらい売れば、その損害を取り戻せますか?」

「…?? 銀貨10でしょう? 当然ではありませんか」

「はい。ぶっぶーです」

「?????」

 うん…。

 でもこれ、笑い事では無くて、結構居るんだよな。こう考えている人って…。


 原価と売価の問題。知っている人は当たり前に知ってるけど、考えた事もない人も多い。そんな事柄だと思う。

 店は商品を売っている所だけど、その商品となる物は、いきなり無から出て来る訳じゃ無い。作っている人が居たり、もしくは自分達で作ったり…共通して言えるのは、商品を用意するのにも、お金が掛かるって事だ。

 つまりそれが原価。厳密に言い始めるともっともっと細かくなるけど、要はその商品の用意にかかった金額だ。

 そうなると店は、その使った分の金額より、高い値段でお客さんに売らないと儲けが出なくなる。

 原価に、様々な条件や理由から、ある程度金額を上乗せしたもの、それが普段お客さんが目にする“売価”になる訳だな。

 そして話は戻る。ホシ…盗難被害の件だ。

 例えば…原価が銀貨9枚、売価が10枚の商品があって、それが盗まれたとする。

 この場合、原価分の銀貨9枚…これが丸猫屋の資産から、消えてしまうんだ。どうする事も出来ないマイナスになる。

 じゃあこの分を、取り戻すのには同じ商品をいくつ売ればいい?

 さっきのクイーナでは無いが、もちろん1個では無い。

 売価が銀貨10枚でも、それを用意するのに、店は銀貨9枚を使っているんだ。つまりこの商品、俗に言う利益は、一個売れる毎に銀貨1枚でしかない。

 そうなると盗まれて消えた銀貨9枚分の資産、これを取り戻すには、同じ商品を9個も売らないといけない計算になる。1個盗まれた損害を取り戻すのに、9個だ。これはただの例だし、もっと売る必要のある商品だってある。

 しかもそれで、やっとマイナスが消えるだけ。儲けは未だに“0”なんだ。

 実際には、働いているメンバーに給料も払わないといけないし、他にもとにかくお金が掛かる。ネットなんかで、「ちょっとした万引き被害で潰れるなんて、儲かってなかったんだね」なんて軽い書き込みを見る事もあるけど、その損失がどれほど店に響いてくるのか…まるでわかっていないんだ。


 …とまあ。

 そんなところを、マリーが正しく解説してくれた訳だけど……。

「原価は…覚えましたわ。それが10で…9???」

 うん。

 図説を作って、算数的な感じで教育する環境を作ろう。これからも、必要な時は来るかもしれないしな…。

 別に、わからないのはおかしい事じゃ無い。元の世界の新入社員でも、すぐに理解できない同僚は居た。

 クイーナにも、ちゃんとわかるように教えていくだけだ。

 これを理解さえすれば、店の商品がどれほど大事かもわかってくる。

「まあそれは良いとして…」

「お兄さん?」

 仕方ない。

 とりあえず、当面の対処にしかならないけど…試してみようか。

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