チェーンストアの力18
そんな事がありつつ、王都に陽の光が戻ってから数日経ったある日。
「…そっちの問題は解決した?」
「はい。ティサを…本当にありがとうございました」
俺達は、また一つの別れを迎えようとしていた。
カインが、何人かの連れと共に、丸猫屋を訪ねてきた。もちろん、ティサのお迎えだ。
この世界では仕方がないとはいえ、いつも急な事だな…。
そして、いつも忙しない彼だが、今回もそれは同様だった。今日中には、王都を経つと言う。
預かっていた間のティサについて質問され、俺はそれを返す。まるで本当の親みたいな心配ぶりだ。
「それにしても、そっちのお連れさん達…も、ティサが魔族なのは知ってるんだよね。大丈夫なの?」
「はい、皆は。道中は正体を、隠し続けて貰う事になりますが…そう遠くないうちに、それも必要なくなるはずです」
「へえ…?」
何か当てがある様な口ぶりだ。この様子だと、魔族は噂程恐ろしい存在と言う訳でも無いのか…?
そもそも、この世界の魔族との確執ってものが、いまいち見えてこない。
冒険者や騎士にでもなって、実際に関わっている訳じゃ無いから、当たり前だけど…。
…カイン達は、その渦中に居るんだろうな。
なんとも、世界の命運を握る勇者らしい。
ところで、先程ティサがマリーを手招きして以降、なぜか向かい合ったままになっている。先日の事もあるし、気になるな…。
そう横目に見ていると、ティサがさらに手振りをし、マリーに耳打ちするような体勢に変わった。
何か、内緒の話でもあるのか。
…。
「~~っティサさん!!?」
!?
辺りにマリーの慌てた叫びが響いた。
あ…。あのしれっとした表情、またティサがからかったかな…?
「ティサ! また何か…本当に良い子にしてたんだよな!?」
これには堪らずと言った様子で、カインがティサに詰め寄って行く。
俺もそれを追って、マリーの傍へと近づいた。
…のだが。
「マリー?」
「お兄さん今は放っておいてください色々混乱してるんです」
「…了解」
結構な早口だ。
言いながら途中でそっぽを向いてしまった。
でも…少し顔が赤かった? 一体何を言われたのか。
「翔」
「うん?」
いつの間にか、ティサが今度は俺の傍へと来ていた。
「翔は…」
「…」
………。
「しっかり」
「……了解?」
こくりと頷き、ティサは感慨なさげにカインの元へと戻ってしまう。
ちょっと真意は読み取れないけど…まあ、今後何事もしっかりしないといけないのは間違いない。発破をかけて貰ったと思っておこう。
「翔さん。俺達はまた、しばらく連絡が着かなくなると思います」
「そうか…やっぱり忙しいんだな」
「まだ…この世界でやる事がありますから」
そう。
あの夢の未来は、未だにノートの親玉らしき塊を撃ち破ってはいない。
「俺も、出来る限り色々やって行くよ。戦闘関連は、あまり力になれ無さそうだけどね」
「いやそんな。今までろくに物資調達も出来なかったいくつかの町で、最近では十二分な装備が整います。俺にとっては懐かしさもあって…。この丸猫屋だって、戦うのと同じくらいすごいですよ」
「そう言って貰えると、なかなか嬉しいよ」
「翔さん…この世界、不思議も多いですけど、これからもお願いします」
「もちろん。今回みたいに、助けになれる時はどんどん頼って」
俺とカインは、再び誓い合い、別れの準備を済ませる。
近くでは、アンシアやローナも、ティサとの別れを惜しんでいた。
「それじゃあ…本当にお世話になりました!」
「…また」
頭を下げ、律儀すぎるカインに対して、ティサは至って何ともない風だ。
ずいぶん違う二人だけど、きっと俺達への感謝の気持ちは変わらない。
そのままあっけなく、ティサは本当に短い丸猫屋での生活を終えていった。
でも、ティサにとっての物語は、きっと向こうでこれからも起きる。この状況下で、魔族が一人。何も無いはずが無い。
願わくば…あまり大きな障害なく、彼女が幸せになれますように…。
俺は静かに、そう願った。
俺達は、今日も丸猫屋で働いている。
それがこの町を支え、世界を支える事にも繋がっているはずだ。
俺は、この世界に来たばかりの頃に見た、夢の内容を思い出していた。
まさに限界集落と言った感じの、疲弊した村。そしてやせ細り、装備も貧弱なカイン。
今回の王都での出来事も、うぬぼれかもしれないが、俺が居なかった場合、もっと打撃を受けていたと思う。
ここは国の中枢…。むしろ、本来この件に対応できなかった事が、あの未来に繋がる大きな要因だったのかもしれない。
そう考えると、こうしてちょっとした復興作業で済んでいるのは、間違いなく大きな成果だ。
しかし、それでも未来のカインは、勝利を収める事が出来ていない。
チェーンストアの…組織としての力。これを今後、どんどん活かしていく必要がありそうだ。
俺がこの世界に来てから、あの夢の日まで。全体で見て、おそらくすでに半分は過ぎている。あまり余裕は無い。
これがゲームなら、そろそろ新しい道でも示して欲しいところだが…。
そう都合よく世界を救う道は教えて貰えない。難しい世界だ。
………。
…それにしても、今日は外がざわついている気がする。心なしか、お客さん達もだ。
少し…見て来るか。
「マリー、少し出て来るからお願いね」
返事を受け、俺はそのまま店の外へと足を向ける。
これまでもやって来た通り、自分達が店を出している町を把握するのも、店長の大事な役目だ。
その町の人達が、お客さんなんだからな。
周りを気にしながら歩いていると、こんな噂話が耳に入った。
『またお触れが出ている』
このソワソワした町の様子は、それが原因だろうか。
復興作業に関する何かな。どのくらい国の財政に余裕があるか知らないけど、町への支援についてとか…?
そんな予想をしながら、お触れの前に辿り着いた俺が見たのは…。
「………」
困惑しすぎて、しばらく声も出なかった。
そこに書いてある事をまとめるとこうだ。
貴族、さらに奴隷。この制度を廃止する。つまり、この国から貴族も、奴隷も居なくなると言う事だ。
………いやいやいや。
この国の内部も、色々とある事は知っている。
こちらから見れば急な事でも、国はずっと準備を進めていた事なのかもしれない。
しかし…なぜ今なんだ?
先日の件で、まだ気持ちが不安定な人も居る。
そもそも、どうしてこうする必要がある?
この世界は、別に踏ん反り返って、何もしていない貴族ばかりではない。普通に働いている人もたくさん見かけた。
奴隷だって、確かに良い事では無いのかもしれないが、使い捨ての様に扱われているのは見た事が無い。これだけ村や町を転々として来て、それでも見た事が無いんだ。全く無いとは…確かに言えない。裏では存在しているのかもしれない。しかし基本的に、自由は無くとも、最後の受け皿としては機能していた。
王政や貴族階級、奴隷ですら、何の意味も無く出来たものでは無いんだ。
俺の居た世界では、民主主義社会主義が基本の時代だったけど…それはそれ。必ずそれで、国と言うものが上手く行く訳じゃ無い。
なぜだ…。貴族を解体しなければならない程、実は内部の汚職がひどかった?
これからどうするんだ。どういう制度で国を回していく?
やるにしても、貴族の解体からとか、段階を踏む事は出来なかったのか?
疑問はまるで尽きず、俺は可能な限り考えられる状況を想定する。そして、同時にこれからどうなって行くかも考え、思いつく分だけでも、それに備えておかねばならない。
…いや、まあこうなってしまうと、俺の出る幕は無いんだけどな。専門外だ。やるのは把握と、それに対応した丸猫屋の運営、いつもと変わらない。
周りの人達は…驚きつつも、よくわからないと言った感じだ。
そして、貴族よりも、奴隷の方に関心が強い。
貴族はそれ程に、雲の上で、関係の無い人達という認識だった…って事か。
気にしない人も多いとはいえ、奴隷に対して、「なんだ奴隷か」と言う様な反応を示す人も居る。
間違いなく、多少のトラブルは起きると予想できる。
それに、奴隷の制度を無くしてどうするつもりだ? 雇用の当てはあるのか?
国ですべて抱え入れる程の余裕が? 一般の店や産業元が、分け隔てなくスムーズに雇い入れられるだろうか。
…何と言うか、どうにも何かしらの入れ知恵があった気配がする。
どこかの転移者か転生者が、よくわからず無責任に勧めたりしてないだろうな…?
この制度を採れば、政治はもう安心…みたいな魔法の制度、少なくとも俺は知らない。
あの女王様が自発的にやった事なら、それはそれで無謀すぎる。
周りの反応を引き続き観察しつつ、考え続けていた時だった。
「あ…、翔さんっ」
「アンシア?」
「あの…店に……」
…。
悪い冗談か何かか…?
俺を探しに来たアンシアと共に、早足で店へと戻る。
裏口から入って進むと、そこにその人は居た。
「お久しぶりです。翔さん」
「こちらこそ………女王様」
お忍びで来たのだろう。そこにはかつてイエローが使っていたような外套を、すっぽりと被った女王様。
加えて、そのイエロー。
さらに、意味深に並んだ、見知らぬ4人の人物…。
「実は、少々お願いがあってここへ来ました」
「…伺います」
社会人の性か、そのまま素直に話を聞く体勢に入ってしまう。
でも、内心では思うところがいくつもあった。
わかっているのは―――。
少なくともこの話が、“少々”なんてものでは無さそうと言う事だ。




