チェーンストアの力15
前回同様、塔に不法侵入する。雨が強くなっていて、少し危険度が増していた。
階段だけならともかく、このルートで侵入するのに、物音一つ立てないような芸当は出来ない。おそらく、マリーも誰かが上ってきている事に気付いているだろう。
ゆっくりと、俺は到着した。
「お…お兄さん!? なんで!?」
一人になりたいならって案内されてたみたいだしな。そりゃあ驚くか。
マリーは、ちゃんと身構えて待ってはいた。
でもその顔は、まだいつもの仮面を纏えていないのか、少し辛そうに見えた。
それとも、最近はずっとこんな表情をしていたのだろうか。
ただ俺の目が、曇ってしまっていたんだろうか。
「…ここに居るって聞いて」
「うー…」
咎めるように、マリーからじっと睨まれる。そういえば、こういうやり取りも減っていた気がする。
俺は何となくマリーの横に移動し、お互い顔を合わせない位置に腰を下ろした。
マリーはしばらく立ち尽くした後、そっとそのまま隣に座る。
「…それで? どうしたんですこんなところに」
ここに来るまでに腹は…括って来た。
「…どうした? お兄さんに相談してみないか?」
「なるほど。行って来いと言われて来たんですね」
………。
「私の場所がわかったからって、そんな理由でお兄さんがここに来るとは思えません。らしくも無い」
「まあ、その通りだけど…」
「大丈夫ですよ。心配しなくても、私はちゃんと出来ます。お兄さんが居ない間、誰が丸猫屋を支えていたと思ってるんですか」
わかっていた。
マリーがこう言うだろうって事は。
彼女がそう言うなら、ちゃんと尊重してあげるべきだと思っていた。
でも…。
“誰だって、助けて欲しい時はある。”
それは大人でも、自分から見て、とんでもなく凄い人であっても同じ。
自分自身、誰かに頼るのが下手なせいで、それをわかってあげられていなかった。
他ならぬ自分だって、大人になってから、辛くて現実逃避した事があったのに。
「…何してるんですか」
「頭撫でてる」
「子ども扱いは…!」
「大人だって、こういう事くらいする時あるって。…多分」
「意味が…わかりません」
「マリー、普通はさ…誰でも一人じゃやりきれない事があって、それを愚痴り合いながら、何とか生きるものらしいよ。だから」
「いや、それを出来ないお兄さんに言われましても」
「そう。俺はどうやら、普通じゃないみたいなんだよ。だから…マリーは同じ様にする必要ないでしょ?」
「…私だけ、お兄さんに頼れって言うんですか?」
「大丈夫、俺も頼るようにする」
「嘘っぽさしか感じません…」
このままじゃ埒が明かない。
「マリー、最近何かあったでしょ」
「何もありません」
「これまでも何度か気になる時はあったけど…最近だと、ティサが来た辺りから」
「はっ!? 気付いっ…何でもありません」
「…マリー」
「………はぁ。お兄さんが気付いていたなんて意外です。私全然ダメじゃないですか…」
「そりゃあ、マリーの事は毎日見てるし」
「それはそうです…けど…」
「ごめん。これまでも俺がちゃんと、頼らせてあげないといけなかった。だから…聞かせて」
ストスさんともずっと離れて暮らしていて、一番近しいのは自分なのに。長い間、一人で頑張らせてしまった。
こんな事だから、元の世界でも周りと上手くやれなかったんだろうな…。
「…なんて事は無いですよ」
マリーは、目線を下に向けたまま話し出す。
「ただ…ティサさんを助けられなかった自分が、許せなかったんです」
俺も目線をマリーから外して、再び座り直した。
改めて話に集中する。
「それは…仕方ない事だよ。マリーは身体強化とか、そんなに得意な方じゃ無いし…」
「そうじゃ無いんですよ…」
まあ、そうだろうな…。
相槌代わりに言ってはみたけど、そんなどうしようも無かった事で、ここまで悩み続けるとは思えない。
今回は思うところもあって、こんな事をしているけど、マリーはしっかりした大人だ。それが変わる訳じゃ無い。
「私は、ティサさんを…」
一体どんな訳があるのか。俺は黙って続きを待つ。
「助けられたのに、助けられなかったんです」
マリーの口から出た言葉は、まるで懺悔をしている様に聞こえた。




