チェーンストアの力16
あまりにマリーが辛そうだから、何か悪い事をしてしまって後悔しているのかと思ったけど、これは…。
「助けられなかっただけで、助けなかった訳じゃ無いんでしょ?」
「…いいえ、同じ事です。結局助けなかったんですから」
俺はどうにか力を貸したくて、膝を抱えるマリーの手を取り、無理やり握った。
そして、また視線は床へと戻す。
「………」
マリーは、されるがままだった。
「理由、聞かせて」
「…私は、魔族が怖いんです」
「…うん」
「お母さんを………殺されたから」
握り合った手に力を入れたのは、俺か、マリーか…その両方だろうか。
マリーの母親の事は、気になってはいた。
でもここまで共に行動していて、俺は今の今まで知らなかった。どうにも、踏み込むのを躊躇ってしまって。
魔族に殺されていた…?
少なくとも、俺が来てからの話では無いはずだ。そうなると、少なくとも十代前半…。もっと小さい頃かもしれない。
今、魔族と人間は抗争状態にあり、普通に暮らしている分には接点は無い。昔はそうじゃ無かった?
…詳しい事まで、話させる必要は無い。この端的な事実から、考えればわかる事がある。
軽率だった。
この世界の人にとっては、魔族と言うだけで恐怖の対象。それはわかっていた。
しかし、何年もこの世界で暮らしてきて、今となっては空想の恐怖対象になりつつある事も知った。実際には、魔獣に出会った事がある人すら少ない事も…。
魔族と関わりがあるだけでなく、肉親を害されている人が居るなんて…。どこかに居るとは考えたが、ここまで近くだとは思っていなかった。
大体10年は前の事になるだろうけど…。
ティサに対して、変に関わろうとしているとは思っていた。
そういう過去があって、様々な葛藤があって…その上での事だったんだ。
「…ご」
「言っておきますけど、お兄さんのせいでは無いですからね」
ごめん、と言う前に先回りされてしまった。
「い」
「私だって、ティサさんとあの魔族が別人なのはわかります。色々…考えましたけど、ちゃんと割り切るんだって決めて、ティサさんと接していたんです。いくら魔族でも、ティサさんがそうじゃ無いってわかります。ちゃんとあの子の事を見ているお兄さんは、間違ってません」
まるで自分に言い聞かせるように、似た内容を繰り返している。そして俺は、マリーがそう考えたんだろうと、確かに思っていた。
マリーには、本当に読心術でも使われている気分になるな…。俺は変わっていて、わからない人間らしいんだが。
どうしてこんなに…。
「でも…だからショックだったんです。あの時…ティサさんが落ちそうになった時、触れるのを躊躇ってしまったのが…。私は…私はきっとティサさんの手を掴めたはずなんですっ…」
マリーの声には、少しずつ嗚咽が混じってきていて…。
「マリー…!」
「っ!?」
俺は、勢いでマリーを抱き寄せていた。
「やっぱりごめん」
「な、なない言って…何…」
「無理させ過ぎた。もっともっと、頼らせてあげるべきだった」
「で、ですからっ、それは…」
「これからはもっと頼って。大人になっても、家族みたいなものなのは変わらないんだから」
「………みたいなは余計ですよ」
「そうか……いや、そこは余計では無いよね」
「本当にわかってないですよね」
「…何かあれば、この際だから言ってくれると助かる」
この上何かわかっていないと言うなら、本当にわかっていない。
「教えません。お兄さんに負けない、数少ない部分ですからね」
「…わかった」
しばし無言の時間が続いた。
俺にしては珍しく、ただただ何も考えない時間だった。
やがて安心したのか、マリーが俺の腕の中で力を抜いた気がした。そして、また心の内がこぼれ始める。
「…本当は怖かったんです」
「うん」
「でも、ティサちゃんと仲良くしようって。でも出来なくて、毎日会うたびに緊張して」
「うん」
「それでも頑張ってたのに、助けてあげられなくて…! そしたら今度は、お兄さんまで落ちてしまって!」
「大丈夫、ちゃんと這い上がった」
「危なかったくせに何言ってるんですか…っ」
「そんなにピンチな気はしてなかったんだけどね…」
「本当はティサさんに合わせる顔も無くて…でも逆に……それも情けなくて…」
「うん…うん…」
「さっきは怖いなんて言ったけど! やっぱり魔族なんて嫌いって気持ちもあって…! そのせいで見捨てちゃったんじゃないかって……ぇ」
「大丈夫。もしそうでも、俺はちゃんと味方で居る」
「そこはそんな事無いよで良いじゃないですかあ……」
「…ごめん」
俺としては、マリーの心が実際にどうであっても、嫌ったりする事は無いって真っ直ぐ伝えたつもりだったんだけど…。そんな事無いじゃ、否定になっちゃう気がして。
…やっぱり難しいな。
その後も、しばらくマリーの吐き出す言葉は止まらなくて…。
最初に俺が王都に行った時も。倒れてしまった時も。
その時は吐かなかった弱音が零れる。
ティサの事だけじゃ無くて、ここ数年ずっと、一人にし過ぎたんだと実感した。
こんなにも、頑張っていたんだ。
俺は反省しながら、その話を聞き続けた。
そして、いつしかそれも落ち着いて…。
我に返った俺は、ここまでの雰囲気とは異なる問題に直面していた。
マリーのこれまでの悩みを聞いて、少しでも気を楽に出来たのだとしたら、それは良い事だ。
しかし…この…俺は何をやってる?
そう。俺は話を聞いている間、そして今もずっと、マリーを抱き寄せたままだった。
これは駄目だ絶対…元の世界なら一発でアウトなセクハラ案件だ。
初めはそんな空気じゃ無かったから、意識も全くしていなかった。しかしこうも無言の時間が続けば、嫌でも気付く。
俺の心臓は、自分でもわかる程に大きく脈打っていた。
気のせいじゃ無ければ、マリーも再び身体を固くしている気がする。そして絶対気付かれてる。
どうしよう…では無く、何でも無い風に離れるべき。でも、マリーの方も俺の事を掴んでいて、何か不思議と離れ辛い。
いや、すでに絶対頼られてるとかじゃ無い。この掴んでる手をほどいて離れても、問題は無いはずだ。
先程までの、シリアスな雰囲気もう無い。
だから………なんでこんなにドキドキするんだ!
何かきっか…け………。
「どっ…どうしました…?」
胸元から、そんな声が聞こえてくる。
気が別の方へ向いて、うまい具合に腕の力が抜けたらしい。それに気付いたマリーの方から声を掛けてくれた。
正直、助かった…。
「い、いや雨が…なんか弱くなっている気がして」
そう返しながら、そそくさと距離を取る。心臓は早く落ち着いてくれ。
「本当です…それになんだか、明るくなって来ていませんか?」
「これは…」
そう言い合う間にも、空模様は変化し続ける。
それは、何かの魔法が解けたように…。
そして、ついに日差しが差し始めた。
「よかった…! これでやっと、何とかなりそうですね!」
「だね…。今回の事も、原因が全く分からないけど…同じ様な事が起きないのを願うよ」
これでまた、ひと段落…には早いよな。
「じゃあ、さっそく開店準備かな」
「じゃあ、さっそく開店準備ですね」
くるりと回り、マリーがドヤ顔で続ける。
「舐めて貰っては困りますよ? これくらい当然わかってます」
「…さすがマリー」
「…はいっ」
それは、久しぶりの光量のせいか…本当にまぶしい笑顔に見えた。
俺は、こんな笑顔を…これからもさせてあげたいと思ったんだ。




