チェーンストアの力17
今回の事件は、無事に終結を迎えた。
ひと月以上降り続けた雨は止み、今では安定した晴れの日が続いている。
…とはいえ、その爪痕は決して小さくなかった。
現在町では、復興作業が行われている。
まずは何と言っても、町を守りきってくれた堤防…もとい、とてつもなく分厚い壁。いや山…?
まあ壁なのだが………盛大に破壊された。
それはもう、まるでお祭りの様だった。
乗り切ったぞとばかりに、大騒ぎしながら魔術が撃ち込まれ、技が撃ち込まれ…。
俺としては、これほどの大きさになったし、たった一日で作ったと言っても、とてつもない人数をかけての事。これからどうするか、何かに利用できないか検討するべきかと考えていたけど…。まるで意味の無い思考だった。
また雨が降り始めないとも限らないし、せめてもう少しくらい…。
町の人達のタガが、変に外れていない事を祈るばかりだ。
続いて、本来最優先されるべき“道”だ。
あの雨のせいで、綺麗に舗装された道は見る影も無かった。
石材で敷き詰められた範囲もあるとはいえ、基本は土の地面だ。せっかく水が引いても、荷車が通れる状況では無くなっていた。あちこち隆起し、人力で直していくとすれば、何日もかかっていただろう。
しかしそこは、重機の代わりに魔術がある。
復興の為に優先度が高い事は、国もわかっていた。魔術師団が、実に手際よく修復していったそうだ。
俺は丸猫屋の方に取り掛かっていたので、これは聞いただけになる。
どんなものか、また機会があったら覗いておきたい。
俺達はと言うと、計画通り、丸猫屋の営業をすぐに再開した。
これも、事前の準備による成果。そして、強みを活かした結果だ。
雨が上がった後、丸猫屋に戻った俺達は、さっそく復旧作業に入った。
浸水を防ぐために積み上げた土のうの撤去、商品配置の戻し。店周辺の清掃や、地面の修繕…。
町の壁に関しては、まだ利用法がとか、雨がまた降るかもなんて考えたけど、さすがにそれを警戒して、店の再営業を遅らせる訳にはいかない。こういう時にどこより早く営業してこその、チェーン店だ。
川に呑み込まれる事こそ回避したこの町だけど、結局浸水してしまったエリアは多い。
そこに住んでいた人達は、家の中の掃除が必要になるだろうし、何かと入用になるだろう。
市場だって、基本的には個人店ばかりだ。問題なく営業再開できる店もあれば、そうじゃ無いところもある。少しずつ回復はしていくだろうけど、例えば遠方から仕入れていた店なんかは、次の仕入れまでかなりの時間が掛かるはずだ。
なぜなら、ここには電話もメールも無い。今まで定期的な仕入れをしていた店も、今回この断絶でそれが途切れてしまった。そうなると、また町に入れるようになった事が、仕入れ先に伝わるまでにまず時間が掛かる。
対策が足りず、商品を駄目にしてしまった店主もそこそこ居るみたいだ。
最悪、すべての店が営業再開するまでに、月単位で掛かるだろう。
その点、丸猫屋は強い。
独自の流通網を持っているし、付近に支店も存在する。
食料関連などは、即取り寄せを掛けた。他にも、復興に使えそうな道具、素材…とにかく何でも売れる時だ。
それはつまり、需要があると言う事。
そこを逃さないのが、存在意義としても、利益的な面としても重要な点なんだ。
事実、丸猫屋には通常時よりも、非常に多くのお客さんが押し寄せた。時には会計が間に合わず、かなり待たせる事になってしまった程だ。
しかしそこは、まだ仕事に復帰していない従業員も居たし、悔しいけれど仕方が無かった。
お客さん達もそこは理解してくれて、ゆっくりと待ってくれた。むしろ、この迅速な営業再開に、感謝の言葉を貰えた程だ。
しっかりと、ここまで基盤を作ってきた甲斐があった。
それから、イエローの事…。
実際にそう口に出してこそないとはいえ、国の王を騙ってしまった。普通に考えれば、なんらかのお咎めがあるはず。
イエロー自身もわかっていたのか、俺達が丸猫屋を復旧している間も、彼女だけは不在だった。
女王様と話を付けているのか、それともそれをしなきゃならないのは国の重役か。この騒動において、国の内部で何が起きていたのかも、関係して来るかもしれない。
そもそもイエローが、どういう経緯で丸猫屋に居てくれてる…言ってしまえばふらふら出来ているのかも不明だ。
もしかしたら、これがきっかけで彼女は、丸猫屋を去ってしまう可能性も…。
………。
そう心配していた時期が、俺にもあった。
数日後、イエローは「いやー参った」などと笑いながら帰って来た。大丈夫なのかと軽く聞いた限りでは、あたしは好きにやるだなんだと、本当に平気なのか全くわからない。
何か複雑な事情が、あるのだとは思っているけど…。本人は、ただ勝手にしてるだけ、みたいな感じなんだよな…。案外、本当に身勝手しているだけ…それはさすがに無いか。
ただ、解決していない問題もある。
先日の件でイエローの事を見た人が、当然のごとくたくさん居ると言う事だ。
こればかりは、どうすることも出来ない。
彼女はただでさえ目立つ存在だし、今回の件があった前から、正体バレについては不安があった。
話し合った結果、イエローはもう、丸猫屋城下町店の店頭に立つ事は無くなった。少なくとも、当面の間は…。
その代わり、彼女には丸猫屋の本部設立へ向け、裏で動いて貰う事になった。不定期ながら、各店舗や、各関係者のところを飛び回る事になる。
ほとぼりが冷めるまで、俺が倒れていた間受け持ってくれていた仕事に戻る形だ。
今も他の人がやってくれていた事ではあるけど、元々そういう監査的な意味も含む役職は、同じ人間がずっと居座っても意味が無い。慣れやマンネリによって、その精度がどうしても落ちるからだ。
正直出来る人は多くないし、また繋ぎとしてイエローが納まってくれるのは、丸猫屋としては助かる。人材の育成も、より進めていかなければならない。そしてイエローの立ち位置は、それも仕事の一つだ。
しかしこの影響で、俺達みんなが同じ店に集まって働く時間は、あっけなく終わりを迎えてしまった…。
マリーとアンシア、ローナ、そしてイエロー…一緒に居て、とても気が休まる人達だ。騒がしくはあるけど、信頼できる…そんなメンバー。
個人的には…せっかく再び集まったのに、少し残念だ。
でも、全く会えない訳じゃ無いし、しばらくは拠点もここになる。…割り切って行くしかないな。
それこそ、まだ世界が終わった訳じゃ無い。それを防ぐためにも、頑張り続けるしかないんだ。
…俺の事を憎からず思ってくれて、告白までしてくれた。それを断っておいて、虫が良すぎるかもしれない。
それでも、イエローが好きな人の一人なのは変わらない。もちろんその好きは、恋愛感情の好きでは無いけれど…。
だから、許されると思いたい。
これからも、仲良くやって行きたいと思う。




